「夢を追うことを止めても人生は続いていく」映画『東京の恋人』京都出町座で下社敦郎監督、舞台挨拶
『東京の恋人』の下社敦郎監督が、京都出町座の公開を記念して2日に渡ってイベントを行った。初日の8/21(金)は、下社監督がリスペクトしているというミュージシャンであり映画監督、映画録音・整音技師の松野泉監督(『さよならもできない』)とトークイベントを開催。翌日の8/22(土)は、上映後に舞台挨拶を行い、出演者の窪瀬環さんがリモートでモニターを通じて参加した。
東京60 WATTSの『ふわふわ』が切なくも心地よく『東京の恋人』の世界に誘う。高校生の頃よりファンだったという下社監督。アーティスト側から快諾され、映画と音楽の祭典<MOOSIC LAB 2019>に企画が通り制作に至った。
映画では元音源が使用されているが、映画の公開に合わせて16年ぶりの新録でレコードを発売した。ジャケットは撮りおろしされた振り向いた川上さんの笑顔だ。
<MOOSIC LAB 2019>では長編部門にて最優秀女優賞(川上奈々美)、松永天馬賞を受賞した本作。
映画に携わる夢をあきらめ、就職し北関東で暮らす立夫(森岡龍)。大学時代の恋人・満里奈(川上奈々美)に写真を撮って欲しいと呼び出され、出産前の妻に東京出張と偽り、7年ぶりの逢瀬を楽しむ。
●『東京の恋人』は怒られ映画?
「結構男女で見方が違うような気がするんです」と、問題提起をする出町座支配人の田中さん。
下社監督は、
「そうですね。女性に怒られるかなって思ったんですけど(笑)」
3割の実体験に下社監督が面白いと思うピースを盛り込んでストーリーを作り上げたという。妻の反応が気になる田中さん。妻は衣装で参加したが、内容について特に反対はなかったとのこと。
「いい奥さんで良かったですね(笑)」
●窪瀬さん、3度目の涙
窪瀬さんは立夫の妹・すみこ役。出来上がった作品を観て、脚本を読んだ時には感じなかった感情が沸き上がったという。見た目は好印象な立夫だが、
「なんだこの気持ち悪い男は、とちょっと思ったんです」
それは不誠実な人に怒るような気持ちで、違和感を持つ女性が自分以外にもいるのでは、と問いかける。
そんな窪瀬さんだが、3回観て3回目に意外も泣いてしまったという。
「川上さんの満里奈と森岡さんの立夫を見ているうちに、どんどん違和感よりも没入感が強くなっていったんだと思いました」
田中さんに二人の関係はありなしかと聞かれた窪瀬さん。自身は付き合っている相手に誠実でありたいという思いから、満里奈のような行動は考えられないと語った。
●ロマンポルノを現代に再構築
田中さんの初見の感想は、
「ロマンポルノだよなって」
世の中の感覚が変わった昨今、昭和を感じる世界観は観客にどう受け止められるのか心配もしたが、
「そんなに嫌な気がしない(笑)」
「読後感は悪くない(笑)」と下社監督。
「川上さんと森岡龍の爽やかさというか。悪いことをしても品がいい感じ。育ちがいい感じで憎めない。筋が通っている感じがする」
ファムファタールと言える満里奈と翻弄される立夫の関係が、陰湿に見えないよう「軽やかに」を演出で心掛けたという。
●兄妹の跡継ぎ問題
窪瀬さん演じるすみこは、自身はレズビアンで子どもを持つ予定がないため、跡継ぎのことを考えろと立夫を叱咤する。どのような感覚で演じたかを聞かれ、
「恋人(辻凪子)が好きで一緒にいるのは、男女に関係なく誰でもが持つごく普通の感覚。
彼女にとっては実家のことを考える方が、インパクトのある問題なんだろうなと思いながら演じました」
下社監督は、跡継ぎを重視する価値観は古いかもしれないが、地元で様々な因習が残る土地で育ってきた人々と、都会で暮らしている人々の生活様式の差をコントラストとしてストーリーに盛り込んだと解説した。
●立夫の未来を映す?先輩夫婦の姿
観客から様々な質問が挙がった。
男性の観客から、映画の中で立夫と満里奈が立ち寄る中華店の「黒胡麻の担担カレーとポークビンダルーのカレー」がどこで食べられるのか?という質問が。
「あれはスタッフが、レトルトを交えて創作で作ってくれたものです」
マメ山田さんが登場するそのシーンは、映画に可笑しくもかけがえのない時間をもたらしている。
女性の観客からは、
「木村さんと西山さんのカップルは二人の対比として設定したのか」という質問が上がった。出張と偽り上京した立夫がまず訪ねたのは、映画監督の先輩・駒沢(木村知貴)。紹介されたのは妻の聖子(西山真来)。子持ちで再婚した聖子は、甲斐甲斐しく自堕落に暮らす駒沢の世話を焼いている。
下社監督は、
「久しぶりに東京に行く前振りとして、先輩と会うことでかつて映画をやっていた自分に戻りつつ、満里奈に再会する」と解説。
田中さんは苦笑しながら、
「主人公も子供が生まれたら数年後にはああいう光景になっているかも。映画をやるのか、やらないのか揺れている。3年後の自分かもしれないと僕は観ていましたね。これでいいのかって思っちゃう(笑)」
田中さんのコメント受け、質問した女性から
「お父さんになる前の気持ちっていうのが良く出ていました」という感想も。昔の彼女と共有する思い出があって、貴重な時間だったことが良く描かれていたとのことだった。
立夫が学生時代に撮った映像の中の森岡さんが若いのは、実際の昔の映像を使っているのか、という男性からの質問も。下社監督から、森岡さんが多摩美術大学出身で監督としてPFFに3度入選を果たし、近年では舞台にも出演。舞台の作・演出やドラマの短編の監督を務め監督業も再開するなど、立夫が目指した人生とも言えるプロフィールを紹介。
「その時のオフショットを使っていいよと言われて。本当に映画をやっていた男の話なのでお借りして差し込みました」
●やめることも続けることも悪いことではない
女性から、聖子の連れ子が振り向いたカットの意図について、父親としての駒沢への批判なのか、受け入れているのかという質問とともに、
「映画に携わりたかった主人公は、現実は甘くないということを表現したかったんでしょうか」との質問が。
子ども役で出演したのは、現在公開中の『れいこいるか』にも出演している いまおかしんじ監督の実子のテルコちゃん。強い視線でインパクトを残した。
そのシーンについては、生活の悲哀の意味で取り入れたが父を批判する意味はなかったという。
「やめることも続けることも悪いと思っていなくて。どうやっても生きていかなきゃいけないので、はじかれた人や挫折した人も、綺麗事みたいですけど除外したくない。夢を追うことをやめても人生は続いていくので、そこの強さを肯定したい。どういう道に進んでもいいという感じです」
『東京の恋人』は、東京、関西、名古屋の公開を終え、前橋シネマハウスでは、9/11(金)まで公開。9/12(土)~9/18(金)まで横浜/シネマ・ジャック&ベティなど、全国で順次公開中。
ぜひ立夫と満里奈、二人の姿を劇場で見届けて頂きたい。