「異邦人の菜園」上映後のQ&Aに登壇した金里香監督

韓国の「第26回全州国際映画祭」では、韓国在住の在日コリアン女性が自身と家族を描いたドキュメンタリー「異邦人の菜園(英題:SHISO)」がプレミア上映された。金里香(きん・りか/キム・イヒャン)監督は1991年生まれ。日本と韓国のどちらにいても違和感を覚える自らのアイデンティティーを個人的な体験から掘り下げた作品は、社会に闘いを挑んできた親世代とはやや異なるスタイルで問いを投げかけている。

■シソとエゴマ

監督:金里香「異邦人の菜園(英題:SHISO)」

英題の「SHISO」は植物のシソだ。「異邦人の菜園」は金監督が自宅の菜園にシソを植える場面から始まる。韓国では、見た目がシソの葉に似たエゴマの葉は好まれているが、シソはほとんど見られない。監督は日本で生まれ育った自分の姿をシソに重ね合わせる。そして韓国でシソを育てることで、自分の居場所を見出そうとするのだ。

金監督は小学校から大学まで日本の学校に通った。「物心ついたときからずっと、自分はまわりと違う『異質な存在』だと感じてきた」と監督は言う。国籍や名前の他に韓国的な要素は何もなく、朝鮮半島の歴史や言葉にも関心がないため、堂々と韓国人だと言うことはできなかったという。

監督:金里香「異邦人の菜園(英題:SHISO)」


大学生の時、交換留学で初めて韓国に住んだ。韓国の大学院に留学し、修了後は韓国の放送局でニュース制作に携わった。しかし韓国籍を持ち韓国生活が長きにわたっても、ここで生まれ育った人々と全く同じ扱いは受けられず、居心地の悪さは消えない。

本作は監督自身のナレーションや家族・友人のインタビューで、国籍や名前に対する意識の共通点や差異を浮き彫りにしていく。日本への帰化をめぐって金監督と母親が対立する場面は、在日コリアンを取り巻く問題の複雑さを象徴している。

■母の思いも乗せて

左から母親の権恵淑さん、金里香監督

映画祭には東京に住む母親の権恵淑さんも駆けつけ、金監督と並んでレッドカーペットを歩いた。

映画の中で権さんは、韓国の国籍と名前にこだわり、若い頃には韓国に住みたいという夢を持っていたことを語っている。上映後のQ&Aにも登壇した権さんは「夢を娘がかなえてくれた」と感極まって話した。また、韓国人の観客からの「この映画を通じて何を伝えたいか」という質問には、「皆さんのまわりにも在日の方がいるかもしれない。どうか温かく受け入れてあげてほしい」と呼びかけた。

■多様化する視点

全州映画祭が出資する「全州シネマプロジェクト」の上映作品は、人材育成コンサルタントやコメンテーターとして活動する在日コリアンの辛淑玉氏の半生を描く「ホルモン」だった。辛淑玉氏の半生を軸に、TOKYO MXテレビの番組「ニュース女子」をめぐる訴訟の最高裁判決までの闘いを追うドキュメンタリーだ。

韓国出身の李一河(イ・イルハ)監督はこれまでも在日コリアンのアイデンティティーや差別の問題を追ってきた。「ホルモン」も不条理な社会への怒りや抵抗のメッセージが強く打ち出されている。

「異邦人の菜園」上映後のQ&A

「異邦人の菜園」も在日コリアンをめぐる問題を扱っているが、その葛藤は監督自身の内面に向いている。生活様式や考え方が多様になっている現代では、生きづらさを訴える方式もさまざまだ。上映後に韓国人の観客が「今まで見てきた在日コリアンの映画とは違った」と話していたように、「異邦人の菜園」は一般化されがちな在日コリアンの物語を別の側面から見せてくれる。

(リポート/芳賀 恵)
画像提供:全州国際映画祭事務局