介護離職、生活保護、貧困問題。自己責任という言葉が切り捨てるものを見据えて。映画『スノードロップ』10月24日より関西公開スタート!

映画『スノードロップ』は、認知症、介護離職、生活保護、貧困問題といった、今や誰もが他人事として目をそむけることができない問題を扱っており、新宿武蔵野館の公開で高い関心を集めた。この度10月24日(金)より京都シネマ、11月1日(土)より第七藝術劇場、元町映画館にて公開がスタートする。

母と同居している直子の元に、長年蒸発していた父が帰宅した。すでに家庭を持ち家を出ていた直子の姉は父を拒絶するが、直子は母に懇願され困惑しながらも3人での同居を始める。10年後、3人の生活は大きく変わっていた。母は重度の認知症を患い、直子は介護のため離職。父が新聞配達で家計を支えていたが、持病の悪化により休職をよぎなくされ、一家は預貯金もほとんどない状態に陥っていた。生活保護の申請のため市役所に出向き、ケースワーカー・宗村とのやり取りを重ねる直子。生活保護申請はスムーズに進行し、訪問審査を終えた宗村から、生活保護の受託はほぼ確定であろうと聞かされたその夜、父が直子に告げた衝撃の一言とは……。

監督を務めたのは吉田浩太。『ユリ子のアロマ』『女の穴』『スキマスキ』『Sexual Drive』といった一連の作品や、プロデューサーからの提案を受け、和歌山県で2002年に起きた「出会い系サイト強盗殺傷事件」を題材にした2021年の『愛の病』など、一貫して欲望に忠実な人間の滑稽さと悲哀を正面から愛情を持って描いてきた。本作『スノードロップ』で題材にしたのは、2016年に起こった生活保護申請を発端とした事件。これまで描かれてきた主題から反転し、自身を絶望に埋没させた人の心にフォーカスしている。

主人公の直子(西原亜希)が認知症の生活保護の申請に向かう場面を見ながら、私自身が地域包括支援センターに母が認知症かもしれないこと、これからすべきことについて相談に行ったときのことを思い出していた。担当者は本作のケースワーカーの宗村(イトウ ハルヒ)と同じように親切で、親身になって話を聞いてくれた。しかし同時に、制度や他人に助けを求めることで、自分の家庭の事情を赤裸々に差し出すことへのいたたまれなさも感じた。この時のアドバイスは その後の指針となり、大変感謝してるにもかかわらず、である。そんな躊躇や緊張が、本作では生々しく丁寧に描き出されていた。
吉田監督は15年ほど前に大病を患い、実際に生活保護を受給したことでその後映画監督として復帰できたという。監督自身が制度を肯定的に捉えているからこそ、「なぜ一家がその選択をせざるをえなかったのか」という疑問が、直子の心情を深く掘り下げることにつながったと言える。

特に印象的だったのは、ケースワーカーの宗村(イトウ ハルヒ)が生活保護認定のための家庭訪問を終え、帰り際に「頑張っていきましょう」と声をかけた瞬間だ。直子は礼を言いながら彼女から目をそらし、宗村たちを見送ることなく先に引き戸を閉めた。まるで心の扉が大きな音と共に閉ざされたよう見えた。その一瞬に10年に及ぶ介護の歳月を送って来た直子と宗村との隔たりを見せつけられ、彼女の中にある孤独と絶望の深さに唖然とさせられた。
重大な決断をした父と直子のクローズアップ。
直子役の西原亜希の演技は圧巻だった。心情の揺れをあますことなく表現し、つつましやかに背筋を伸ばして生きる直子という人物の破壊的な決断を体現した。みずみずしさ、誠実さで直子を受け止めたのは、新人ケースワーカー・宗村役のイトウ ハルヒ。ラスト近く、立場が変わった直子と宗村の本音のやりとりに注目して欲しい。

家族の共依存関係、長年にわたり外部に助けを求めなかった選択、そして生活保護受給決定の直前であるにも関わらず至った決断。これらを「自己責任」という言葉で片づけることができるだろうか。制度だけでは救えない、貧困への差別意識や社会との断絶が生み出す絶望。本作は「何が正解なのか」を問いかける。
厳しい現実の中で新たな選択をする直子の姿は、頭をたれた白い花を咲かせるスノードロップに重なる。スノードロップの花言葉は“希望”であり“慰め”だという。そしてその希望は、本作を観終えた全ての観客に託されている。
(Text:デューイ松田)

映画『スノードロップ』作品情報
出演:西原亜希 イトウハルヒ 小野塚老 みやなおこ 芦原健介 丸山奈緒 橋野純平 芹澤興人 はな
監督・脚本:吉田浩太
プロデューサー:後藤剛
撮影監督:関将史 撮影:関口洋平 録音:森山一輝 美術:岩崎未来
衣裳:高橋栄治 メイク:前田美沙子 スチール:須藤未悠
助監督:工藤渉 制作:古谷蓮
主題歌:浜田真理子「かなしみ」
製作:クラッパー 宣伝・配給:シャイカー
配給協力:ミカタエンタテインメント
2024/98分/ステレオ/DCP