5/4、名古屋・シネマスコーレ、大阪・第七藝術劇場にて映画『歯まん』が公開された。初日はシネマスコーレにて舞台挨拶を行った岡部哲也監督と出演の水井真希さん。
公開2日目の5/5は、二人が第七藝術劇場に駆け付けた。

謎のタイトル『歯まん』に骸骨を抱いたヒロインのポスタービジュアル。エログロ・スプラッターを期待する人もいれば、ダークファンタジーを期待する人もいるだろう。
『歯まん』は、石井裕也監督、山下敦弘監督等の現場で助監督を務めてきた岡部監督が脚本、演出を手掛けたオリジナルストーリーだ。
主人公・遥香(馬場野々香、現:前枝野乃加)は、初めてのセックスで特異体質によって彼氏を死に至らしめる。
『生と性と愛』をテーマに、モンスターになってしまった少女の悲劇を描いている。


見るからに穏やかな岡部監督が、なぜこの作品を撮るに至ったのか。
22歳の頃、専門学校の卒業制作に『歯まん』の企画を出すもあえなく多数決で没に。その後、助監督として数々の現場を手掛けてきた岡部監督。25、6歳の頃、先輩である片山慎三監督(現在『岬の兄妹』公開中)に、
「30歳までに映画撮らないとやばいぞ」と言われ、その言葉がずっと残っていたという。
そして30歳を迎え、撮影現場で知り合った撮影助手の長谷川友美さんが仲間に加わり、映画作りに取り掛かる。頭にあったのは卒業制作で没になった『歯まん』の企画。これを形にできないまま他の作品を撮ってもうまくいかないだろうと、脚本を書き直した。完成した『歯まん』は、「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2015 オフシアター・コンペ部門」にて北海道知事賞受賞。「シッチェス映画祭2015 ブリガドーン部門」での上映など、国内外問わず映画祭での上映が続く。「カナザワ映画祭2017 期待の新人監督」、「カリコレ2018」での上映を経て、今年3/2(土)からアップリンク渋谷にて公開となった。


連日のゲストとのトークで眠っていた深層心理を掘り起こされと言う岡部監督。なぜ『歯まん』の企画を思いついたのか。
「一番根本にあるのが僕が小中学生の頃、姉が『マイフレンド・フォー・エバー』っていう映画が好きで」
HIVの男の子と友人の男の子が HIV の薬を探して旅をするというストーリー。HIVで死ぬということを初めて知り、恐怖を覚えたという。
「セックスをすると死ぬことがあると言うのが、発想の元ですね」
水井さんは、
「20年くらい前だからHIV =死って結びついた。その頃じゃないと考え付かないことなんですよね」
と、HIVに関する認識の変化に言及した。

 

純愛か、肉体ありきか

最初は『歯まん』を仮タイトルと思っていたという水井さん。
「私は特殊造形の会社で働いてたことがあるので、ガチのB級スプラッターみたいな感じになるのかなと思ってたんですね。血は出るんだけど造形物は出てこないので意外に思いました。結構真面目にラブストーリーだったので」
ラストで二人が取った選択について、
「“これは純愛、感動しました”って言い方をする人に対して“どこ見てんの?”って思いました」
と、水井さん。

「精神的なものだけでは愛はなり得なくて、肉体を伴ったことによって愛が成立したという考え方なんでしょう?」
「難しいことはよくわからないんですが」
どこまでも真面目な岡部監督。肉体を伴わない愛を認めてないわけではなく、
「殺したいとか死んでもいいっていうくらい好きになる というのが究極的だなって」

この人となら一緒に地獄に落ちてもいいという相手がいるのか聞かれた岡部監督は、
「そういう相手に出会ってたら、こういう映画を撮っていないです」
そう返され、水井さんも思わず吹き出した。

「コンプレックスを抱えた人間を描きたかった」と語る岡部監督。
「主人公が男性で、怖い女性がいるっていうホラー映画的な視点ではなくて 、モンスターになってしまった主人公のコンプレックス、トラウマを描きたかったいうのがありました」
「コンプレックスのメタファーなんだよね、多分ね」

 

セリフとコーヒーとタバコの思い出

裕介の姉・緑を演じた水井さん。自動販売機を蹴る印象的なシーンで登場する。
「あのシーンは長回しで一連で撮ったので、自動販売機を何回も蹴って何本もコーヒーを開けたというNGを繰り返したシーンなんです」
感情が出ているシーンはテンションで入れるが、通常の会話の方が難しいと語る。
「ごめんね。セリフとコーヒーとタバコで頭がいっぱいだったの。私は喫煙者じゃないので火をつけるのが全然うまくいかなくて、頭がいっぱいでした(笑)」
「現場に来て第一声が、“カット割りますよね”(笑)」
と、岡部監督は当時を回想し苦笑した。

 

前枝野乃加VS宇野祥平

「前枝さんはその当時22歳で、若いのにしっかりしていると言うか、サバサバしてる感じでしたね」と水井さん。
「根が明るい子で、悲しいシーンの撮影でも待ち時間は他の共演者の方と笑っている様な感じで、こちらも気持ちが落ち込まずできて凄くやりやすかったですね」
と岡部監督。

キャストの中での絶大なインパクトを残すのが、岡部監督が山下組で仲良くなりオファーしたという宇野祥平さん。前枝さんは果敢にも「本気で来てください」と申し出たという。
前枝さん、宇野さんの演技と撮影テクニックを駆使して、かのトラウマ必須のシーンが完成。
「みんな、今日は夜ご飯はナスですかね」
水井さんの言葉に観客から笑いが起こる。
撮影が終わって、宇野さんがにこやかに「お疲れ様でした」と挨拶するが、前枝さんは怖くて宇野さんの顔が見られなかったという。
「その後しばらくトラウマでナスが食べれなかったって言ってましたね(笑)」
その恐怖のシーンについては、未見の皆様はぜひ劇場で観て震えて欲しい。

 

どう観る?『歯まん』

『歯まん』について観客の女性からは、
「本作品は B 級エログロ映画として高く評価されるべきかなと思う」という意見も挙がった。
最後に水井さんから
「ゴールデンウィークというのはもともと映画業界用語らしいんですけど、ゴールデンウィークに大阪でこうしてお会いできたことをありがたく思います。皆さんの口コミでぜひ他の皆さんに勧めていただければと思います。よろしくお願いします」

岡部監督は、
「見るときの気分や立場、何回目かということでまた感じ方も変わってくると思います。公開してたくさんの方に見て頂いて色々なこと言って頂けるのが嬉しいです。周りの方に少しずつ広めていただけたらと思います。今日はありがとうございました」

突っ込みどころも含めて、観た後に語り合いたくなる『歯まん』。自分にとっての“愛”とは何かを考える踏み絵になるかもしれない。

今後のスケジュールは、第七藝術劇場は5/12(日)まで、シネマスコーレは5/17(金)までの上映予定。
横浜シネマ・ジャック&ベティは6/29(土)~7/5(金)、広島・横川シネマは7/1(月)~7/7(日)。
その後は再始動する京都みなみ会館にて公開予定となっている。

(レポート:デューイ松田)