(写真左から)野原位監督、川村りらさん、小田香さん

4/15、シネ・ヌーヴォにて映画『三度目の、正直』のトークショーが行われた。登壇したのは野原位監督と主演であり野原監督と共同脚本を務めた川村りらさん。進行役を務めたのは『セノーテ』監督の小田香さん。3人は神戸元町映画館の10周年記念のオムニバス映画『きょう、映画館に行かない?』に参加したが、参加者たちで集まる機会がなかったという。じっくり話すのは今回が初めてとのことで、互いに楽しみなトークショーとなった。


1●描かれた複雑な感情について

小田さんは開口一番、
「人間の複雑な感情を怒っているとか悲しい、虚しいといった既存の言葉に押し込めず、名前がつけられない感情をそのまま描いている。それでいいんだということで、なんだか許された気がする。素晴らしい映画を拝見させて頂きました。ありがとうございます」

小田香
1987年大阪府生まれ。2011年ホリンズ大学(米国)教養学部映画コースを修了。卒業制作の中編作品『ノイズが言うには』が、なら国際映画祭2011 NARA-wave部門で観客賞を受賞。2013年映画監督のタル・ベーラが陣頭指揮するfilm.factoryの第1期生として、2016年に同プログラムを修了。ボスニアの炭鉱を描いた第一長編作品『鉱 ARAGANE』(15)が山形国際ドキュメンタリー映画祭2015・アジア千波万波部門にて特別賞を受賞。メキシコの地底湖を舞台に土地の記憶を巡る神秘の旅『セノーテ』(19)にて第一回大島渚賞及び第71回芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞。

野原監督は観客の賛否両論がはっきり分かれていることに触れ、
「人によってそれぞれ感じ方が違うものが映画であるべきだし、自分も知らないような避けてきた感情を突きつけられたりすることが映画の楽しみのひとつだと思うんです。とは言え制作者としては、否定的な感想には心が削られていく部分もあるので、小田さんにそう言っていただけるととても嬉しいです」と心情を吐露した。

監督・脚本
野原位(のはら・ただし)
1983年8月9日、栃木県生まれ。2009年東京藝術大学大学院映像研究科監督領域を修了。修了作品は『Elephant Love』(09)。共同脚本・プロデューサーの『ハッピーアワー』(15/濱口竜介監督)はロカルノ国際映画祭脚本スペシャルメンションおよびアジア太平洋映画賞脚本賞を受賞。また共同脚本として黒沢清監督の『スパイの妻』(20)に濱口監督とともに参加。劇場デビュー作となる『三度目の、正直』が第34回東京国際映画祭コンペティション部門に出品された。

小田さんは『三度目の、正直』で描かれる複雑な感情について、生活の中で生じる家族との関係性においての役割に言及した。

「役割に準じることが必要な人もいるし、息苦しく感じる人もいるんだなって。それが細かく、押し付けがましくなく描かれている。共同脚本として書く時に、台詞や場面の転換はどんな運び方をされますか?」

川村さんは「私は気質として日常の中でもハッキリと言い過ぎるタイプかもしれないです。逆に控えめで、女性の私からすると少々言葉足らずなのが野原監督(笑)。私が書き過ぎて監督がマイルドにしたり削ったりという作業も多少あったかも」と回想する。

月島春 役・共同脚本
川村りら
1975年11月5日生まれ。濱口竜介監督の『ハッピーアワー』(2015)で俳優デビュー。2015年、同作で第68回ロカルノ国際映画祭Concorso Internazionale最優秀女優賞を受賞。また、本作『三度目の、正直』では共同脚本も担当している。他出演作、共同脚本作品に短編『すずめの涙』(2021)がある。

共同脚本を進めるにあたり、当初はある程度形を整えて渡すやりとりを行っていた。途中でシナリオ大きく変える局面があり、こまめにセリフを書いて渡すというやり方に変わっていったという。

川村「全体としては野原監督がとても控えめで寛容だったんですが、最終の判断、まとめ役は(演出を含めて)監督なので、そういう(控えめな)部分が色濃く出ているんじゃないかなと思います」

お互いが描くキャラクターに齟齬がなかったかという質問には、

川村「時間がないということもありましたし、徐々にこなれてきた部分もあって。撮影中はほぼ呼吸のように、会話を書いては渡し、互いに直し、ということをひたすらスピーディーにやっていた気がします」

野原「シナリオを精査してさらに実際に演じる人が読んで、読んだ時にこれは違うって分かるとまた直して。さらに本読みでは良かったけど、役者さんが実際の場所に立って違うと分かるとまた直前まで直して、とずっと微調整しているみたいな感じでしたね」

2●「会話の階段」をどう描いていくか

小田さんの
「役の人のことをどのくらい頭において脚本を書かれますか」
という質問には、

野原「キャラクターを大切にすることは絶対に必要なんですが、一方で大切にしすぎると書けなくなってしまうところもあります。遠回しになっちゃうと言うか。濱口竜介監督の『ハッピーアワー』ではそれを突き詰めて、会話の階段を一歩一歩描いていくと最終的にすごいところまでたどり着くんですけど。今回は2時間以内に収めるために、会話の階段をちゃんと設定すると長くなるというジレンマがあって、川村さんとずっと調整をしていたような気がしますね」

川村「編集でかなり台詞も落としていますしね。結果、唐突に思われるシーンも生まれていると思うんですけども、本来濱口さんだったら階段として残したかもしれない部分も今回は外しているところはありますよね」

野原「うまい言葉が見つからないですけど、映画全体の尺やシーンの見せ方など、やりすぎないラインの中でもエンターテインメントにしたいという気持ちはありました」

思わず小田さんが笑顔になる。
「すごく意外でした。エンターテインメントをやろうとしたっていうのは(笑)」

野原「そうですよね(笑) 小田さんが言ったように、言葉にできない人の感情が見られるのはすごく面白いものですよね。ただ一般の観客の方たちがそれをどこまで求めているかはまた別の話ではあるんですけど。僕はそれそのものがエンタメだと思うので、そういう意味では一応エンタメとして描けたんじゃないでしょうか」

川村「編集でもかなり監督が苦労されていて。ほぼ1年かけて編集をして、本当に凄まじい数のパターンを見てきました。私はベストな状態で世の中に送り出すことはできていると思っています」

野原「丁度緊急事態宣言の頃で。川村さんやプロデューサーの高田さんにも意見を頂いて。最終的にはみんな見すぎてよくわからない、という所まで行きました(笑)」


3●自分の人生に向き合い、紡ぎだした言葉

川村さん演じる春と母の関係を描いた場面で、子どもの頃、子どもながらの精一杯の配慮で家出をした春の心情と強烈なビジュアルが語られる。小田さんから、

「どうやったらああいうエピソードが出てくるんですか」との質問が出た。

川村さんはそれが自分の家族の話であることを明かした。

「知らなかった母の感情を知ってしまった出来事で。人って一緒にいてもわからないことがあるんだなって。母親のことがちょっと嫌だったんです。でも母もこんな苦労してきたのねって思って」

野原監督は、
「もう1回他人が演じ直す、それはまた出来事の本質を浮かび上がらせる面白いことではあると思うんです」

小田「家族であっても理解しているつもりができていなかったり。そういったことを描きたい、もっと知りたいってお二人が思われる根源は何でしょう」

野原「家族って何なのかっていうことはずっと思っていて。結婚で他人が家族になる。血が繋がっていなくても子供は子供なんじゃないかとか。生人(川村知)はフィクショナルな設定ですけど、春は受け入れて周りが受け入れない。そういったことを通して、家族がどう見えるかっていうことを自分も映画制作を通して体験しながら、自分が今後生きていくための学びにもなればみたいな気持ちはあったと思います」

川村さんからは覚悟を感じさせる言葉が出る。
「今回、共同脚本とはいえ自分も書いたものを初めて世の中に出すという局面になった時に、全て人の何かを借りてということは自分の性格上、ほぼ不可能だったんです。自分の人生に向き合って、その中の感情から何かを導き出さないと観客に何も伝わらないんじゃないかって。自然とそうなったということだと思います」


4●『ハッピーアワー』と『三度目の、正直』との違いとは

小田さんは『ハッピーアワー』と同じ役者陣で野原監督が脚本を務めていることに触れ、
「明らかに全然違う作品だと感じたんですけど、それをうまく言語化できないんですよ。今日はそれをお聞きしようと思って(笑)」

野原監督は答えになるかはわからないが、としながらも『三度目の、正直』のトークショーの折に、濱口監督と野原監督の演出の違いを聞かれた美香子役の出村弘美さん(『ハッピーアワー』にも出演)が、
「濱口さんは演じている間すごく注視されている。いい意味でちゃんと見てもらえている感覚があって、野原さんの方は横に一緒にいる、隣にいる感じがする」と語ったエピソードを披露。
「自分のことなので自分では分かりきれないんですけど」

川村さんは、
「映画のキャラクターに対してもそういうスタンスになっているのかも」と納得した様子だ。

野原監督は濱口監督の演出について、
「全部を統括して映画のクオリティを最大限高めていく方」であるとし、対する自分は「みんなが映画を良くしたいと思ってくれているなら、なるべく生かしたいと思うタイプ」だという。

「シーンがねじれて来ても何とか撮影しきる、そうすると監督の自分がボロボロになっていくんですけどね(笑)」

小田さんが最もねじれが起こった場面について尋ねたところ、川村さんはラスト近くの春と生人の父(三浦博之)のシーンを挙げた。

「結構ギリギリと粘ってシナリオ書いて撮影日の朝に渡したら、三浦さんからこの流れだと言えないです、と言われました。慌てて撮影できるぎりぎりの時間まで粘って書かせてもらい、最終的に納得して読んでもらいました」

そういったことが様々なシーンで起こったという。

川村「みんなこの映画のために欲深くなってくれていましたね」

ギリギリまで解決点を探ることで次第に当初の意図とは反れて行くことに対して野原監督は、
「それは良しとしました」


5●チームの主体制の在り方

チームの主体性のあり方が『ハッピーアワー』との違いなのかもしれない、と発見する小田さん。

川村「この間ある方から“役者さんみんながよく戻って来られましたね”って言われたんですよ。『ハッピーアワー』の濱口さんは“皆それぞれに行ってきてください、ちゃんと待っているんで“という形で演出されていたように思うけど、今回はみんなが自分から行っているように見えるから、”美香子を演じた出村さんなんか特によく帰って来られましたね“ってその方はおっしゃっていて。北川喜雄さん(撮影監督の1人)も“自分たちの映画だ”って言ってくれて。それぞれにスタッフ、出演者それぞれに主体性を発揮してくれていたなと思います」

終盤は連日撮影後に自然と反省会のような話し合いが行われ、それを踏まえて翌日また撮影に挑んだという。

野原「みんな自分の意見を言いやすかったし、言うべきだと思ってやってくれたのが画面にもそのまま写っているのかもしれません」


6●エモーショナルな車のシーンについて

観客から演出や撮影方法について質問が挙がった。車の中で美香子(出村弘美)と毅(小林勝行)お互いの思いをぶつけあう場面がお気に入りで、他のシーンに比べてエモーショナルで感情がダイレクトに伝わって来たという。

当初書いたシナリオ時点ですでに美香子の言葉として、もっと違う言葉があるのではないかとずっと気になっていたという野原監督。
「撮影当日になって。その場で僕がある程度短い文を出して、美香子役の出村さんが付け足していきました。

小林さんは台詞を覚えるより即興的に反応することが非常に得意な方。出村さんのセリフにその場で対応してもらいました。リハーサルも何回も繰り返し、本番でもテイク5、6ぐらいまで行って作り上げました。出演者自身の言葉があり、そういう意味でも質が違うエモーショナルなシーンになった気がします」

話は盛り上がり、作品について深く掘り下げたトークショーとなった。気になる方は2度、3度と劇場に足を運んで頂ければ幸いである。


映画『三度目の、正直』上映予定

大阪府 シネ・ヌーヴォ 4/2(土)〜29(金)
京都府 京都出町座 4/8(金)~
東京都 シモキタ – エキマエ – シネマK2 4/15(金)〜28(木)
熊本県 Denkikan 4/22(金)〜28(木)
広島県 横川シネマ 4/22(金)〜5/5(木)
北海道 シアターキノ 5/21(土)〜26(木)
神奈川県 横浜シネマ・ジャック&ベティ 6/4(土)〜10(金)
栃木県 小山シネマロブレ 9/2(金)~15(木)
石川県 金沢シネモンド 近日公開
富山県 ほとり座 近日公開

(レポート/デューイ松田)