1月17日、映画『Dear Stranger/ ディア・ストレンジャー』がシネマルナティックで公開された。

舞台挨拶には真利子哲也監督、真利子監督の劇場デビュー作『ディストラクション・ベイビーズ』の愛媛ロケ・コーディネーターであり現場スタッフとして制作に携わった入江初美氏、シネマルナティックの橋本支配人が登壇した。

左からシネマルナティックの橋本支配人、入江初美氏、真利子哲也監督。

真利子哲也監督にとって松山は、そしてシネマルナティックは特別な場所である。そしてこの場所から新作『ディア・ストレンジャー』まで、全てはつながっている。そんな思いを強くするこの日のトークを紹介したい。


松山という土地と人々との出会い

「ありがとうございます。お久しぶりです」と真利子哲也監督。トークは客席に見える懐かしい顔々に向かっての挨拶から始まった。

初めて松山を訪れたのは、恐らく2012年だったと回想する真利子監督。自分が興味を持った人に会うために。しかし知り合いは全くいない。そんな状況だったという。

橋本支配人は、「そうですね。いきなり来て“横川シネマから紹介してもらったんですが、聞いていますか?”って。聞いてねえぞ、と(笑)」

そんな無鉄砲な青年は橋本支配人と意気投合。大いに映画の話をし、脚本を進めていった。真利子監督が松山で取材するにあたって、橋本支配人は入江氏を紹介。入江氏は松山に滞在し始めた真利子監督に、愛媛のご当地アイドル「ひめキュンフルーツ缶」をプロデュースしたサロンキティの伊賀氏を紹介したという。真利子監督の『NINIFUNI』に出演した「ももいろクローバー」のファンが「ひめキュンフルーツ缶」に注目しており、興味を持ったことがきっかけだった。

入江氏の人脈で地元の音楽・アイドル文化と接点を持つようになった真利子監督。銀天街や路面電車、梅津寺などひめキュンフルーツ缶の映像制作を経て、2015年に大街道の裏で出会った人々との交流を元に書かれたオリジナル脚本による『ディストラクション・ベイビーズ』の撮影を入った。

当時、入江氏の協力もあって、三津や今治などを取材したという真利子監督。
「とにかく お祭りが衝撃的で。はじめは愛媛の人って暴力する人たちしかいないんじゃないかって(笑)。祭りのいかつい人たちや取材する相手も喧嘩師で、大変な所だなって思っていたんですけど、だんだん 愛媛が好きになっていって。自分にとってちょうどいい場所。橋本さんと入江さんのおかげですね。今回もたくさんお世話になった皆さんが来てくださっていて、あれからもう十年以上経っていますが、変わりない姿が」
と感慨深く語った。

当初は喧嘩師を題材にしたドキュメントにしようかという考えもあったという。
松山の街を舞台に暴力を徹底的に描いたこの作品は、地元と県や市の関係者も含め、多くの協力を得ながら完成した。

橋本支配人は「相当松山のことよく知っているなというか、こんな暴力的な松山を描いたことにびっくりしました。観るとすごく面白かったので、もっとびっくりしました」と当時の衝撃を回想した。

『ディストラクション・ベイビーズ』から『宮本から君へ』

『ディストラクション・ベイビーズ』の主演・柳楽優弥は、公開当時にドラマ『ゆとりですがなにか』に出演。その後も幅広い作品で存在感を高めていった。また、2021年に結婚を発表した菅田将暉、小松菜奈の初共演も本作であり、真利子監督やキャストのその後のキャリアや人生に影響を与えた重要な作品といえる。


『ディストラクション・ベイビーズ』の次に真利子監督が手掛けたのが、ドラマ版 『宮本から君へ』だった。『宮本から君へ』は、もともとは映画企画として始動したが、先にドラマ化され、その後に映画化されるという複雑な経緯を辿った。深夜ドラマとしては自由度の高いキャスティングで実力派の俳優陣が出演したが、制作は決して順風満帆ではなかった。その間に監督自身の生活や環境も大きく変化したという。

映画『宮本から君へ』を公開した時期に、真利子監督が20歳の頃から申請し続けていた文化庁の助成が決定。ハーバード大学ライシャワー研究所の客員研究員として、2019年から1年間ボストンに滞在することとなった。


滞在中にシカゴ国際映画祭でのコンペの審査員を受けた真利子監督は、地元で文化的な活動をする坂本氏と出会う。愛媛での入江氏の存在と同じくシカゴで様々な人々の紹介を受け、短編の撮影の準備を進めたという。

20年に帰国し制作に入ろうとするも、世界はコロナ禍に突入。人々の移動が制限され、不安と孤立が大きな問題となる中で生まれたのが、『MAYDAY』だった。2020年5月のひと月の間、アメリカの友人やその知人を通じて世界の人々から映像を集め、それらを編集した。
「映像を集めて編集しかしてない。世界14カ国から集まった映像には、色んな言語が飛び交っている。それでも気持ちで伝わるということで」
『MAYDAY』はオムニバス映画『緊急事態宣言』の中の1本としてAmazon Prime Video で配信されている。

こうした経験を経て制作されたのが、『ディア・ストレンジャー』だった。当初はシカゴでの撮影として準備が進められていたが、脚本が具体的になってくるにつれて、シカゴでは難しいとなり最終的にニューヨークで撮影することになった。

“ルナティックシアター”の秘密

©Roji Films, TOEI COMPANY, LTD.

ニューヨークで暮らす日本人の夫・賢治と中華系アメリカ人の妻・ジェーン。家庭も仕事もままならず過ぎ去る日々の中、幼い息子のカイが誘拐される。目を背けてきたある事実に対峙する2人の愛の形とは……?


2024年秋からクリスマスまで撮影を行い、西島秀俊、グイ・ルンメイらが参加した。

スタッフについては、2020年にアメリカ人のカメラマンで短編を制作した際に、コミュニケーションの課題を感じた。そのため撮影は『ディストラクション・ベイビーズ』の佐々木靖之氏に、録音は真利子監督と東京藝術大学の同期の金地宏晃氏に依頼し、メインスタッフとして参加してもらったという。

「主人公の賢治(西島秀俊)とジェーン(グイ・ルンメイ)が知り合った劇場の名前を決めようとなった時に、佐々木さんは中学・高校時代に松山に住んでいて、映画を学んだのはシネマルナティックだと。自分もお世話になった劇場なので、意気投合してルナティックシアターにしようと。これいつ気付かれるかなと。入江さんが気づいてくれて(笑)」

橋本支配人の「廃墟になっていましたけどね(笑)。未来を象徴しているのかなって(笑)。何年も前に潰れていたっていう(笑)」というコメントに客席から大きな笑いが起る。

ルナティックの名前の由来について真利子監督が尋ねると、
「私は、広島のサロンシネマに1年弱お世話になり松山に戻り、シネリエンテというロードショー館に務めさせてもらいました。夜に通常の上映が終わった後にミニシアター系、アート系の作品の上映を始めて。手伝ってくれる人が集まるようになり名称をつけようとなりました。夜だしお月さんから“ルナティック”を辞書で調べたら、“危険”とか“ひわい”で。面白いなと思って、ルナティックって付けたんです(笑)。それが気に入ってそのまま使っているわけです」と橋本支配人。

真利子監督は「廃墟で人形劇をやるような場所というので、ルナティックってすごく良かったんですよ。ちょっとアングラな感じにしたかったので」と命名の思いを語った。

住んでいる人の目線で

「愛媛で『ディストラクション・ベイビーズ』を撮った時もそうだったんですけど、アメリカでもできる限り場所に住んでいる人の目線でやろうとしたんですね。『ディストラクション』の場合、最後の祭りの喧嘩神輿は、馴染みのない人間からすると驚きとともに根源的なものに思えたので取り入れたんですけど、 1年に1回祭りがある愛媛の人からすると、生きている中でそんな非日常があるのが当たり前になっている。その視座に立つ必要がありました。

『ディア・ストレンジャー』もニューヨークに住んでいる人の視点で。初めの方でルンメイさんのお母さんの店が強盗に遭うんですけど、結構よくあるんです。拳銃もそうですけど。でも今日一緒に見直した時に、社会のあり方は違うよな、と思ったんですよ。良し悪しではなく、移民と共存しているってことも、そこまで馴染みがないので」

なぜ人形劇だったのか

入江氏から「人形を操りながら一緒に踊るシーンが印象的ですけど、なぜ人形劇だったんでしょうか」という質問が。


「ボストンにいるときに知った人形劇団は、映画に出てくる人形よりもっとでっかい人形で。かつアバンギャルドで、政治的なことが書かれている台本で。自分の中では『ひょっこりひょうたん島』みたいな、子供向けじゃない人形劇だったので感銘を受けたんです。今回は完全なオリジナルなので、人形劇を登場人物の職業に当てられるかとか考えました。

廃墟は、愛媛に来た時の情感とは全然違っていたる所にあるんですよ。シカゴでも人種的マイノリティが住んでいる地域が、経済拡張とともにまた別の地域に追いやられている歴史的背景があって、例えば学校にしても、経済的な理由で取り壊すこともできずにそのまま放置されていることがある。廃墟は建物そのものだけでなく、人間の匂いがするのですごく惹かれるものがあるんです」

ビッグ・カイはそこにいる

Q&Aでは、観客から人形がジェーンの「口の中に手を入れる」シーンは性的な行為を思わせる。人形劇についてもっと知りたいという質問が上がった。

「グイ・ルンメイさんは今回初めて人形劇に挑戦してくださいました。パフォーマンスのときに周りにいたのは人形師の方たちです」

撮影はニューヨークになったが、シカゴからブレア・トーマス氏(人形劇スーパーバイザー)と仲間たちを呼んで一緒に創っていった。脚本を読んでもらった上で、人形劇のパフォーマンスの仕草についてはブレア氏に一任したが「(映画と)遠からずのストーリーでやりたいね」と理解してくれたという。

「ジェーンは子供ができて、賢治が分かってくれたとはいえ、罪の意識も多少あって。人形劇を控えて子育てをした5年間で、パフォーマンスへの渇望があった。性的というより仕事に戻れない苦しみや葛藤として、口の中に手を入れるという表現になりました」

賢治がバーで飲んでいるところにジェーンが来るシーンでは、撮影を終えた後に「何か足りない」と思って、セリフを大幅に書き足して、後日撮り直しをさせてもらった。

「編集でだいぶ落とさざるを得なかったんですけど、ルンメイさんの人形劇のパフォーマンスの情熱に対して、賢治との関係でもそれほどの情熱をぶつけて欲しくて、あのシーンを書き足しました。それぐらいに人形劇が軸となっていきました」

©Roji Films, TOEI COMPANY, LTD.

賢治が廃墟のルナティックシアターに忍び込み、拳銃を撃つシーンについても質問が。

「今日はちょっと画面が暗かったなって気がしていたんです。一瞬だから見えなかったかもしれないですけど、あそこには人形のビッグ・カイがいます。
賢治にとってはルナティックシアターでジェーンと出会ってパフォーマンスを観たから、それが忘れられない。ましてや自分の父親としての葛藤もあって、耳鳴りのようにその時の音楽が流れてきて、それを消すために拳銃を撃つ。その一瞬、人形のビッグ・カイが見える。賢治のトラウマ的なイメージで作りました」


シネマルナティックの前の告知看板

舞台挨拶終了後は、真利子監督の前に多くの観客がパンフレットを手に列を作り、笑顔で話し込んでいた。

2012年から2025年までを横断したこの日のトークで、さらに作品の解像度が上がるかも。映画『Dear Stranger/ ディア・ストレンジャー』は1月30日(金)までの上映予定。ぜひ何度でも真利子監督の聖地・シネマルナティックに足を運んでほしい。

(レポート:デューイ松田)


【作品情報】
作品タイトル:『Dear Stranger/ディア・ストレンジャー』
(英題:『Dear Stranger』)
公開日:2025年9月12日 fri TOHOシネマズ シャンテほか 全国ロードショー
出演: 西島秀俊 グイ・ルンメイ
監督・脚本:真利子哲也
配給:東映

公式サイト: https://d-stranger.jp/
公式Xアカウント: @d_stranger_mv
公式Instagram:@d_stranger_mv