酸性雨の降りしきる近未来の韓国。忘れたい記憶を封印するために忘却のウィルスを求めドイツから帰郷した女・アンナと、臨月が迫った鉛中毒のガイド・ユキ、そして失われた記憶を求め街を流すタクシー運転手・K。それぞれ対照的な思惑を持つ3人が、記憶とアイデンティティの回廊へと旅する姿を綴ったSFロード・ムービーが、2001年の東京国際映画祭シネマプリズムのオープニングを飾った『バタフライ』だ。近未来都市の大半は韓国の実際の風景(一部神戸でもロケされている)で撮影された本作は、ハリウッド製のブロックバスターSFのようなきらびやかさは微塵も無いし、静かで、観る者の判断に委ねる部分が多い作風は、必ずしも万人向けとはいい難いかもしれないが、たゆたうような映像に身を委ね、旅の行方を見守り、また我がこととして考えてみるのも、なかなか悪くない。
辛・韓国映画祭2003の上映作品としてあらためて一般劇場公開となった本作、2月8日初回の上映時には、ムン・スンウク監督とヒロイン・アンナを演じたキム・ホジョンが来場し、舞台挨拶&ティーチインを行った。ゲストとして来日したお二人は、東京国際映画祭に続いて二度目の来日だ。「朝早い回の上映に沢山来てくださって嬉しい。韓国ではこんなことなかったです」(スンウク監督)、「朝早くから観るには重たい作品かもしれませんが、集まっていただけて嬉しいです」(ホジョン)、とそれぞれ挨拶した二人は、共にひじょうに若々しい。特に人生に疲れきった女性をリアルな存在感で演じて見せたホジョンの、キュートな笑顔はとても劇中と同一人物とは思えないほどだ。また、ティーチインでは、観る者に判断を委ねる作品の結末に関しての質問があがるとスンウク監督は、「貴方はどう思いましたか?」と訪ね返し、質問者の解釈に丁寧に耳を傾けていたのが印象的。そんな、観客と作り手の心地よい共犯関係が感じられたティーチ・インをレポートしよう。

Q.タイトルを“バタフライ(蝶)”にしたのは何故でしょう。
ムン・スンウク監督——この映画では、自分の嫌な記憶や傷を忘れてたいと思った人々が、忘却のウィルスを求めるわけですが、その象徴の一つとして蝶を選んだんです。蝶は清潔さや澄んでいること、そして癒しの意味もあると思います。これはどの国の文化でも共通で持っているイメージを利用しました。そして映画の中の絵としても、忘却のウィルスが出てくる場面でそれを引き出すものとして出てきますので、蝶という題にしたんです。そうしたらところ韓国では、内容を知らない方にはエロ映画か?という誤解を受けたりもしましたが(笑)、私は本作にエロ映画では無いですが遠からずな感じをもっています。映画に沢山出てくる水、ジトジトと湿ったイメージに満ちていますからね。ですから、このタイトルを私はひじょうに気に入っています。

Q.監督は水をどのような存在として捉えましたか?また、撮影時に苦労したエピソードなどありましたらお聞かせください。
スンウク監督——この映画の中で、水とは汚いものを洗い流してくれるものとして使っています。映画の中の様々な要素としても出てきますが、冒頭等では胎児を包む母体の羊水としてのイメージでも用いました。平穏で生命を育むイメージです。本編の中で、直接的な性行為の場面は出てきませんが、私は言語によらない人間と人間とのぶつかり合いを描きたかったのです。それを水を通して、その感触を感じて欲しかったんです。エロチックさと遠くないと言ったのもそうした部分です。
キム・ホジョン——そう、映画の中では水に関わる演技が沢山有りましたけど、一言で言えば水を沢山飲みましたよ(笑)。怖さや冷たさもあり、大変でしたね。

Q.映画の結末で、アンナは目的を達成されたんでしょうか
スンウク監督——どう思われましたか?……そう、私はこの映画の中で、アンナがこれからどのような人生を歩むのかはっきりとは描いてませんが、これから新たな道を行き、記憶を作っていくのではないかと思います。映画を作るに当って、主人公たちの運命は作者として私が設定したわけですが、撮影中にはアンナというキャラが独自に動き出し、運命を作っていくのではないかという気がしました。ですから、明言はしてませんが、これから新たな生き方をすると感じていただけたのなら、それは肯定的だと思います。

Q.音楽を排している印象がありますが、音楽に関してどのように考えられているかお聞かせください。
スンウク監督——映画音楽は、悲しい場面に悲しい曲をつけるのでは駄目だと思っています。それは重複し、説明的なものになってしまうからで、私は説明的な音楽を使用するのではなく、何か新しいものを付け加える曲にしたいと思いました。そうした考えから、音楽の使用は少なめになったのかもしれませんね。私が作曲家に伝えた意図は、近未来の風景にあわせるためにミニマル・ミュージックにしたいということです。

Q.今回アンナという役を引き受けた理由と、彼女に共感できるのはどのような部分でしょうか?
ホジョン——出演はシナリオで決めたんですが、最初に読んで普通の作品とは異なって、描かれている人物に深みがある特別なものだと感じたからです。アンナには、深い愛情を感じています。今の私自身、こうしてここで余裕を持って話しているように見えるかも知れませんが、実際にはひじょうに弱い人間で、痛みや辛さを抱えて生きていますが、人って皆そういうものじゃないかなと思うんです。人はそうした瞬間、瞬間を精一杯生きているものだという共感を感じています。さっきも上映中に外で、映画の声を聞いていてアンアに対する哀惜の念、共感をまた実感しました。

なお、辛・韓国映画祭2003は2月14日までテアトル池袋にて激辛開催中!『バタフライ』の上映スケジュールは下記、公式頁を参照のこと。また、明9日16時の『AFTER WAR』上映時にも、お二人は別々の作品の監督、主演女優として再登場する。
(宮田晴夫)

□作品紹介
バタフライ

□公式頁
テアトル池袋