12日、長編コンペティション部門の『神の耳』の上映後、マイケル・ワース監督が登壇し観客からのQ&Aに答えた。

マイケル・ワース監督にとって本作が長編処女作となり、監督、脚本、主演をつとめるというマルチな才能を発揮している。
ボクシングジムに通いながらも、リングには上がらずジムの掃除などの手伝いを仕事にしている自閉症の男性・ノア。
ポールダンサーのアレクシアと出会い、少しずつ2人の心の距離は縮まっていくが、やがてお互いが抱える問題に直面する事になる。
リング上でのボクサーとの戦いと、自閉症である人の心の内の戦いをシンクロさせて描き、一人一人の人生の幸せについて見つめ直す感動的なストーリーに、上映後は観客からの拍手が起こった。

以下、Q&A。

Q:この映画のモチーフである自閉症というテーマは、いつ頃選ばれたのでしょうか?

「自閉症というテーマは数年前に決めました。私は自分でも実際にボクシングをやるのですが、自閉症の方と知り合ってから、自閉症の方は頭の中で、リングに上がって自分の頭と戦っているのだと感じるようになりました。
ボクサーは実際にリングに上がって相手と戦っているというところにリンクするものを感じ、映画にしようと思いました。
私は映画の仕事を以前からしていますが、本作に関しては全てがもの凄いスピードで進みました。
中には二週間かかってもワンシーンが書けなかったという事がありましたが、本作は三週間で脚本を書き上げました。撮影自体も11日で終えました。」

Q:監督が自閉症の人物を演じるにあたって苦労した点、注意した点や、自閉症である人自身がこの映画を見て、どのような感想がありましたか?

「この役を演じる事はとても怖かったのです。というのは、上手く演じないと映画自体がボロボロになってしまうのがわかっていたし、上手く演じられる自信もなかったので非常に思い切ってこの役を演じました。
医者の役をやるとしたら、実際にお医者さんに会いに行って話しを聞くことができますが、自閉症の方の場合は“あなたの頭の中はどうなっているのですか?”と聞く事ができません。
ですから、視覚的なところから役作りをしていきました。
エンドロールにセラピストの女性と自閉症の男の子が出てきますが、あの男の子をベースにしてノアというキャラクターを作りました。
自閉症の方自身が感想を言いに来てくれるという事はありませんでしたが、自閉症の方の家族が、当人に見せたいと言って下さったので嬉しく思っています。」

Q:エンドタイトルに、「ケリー・コナリー」という女性がクレジットされていましたが、この方はどの役を演じたのでしょうか?

「ケリー・コナリーさんは、エンドロールに自閉症の男の子と一緒に映っていて、ロサンゼルスでセラピストをやっている女性です。
劇中でノアとセッションしているセラピストの名前に、彼女のケリー・コナリーという名前を使わせて頂き、別の女優さんが演じています。」

Q:ノアがボクサー、アレクシアがポールダンサーという、2人とも裸になって赤裸々な状態で仕事をしていますが、このような職業を選ばれた理由とは?

ノアがボクサーというのは先ほど話したように自閉症と関連しています。アレクシアのポールダンサーという職業は、意図的に決めた事で、彼女は一番自分を隠しているキャラクターなのですが、皮肉な事に仕事では裸になっています。その対比を意図しました。」

Q:掛け軸や、大仏など日本的な物が劇中に登場しますが、監督は親日家ですか?

「そうですね、仏像が登場するシーンはキャラクターが心の静寂を得て涅槃を経験するという場面なのでシンボリックな意味で仏像を映しました。
日本といえば日本映画ですが、私は小さい頃に小津安二郎の映画が凄く好きで非常に影響を受けました。
本作でも2人がラストで自転車を止めて湖にいるシーンがありますが、あれは小津監督へのオマージュです。」

Q:監督をしながら演技をするのは大変でしたか?また、自閉症の役を演じるにあたって、過剰な演技になってしまうかもしれないという危惧はありませんでしたか?

「監督しながら演じるというのは非常に難しかったです。私はいわゆるメソッド・アクターではないのですが、今回はノアというキャラクターが乗り移ってしまい、自分の演技のパートが終わって、アクションをかける際にもノアのままかけてしまってスタッフから笑われました(笑)
ノアを演じるにあたって物凄く考えた事は、『アイ・アム・サム』や『レインマン』のような社会的に機能していない障害のある人物にはしたくないと思いました。
そうでないと、観客が“そういう人がいるんだ”と距離を持ってしまうからです。あくまでもノアは社会の中でなんとか機能していて、それによって観客一人一人がノアと自分を重ね合わせて感情移入できるようにしました。」

マイケル監督は、映画を理解して核心に迫った質問の数々に脱帽していた模様。
時間ギリギリまで行われたQ&Aに、観客から大きな拍手が贈られた。

(池田祐里枝)