7/21(土)より全国で公開され、大ヒットを記録中の映画「TheLady アウンサンスーチー ひき裂かれた愛」本作品は、ビルマ民主化運動のリーダーであり、1991年にアジア女性としては初のノーベル平和賞を受賞し、4月1日のミャンマー議会補欠選挙で見事当選したアウンサンスーチーの半生を事実に基づき描いた作品です。

本日、大ヒットを記念して、ビルマの方々をはじめ全世界の人権を守るために活動をし、雑誌AERAの表紙も飾った国際NGO ヒューマン・ライツ・ウォッチ日本代表の土井香苗さんのトークイベントを行いました。

日時■2012年7月31日(火) 21:30
会場■角川シネマ有楽町(千代田区有楽町1-11-1読売会館8階)
登壇者■土井香苗 (弁護士、ヒューマン・ライツ・ウォッチ日本代表)   

MC:まずは本作のご感想からお聞かせください

土井さん:
私はNGOとして活動していますので、ビルマの実状は知っているつもりでしたが、この映画を見て、彼女の側面の部分を初めて知ることできました。すごく史実に忠実に描かれていると思いますし、ミシェル・ヨーさんの演技力もあって、こういう風にスーチーさんは葛藤していたんだなとか、あたりまえですが、一人の人間なんだなと思いました。あと、こんな素晴らしい旦那さんがいたということも分かりまして、内助の功というか。夫にも見せたいなですね 笑

MC:こういった映画が世界中で公開されること。そもそも映画が作られたことに対してはどのように思われますか?

土井さん:
今、ミャンマーは2011年の夏、ちょうど1年くらい前から、かなり改革に動き出したんですけど。この映画はその前に作られた映画ですよね。一番暗い状況の時に作られた映画だと思います。ですから、ミシェル・ヨーさん彼女自身がこの脚本を読んで、どうしてもやりたいとリュック・ベッソン監督に持ち込んだと聞いて、とても嬉しかったですね。みんながミャンマーに絶望しているときにこういう映画を作ってくれたことは、今から作るよりかなり価値があると思います。

MC:映画の製作が始まったときは、まだスーチーさんは自宅軟禁状態で、映画の撮影が終わりに近づいたころに解放されますというニュースが流れたそうですね。

土井さん:
あの頃のこともよく覚えています。2010年に総選挙があったんですけど、本当はその前に解放される筈だったんですよね。ミャンマーの法律で本当は延長できたかったんです。でも、どうしても軍事政権側が選挙の前に解放したくないということで、変な色んな理由をつけて1年延長されたんですよね。2010年の総選挙が終わった直後に解放されましたね。世界中が選挙の前にスーチーさんを解放しろとプレッシャーをかけていたんですが、叶いませんでした。

MC:そうなんですね。この映画をきっかけにビルマのことに興味を持たれる方も多いと思います。そもそも、この映画で描かれている軍事政権はかなりひどい描写でしたが、その辺りの歴史的背景を補足していただけまうすか?

土井さん:
映画にも出てきましたが、タン・シュエという大将軍になるんですかね。そんなに知られていませんが独裁者がいました。彼はもうトップは解任しましたが、今も生きていますね。北朝鮮に、もう亡くなりましたけれども金正日といういかにも独裁者な人がいましたが、彼も謎に包まれていましたよね。そんな金正日と並んで評されるのが、タン・シュエだったんですが、タン・シュエのほうがもっと外に出てこないので、謎に包まれた独裁者だったと言われていました。世界に独裁者ランキングというのがあるんですけれども、一番最近のもので、1位が金正日で2位か3位にタン・シュエがランキングされていましたね。それほど、残虐な独裁者でした。世界中に色んな独裁者はいますが、アジアの人たちはトップにいる人が多いですね。なので、我々というのは結構すごい地域に住んでいる、独裁者に囲まれた孤島が、実は日本だということですよね。他にも聞こえてくる話は、映画の中の話のようにひどいものが多く、占いで色んなことを決めたりしていたようです。中でも我々が一番驚いたのは、首都を突然ジャングルの真ん中に移したり、それも理由はわからない �んですが、色んな噂があったんですが、専門家さえも占いで決めたのではないかと言っていますね。

MC:映画の中でも前半、スーチーさんをしいたげているのはネイリ—で後半にタンシェが出てきますけれども、タン・シュエのことが本当に描かれていないというのはやはり知られていないということなんですね。

土井さん:
知られていないですね。映像も出てこないですし、外国人が大嫌いなので記者にも会わないですし。

MC:あとこの映画では、1988年の学生による民主化を求める運動を軍事政権が弾圧するというところから、ストーリーが始まりますが、なぜこの流れになったんですか?

土井さん:
1998年に大きなデモが起きて、そこで数千人が殺されました。その次に起きた大きなデモは、我々も記憶にも新しい2007年のお坊さんが中心のデモだったんですが、、やはり射殺された人がいました。なんかそういうマインドセットなんですよね。軍事政権ですので。ただ、やはり、1988年より2007年のほうが死者が少なかったですね。それはこの映画でもビデオジャーナリストのことが最後クローズアップされていましたけど、やはり皆さん携帯電話を使ってその場で写真を撮って世界に発信していたので。ビルマというのは本当に情報統制が厳しく、ジャーナリストがビデオを撮って海外に送るというのは本当に命がけのことだったんですね。その命がけの発信のお陰で2007年のデモは、何をやっているか知っていましたので、さすがの軍事政権も死体を転がすというわけにはいかなかったんですね。それでビデオジャーナリストの人たちはつかまってしまったんですけれども、彼らの犠牲の上で、多くの人が助かったという現実があります。

MC:日本人の長井健司さんが射殺されたということで、日本も高い関心を持ったんですよね。

土井さん:
残念なことですが、それがきっかけで日本のマスコミも色々報じましたね。

MC:スーチーさん人気の高まりというのは、ずっと続くものなんでしょうか?

土井さん:
それは難しい質問ですね。日本でも、すごく人気あった政治家の人気が急に無くなるようなことはありますから。スーチーさんも発言によっては、人気がなくなることもあるでしょうし、国会議員になってますから、責任も出てくるでしょう。ビルマというのは難しい国ですので、かじ取りは難しいと思うので、いつまでも人気が続くかは何とも言えません。しかし、この映画でもわかるように、1988年に彗星のように登場してから、ずっと人気がありますね。スーチーさんを嫌いな人に会ったことありませんから、やはり圧倒的な人気を持っているとは思います。

MC:この映画をきっかけにビルマの現状が映画を見て頂いた方には伝わったと思いますが、こんなにも近い国で人権侵害が行われている中、私たちは他にも知るべきことや何ができることがあるんでしょうか?

土井さん:
スーチーさんは良心の囚人と言われている通り、平和的な意見を求めただけで捕まってしまいましたが、いわゆる政治犯というのは世界中にいまして、アジアで考えても、本当に沢山います。ですので、独裁国家ではない我々の役割というのは大きいですね。国際的にみると人権とか民主化というのは欧米がリードしてきましたが、アジアのことはアジアの他の国のほうが影響力は大きいですし、特に日本の政府はビルマの軍事政権のサポーターだったので、日本の政府が何か言うことに対して重みがあるんですよね。しかも日本という国はあまり普段何も言わない国なので、たまに言うと驚くというのがありますね。我々の税金を使って支援しているんですから、国や政府を支援するだけでなく、その国の人々も支援するのはセットだよと我々が言うことによって、日本の政府が動いて、その国の人々が動けば、ある意味でも自由をつかむことができるんだと思います。スーチーさんの言葉にも「あなたの自由を、私たちの自由獲得の闘いのために行使してください。」という言葉がありますよね。我々にはせっかく自由があるんですから、何ができるかと考えると難しく考 �えてしまいますが、まずは知るということから初めて、ブログやフェイスブック、ツイッターに書いてみることからでも始めて欲しいですね。