日本手話×クルド語!分かり合うことに悩むすべての人に開かれた映画『みんな、おしゃべり!』
昔、大阪で地下鉄通勤をしていたことがあった。車内でろう者の学生たちをよく見かけた。地下鉄が走りレールが軋む音だけの空間で、彼らは激しく、表情豊かに手話を交わしている。手話のスピード感と伝え合うことの貪欲さに圧倒された。映画『みんな、おしゃべり!』を観て、そんな体験が蘇った。
日本手話×クルド語だけではなく、多言語が飛びかう映画『みんな、おしゃべり!』。本作は、分かり合うことに悩むすべての人に開かれた映画だ。
オープニングから、74もの言語でタイトルを列記した画面に驚かされる。

電器店を営むろう者の父・和彦(毛塚和義)と弟・駿、聴者の夏海(長澤樹)の古賀家。 同じくその街に暮らすクルド人一家が、些細なすれ違いから対立する。両者の通訳として駆り出された夏海と在日クルド人のヒワ(ユードゥルム・フラット)が手を尽くすが、事態はこじれる一方に。
和彦役に演技初挑戦の毛塚和義。世界初のろうプロレス団体「闘聾門(とうろうもん)JAPAN」主催にして、現在はラーメン店「麺屋 義」の店主である。その生きざまは、25年にNHKのハートネットTV『#ろうなん 毛塚の道』にて夢と挫折を繰り返しながら進み続ける男の半生として紹介された。本作では、接客を担当していた妻に先立たれて以来、聴者の客が減っていく電気店経営と日本手話を言語とするプライドの狭間で模索を続ける父親の姿を見せてくれる。
いつも何かに怒っているようなふくれっ面の娘・夏海に『BISHU~世界でいちばん優しい服~』(’24/西川達郎監督)、『カーリングの神様』(’24/本木克英監督)の長澤樹。コーダを演じるにあたり、ろう者の家庭にホームステイを行い、音声言語を封じ手話の習得に務めたという。手話指導者を驚かせたという手話の上達ぶりだけでなく、通訳を巡る心情の変化に伴う豊かな表情にも注目したい。
河合健監督が挑む「言語の壁」
前作『なんのちゃんの第二次世界大戦』で、平和記念館設立を目指す市長と、反発する戦犯遺族一家の攻防劇という題材をブラックユーモアたっぷりに描いた河合健監督。当時インタビューをした際に、「混沌を映画にすることが、今の映画の多様性の一つになり得るんじゃないかと思って作りました」と語っていたが、キーワードである“混沌”は本作でも大きな要素だ。今回は3人の共同脚本で、かつて使用を禁じられた歴史がある日本手話とクルド語と中心とした多言語を軸に、「言語の壁」というコミュニケーションを巡るより広いテーマに挑んでいる。
観る人の中にある“普通”が問われる
板橋駿谷が怪演する沖田というキャラクターに代表される、街おこしを計画する団体の“善意”に潜む押し付けがましさ。古賀家を障害者枠のシナリオに当てはめようとする言動は笑いを誘うが、観客の経験や考え方にも問いかける。
そして古賀家の家庭内での手話をめぐる軋轢。学校では手話を嫌い絵ばかり描いている駿の姿や、手話中心の子どもたちと人工内耳を付けた口話中心の子どもたちとの言語を巡る対立も描かれる。
電気店の閉店後のリビングに集う和彦と友人たちが、酔ってくだを巻く中での会話。配慮や想像を軽やかに裏切る率直さは、刺々しくもあり不思議な心地良さがある。ろう者から見た聴者という今まであまり表立って語られてこなかった現実に触れ、認識が更新されていく瞬間でもある。
他者とつながるための回路としての言語
人は自らの尺度で他者を測り、壁を築く。和彦は、ろう文化から発展し独自の文法を持つ日本手話を言語としている。前述の沖田や駿が通う学校の先生・山際(小野花梨)は、聴者であり日本語の文法に沿った日本語対応手話を使う。和彦は彼らを違う言語を使う存在として一線を引いているように見受けられるし、逆も然りだ。
一方で『みんな、おしゃべり!』から見えてくるのは、言語は単なる手段ではなく、「理解されたい」という普遍的な衝動に支えられているということだ。
夏海と駿それぞれが、“ある言語”と出会う展開も見どころだ。
特に夏海が机を叩く音でコミュニケーションを取るシーンは、言語が単なる道具ではなく、他者とつながるための回路であることを強く意識させる。
山際先生は、駿がコミュニケーションを取ろうとしないことに苛立ちをぶつけるが、駿は淡々と独自のコミュニケーション手段を獲得していく。
本作はそんなコミュニケーション不全が機微に富んだ展開で提示される。
情報格差を表現する字幕
ろう者を描く作品が「障害」や「感動」を前提にしがちなことへの違和感から出発したという河合監督。自身がCODA(ろう者の親を持つ聴者のこども)であることで、近すぎるテーマとして長らく形にできなかったという。乙黒恭平さん、竹浪春花さんとの共同脚本としテーマを客観視することで、ろう者とCODAの家族の日常に、クルド語話者のコミュニティを交差させ、「言語のプライド」をめぐる衝突へと昇華させた。
多言語が飛び交う本作において、字幕設計は重要な要素の一つだ。本作の字幕は、バリアフリー字幕といった役割ではない「国内版字幕」とされている。例えばクルド語やその他、知らない者が見れば何語かわからない言語がそのまま表示され、ろう者が認識していること、聴者が認識していることが字幕で表示されるというように、情報格差が目に見える形で表現され、字幕そのものが映画の成立に大きな役割を果たしている。
また、ろうドラマトゥルク・演技コーチングに一般社団法人日本ろう芸術協会代表の牧原依里さん、クルド表現監修に日本クルド文化協会・事務局長のワッカス・チョーラクさん、手話指導に日本ろう者劇団代表の江副悟史さん、ろう俳優コーディネートに一般社団法人日本ろう芸術協会理事の廣川麻子さんを配し、様々な視点から本作を構築し、観客の常識そのものを揺さぶるこれまでにない映画体験を生み出している。
分かり合うための壁って
劇中、電気店で和彦が客の呼びかけに気づかず、会話用カードを探しているうちに機会を逃す場面がある。手段に固執することで対話を失うことのやるせなさが胸に残る。
大胆でファンタジックな結末では、登場人物たちが手段を捨てた先に獲得した荒々しくも自由で心躍るコミュニケーションの可能性が描かれている。
私自身、武道のクラブでろう者と友達になったことをきっかけに手話講座に通い始めて1年になる。河合監督がコーダであると知り、本作の夏海にように日本手話を使いこなすイメージでいたが、口形の読み取りが中心であると知り、自分の中にある固定概念や決めつけを痛感させられた。
手話や言語に限らず、分かり合うための壁がどこにあるのか、自分の“解像度”がどう更新されたか、ぜひ友人と、家族と、SNS上でもおしゃべりして欲しい。
(Text:デューイ松田)
映画『みんな、おしゃべり!』作品情報
出演:長澤樹、毛塚和義、福田凰希、ユードゥルム・フラット、Murat Çiçek、那須英彰、
今井彰人、板橋駿谷、小野花梨
監督:河合健
脚本:河合健、乙黒恭平、竹浪春花
プロデューサー:小澤秀平
ろうドラマトゥルク・演技コーチング:牧原依里 /手話指導:江副悟史 /ろう俳優コーディネート:廣川麻子/ クルド表現監修:Vakkas Colak
企画・配給・製作プロダクション:GUM株式会社
配給協力:Mou Pro. 助成:文化庁文化芸術振興費補助金(日本映画製作支援事業)|独立行政法人日本芸術文化振興会 東京都推奨映画
©2025映画『みんな、 おしゃべり!』製作委員会
公式HP:https://minna-oshaberi.com
2025年|日本|カラー|DCP|アメリカンビスタ|5.1ch|143分
11月29日(金)より、ユーロスペース、シネマ・チュプキ・タバタほか
全国順次劇場公開