©鎌田フィルム

心がざわつく映画である。

売れないパンクロッカーの芳夫のスマホの画面は、母親からの着信の履歴で覆いつくされている。
忙しさという言い訳。身内は二の次でいいという幻想。親も自分も歳を取ることを見て見ぬふりの甘え。付き纏ううしろめたさ。
芳夫の顔によぎる影に、思わずうええとなった方も多いのでは。


母・美智子が自殺を図ったと音信不通だった弟から連絡を受けた芳夫。助けた女・真紀に嫁として同行を依頼し、共に故郷の北海道蘭島に向かう。
エリート建築デザイナーである弟・悟史との再会。
死んだら夫と共に海への散骨して欲しいという母の日記。
母の意識が戻るのを待つ間、母の散骨場所を求めて兄弟と偽りの嫁の不思議な道行が始まる。

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監督・脚本・プロデューサーを務めたのは鎌田義孝。『YUMENO ユメノ』『TOCKA [タスカー]』に続く、長編三作目となる。前作2本では実際に起こった事件を元に物語を紡いできたが、今回主演を務めた木村知貴のコメントによると「鎌田監督のパーソナルな部分が色濃く反映されている」という。
どてっ腹に響く音楽は山田勳生(『EUREKA』『はるねこ』)。共同脚本は中野太(『二人静か』『蒲団』)。

『蘭島行』は2025 年 2 月、ポルトガルのポルト国際映画祭に出品。監督週間部門コンペティションの主演男優賞を木村知貴が受賞した。ポルト国際映画祭は、スペインのシッチェス・カタロニア国際映画祭、ベルギーのブリュッセル国際ファンタスティック映画祭と並ぶ世界三大ファンタスティック映画祭のひとつだ。


ポルト国際映画祭 チーフディレクターであるベアトリス・パシェコ・ペレイラさんは次のようなコメントを寄せている。
「3人のキャラクターが魅力的で先の展開が読めないところが興味深い。 『蘭島行』は家族の生と死を捉えたファンタジーの枠を超えた奥深い作品だ」

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木村知貴(『はこぶね』『室井慎次 敗れざる者』)が演じる芳夫は、息をするように煙草を吸い、返事をする代わりにビールを飲み続ける。そうすることで怒りを抑えかろうじて生きているかのように。
芳夫が真紀に日当としてくしゃくしゃの1万円札を渡すシーンが何度かある。言葉で気持ちを表す術を持たない芳夫のダメ男ぶりが際立つ。

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弟の悟史に『夜を走る』『夜明けのすべて』の足立智充。悟史は何事にも如才なく、置物のように黙る真紀にも境界など見えてないかのように話しかける。それは居酒屋の店員にも、公園で出会ったバスケをする3人にも全く態度が変わらない。人が望む反応ができる彼は、仕事も人間関係も上手に回してきたのだろう。そんな悟史の時にはどこまで本気なのか疑いたくなる真紀への言葉。急に色褪せてきた人生とその閉塞感に打ちのめされている悟史には、自分とは対極にある真紀に清々しさを感じたのかもしれない。

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天涯孤独の女・真紀に『逃走』の輝 有子。彼女も芳夫と同じように息をするように煙草を吸い、ビールを飲み続ける。人の言葉に反応せず、ほとんど言葉も発しない。その瞳には何も映ってないかのように。
そんな真紀が、芳夫の部屋で破ったノートに手書きされた昭和のヒット曲「夜間飛行」の歌詞を見つける。正座して身を乗り出すように柱に貼られた歌詞を見つめる真紀。真紀の「ただ何となく」の心を言語化したような歌詞との出会い。開けた窓から入った風がふわりと紙を持ち上げる。その瞬間の儚さは泣けるほど美しい。
真紀が正座する姿やきちんと服をたたむ所作から見えるのは、映像として出てこない亡くなった真紀の母との時間。失ったものが輪郭濃く立ち上がって来る演出に心惹かれる。

この映画は、後回しにした時間に追いつかれた兄弟と偽りの嫁の物語だ。
パンクロッカー、エリート建築デザイナー、全てを諦めた女。故郷・蘭島への旅で、そんな記号が剥がれ落ちていく様が静かに描かれている。
しかしそこに悲壮感はない。時折独特のユーモアも炸裂し、俳優たちはこの寂れた故郷でむきだしの人間性に熱く肉薄する。



「いい人生とは何か」鎌田監督の問いかけは、観客に記号の剥がれ落ちた自分自身の顔を探す旅をもたらす。
大作映画に匹敵する至宝のような瞬間に出会える本作。ぜひ劇場で!

(Test:デューイ松田)

©鎌田フィルム

2025 年 9 月 20 日(土)よりユーロスペースほか全国順次公開

鎌田義孝監督、主演・木村知貴さん舞台挨拶情報

12月11日 広島/横川シネマ 19:10回 上映後
12月12日 京都/出町座 18:05回 上映後
12月13日 兵庫/神戸元町映画館 12:40回 上映後
12月13日大阪/第七藝術劇場 18:35回 上映後
12月14日 名古屋/シネマスコーレ 18:40回 上映後

映画『蘭島行』作品情報

出演:木村知貴 輝 有子 足立智充 竹江維子
企画・監督:鎌田義孝 脚本:中野太 鎌田義孝
音楽:山田勳生  プロデューサー:山野久治
撮影:新宮英生 録音・助監督:植田中
製作・配給:鎌田フィルム
2024年|カラー|日本|84分| ©鎌田フィルム 映倫レイティング|G
公式サイト https://www.ranshima-movie.com/
公式X @ ranshima920
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