新宿K’s cinemaにて 12/19(土)より、ドキュメンタリー映映画『調査屋マオさんの恋文』の公開が始まった。
元調査屋・佐藤眞生(マオ)さんと縫子(ヌイコ)さん夫婦のユーモアラスなやり取りや、認知症の縫子さんを記録し続ける眞生さんの姿を描いた本作は、2019年の東京ドキュメンタリー映画祭でグランプリを受賞した。

監督はTVディレクターの傍ら、大阪で自署の哲学書「宇宙人のツッコミ」をリヤカーで売り歩き、夢とロマンを追い続ける名物おじいさんに密着した『ろまんちっくろーど~金木義男の優雅な人生」(2014)など、自主映画活動を行っている今井いおり監督

佐藤眞生さん、今井いおり監督

舞台挨拶には、今井監督と佐藤眞生さんが登壇。今井監督はコロナ禍の中、劇場に足を運んだ観客に感謝の言葉を述べた。
「今日は大変な時期に来ていただきありがとうございました。お客さんが来てくれるのか心配していたんですけど、こういう状況の中来て下さるのは本当にありがたいと思います」

●きっかけは自給自足
もともと認知症を扱った映画を撮る予定ではなく自給自足に興味があったという今井監督。茨木市の郊外に住む眞生さんが畑で野菜を作って自給自足で暮らしていることを知り、取材を持ち掛けた。
「当初は、おじいさんが猟銃でイノシシを撃って皮を剥いて肉を食べているような映像を撮りたかったんですけど(笑)」
取材に行ってみると、畑仕事やビール作りの傍ら、事あるごとに眞生さんの口から奥さんの話が出て来る。当時奥さんと仲が悪かったという今井監督はそんな眞生さんが不思議で仕方なかったという。
「他人に対して自分の奥さんのことを喋るっていうのはのろけているのか、初めての彼女ができて友達に彼女のこと話すみたいな感じで、高齢者ですし僕には新鮮だったんです」
介護施設に入所していた縫子さんと眞生さんの姿を見て非常に感動し、映画にしようと決心した。

今井監督がカメラを回す中で、特に印象的だったのが調査屋として企業のリサーチに携わって来た眞生さんが、奥さんの言動を細かくメモに残していたことだった。
「佐藤さんが奥さんを調査した『縫子生』っていうメモ書きをひとつの軸にすることで、映画ができたかなと思うんです」

●浮気に関する世代論
『調査屋マオさんの恋文』は、夫婦の映画であると同時にもう一つのテーマがあるという。
「佐藤さんにも伝えしましたようにこの映画は“懺悔”の映画であると。佐藤さん若い頃好き勝手やっていたでしょう。(笑)。佐藤さんが浮気を告白されるシーンで、僕ら世代としては浮気って結構罪深いものかなと思っていたんですけど、佐藤さんの時代は結構おおらかなんですかね」
「おおらかですね」


今井監督は42歳で眞生さんの息子より若いという。眞生さんは昭和14年生まれ。団塊の世代よりも少し上になる。
「監督は私に懺悔させたかったんですね。ところがしたような、しないようなで(笑)。上映の後に関西の70代の女性から“あなたは浮気を懺悔することはないわよ。堂々としていなさい”と言われたんだけど、この映画の主題歌を歌っているよしこストンペアのよしこさんには“マオさんは嫌い”って言われました。“浮気をする人は許せないって”。それぐらい違う」


飄々とした眞生さんのコメントを受けた今井監督は、子供の頃のヒット曲『三年目の浮気』を引き合いに出す。
「今歌ったらとんでもないでしょう(笑)。『調査屋マオさんの恋文』は、世代、男女、どういった生き方をして来たかで全く見える角度が違うと思うんです。何か持ち帰っていただければなと思っています」

●夫を評価する
縫子さんに質問した時の回答が印象深いという今井監督。
「何度も質問したんですが殆ど反応がなく、唯一反応した事があるのは、“旦那さんって賢くて優しくて、面倒見がいいですよね”って言った時にだけ、即座に“そんなことないよ”とおっしゃったんです」

心外だったのか、後で奥さんにその事をじっくり聴いたという眞生さん。
「“そんなことないです”というのは“優しい”について、だから優しくない。
「面倒見がいいというのと、頭がいいのは認めるって言っていました」

「それ自分で言います?(笑)」

「家内が言ったから(笑)」

先に紹介した“おおらか”は男性目線の言い分に過ぎない。夫を評して “そんなことないよ”とやんわりと言った縫子さん。今となっては映画の縫子さんを観て想像するしかないが、夫婦関係は白黒で語れるものではないかもしれない。

●認知症からの9年間
眞生さんは縫子さんに認知症の気配が出てから亡くなるまで9年介護生活を送った。
半分ほどは病院や施設に入所しており、毎日行って2時間は話をしたという。


「それまでの夫婦が向き合って、ちゃんと話をするっていうことはなかったんですよね」
縫子さんとの会話の内容をメモし続けた眞生さんは、今井監督の進言もあり、本にまとめ出版した。タイトルは『縫子生』。『智恵子抄』にあやかりたかったが、高村光太郎さんに敬意を表し『抄』の字を『生』に変えた。
「生まれるっていう字を「しょう」と読む。 “歳をとった縫子”という意味なんです。歳取った縫子は認知症なんですけど、実は病気ではないと。付き合っていると普通の人間よりも素晴らしいところがある。感性が鋭い。職員を評価する場面が出てきましたけどもあれなんか実によく見ているんですね」

「入所していた施設で、新人の職員が入ると上司に連れられて挨拶にくるんですけど、後で上司が“あの人はどういう人でした?”と妻に聞くんですよ。“あの人はおっちょこちょいだ”とかパッと言うんですよ。人事部長をしていたんですね(笑)。」

●先達の背中を見る
現在の眞生さんは、地元で畑仕事をしながら、高齢者施設などで9年間の体験を語る活動しているという。今井監督も自給自足とはいかないまでも5年越しに畑に参加しているとのこと。映画の中に出てきた『縫子生』は、映画作った後に眞生さんが書籍化。上映期間中には劇場でも販売を行っている。

人生の後半戦に向けて、大切な人とどのように向き合うか。介護の経済問題や認知症といった実情を描きながらも、底抜けにポジティブな眞生さんと芯の強さがにじむ縫子さんの姿は、先達としてこの上なく心強い。年末年始にぜひ足を運んで頂きたい1本だ。
K’s cinemaでの上映は1/8(金)まで。※1/1(金)は休映。