「もしかして皆さん、今日安藤政信さんが来ると思って来たんじゃ」と開口一番、満員の観客を笑わせる矢崎仁司監督。
「昔から大阪が大好きで、シネ・ヌーヴォも凄く好きなので、凄く幸せです。本当にありがとうございます」
11/3、大阪市西区のシネ・ヌーヴォにて、『三月のライオン』『ストロベリーショートケイクス』の矢崎監督最新作・映画スティルライフオブメモリーズが公開初日を迎えた。

新進気鋭の若手写真家、春馬(安藤政信)の写真に心を奪われた美術館のキューレター、怜(永夏子)。春馬に撮って欲しいと依頼したものとは……。
フランスの画家であり写真家のアンリ・マッケンローニが、愛人と過ごした2年間で彼女を撮り続けた写真集『とある女性の性器の写真集成百枚 ただし、二千枚より厳選したる』にインスパイアされた四方田犬彦さんの原作から制作された本作。

スキャンダラスな題材を、生と死の間で息づく性として絵画と写真の間を行き来するような映像美で描き、矢崎監督の新たな傑作の誕生となった。
一緒に登壇した花岡佐知子さんは矢崎組のスタッフとして『ストロベリーショートケイクス』から参加。『スティルライフオブメモリーズ』の制作に関わっていないが、映画祭で観て感銘を受けたことで宣伝に加わった。
「美しい映画だと思うので、それを胸に帰って頂ければなと思います」

 

来る仕事は断らないという矢崎監督のこだわり

司会のシネ・ヌーヴォ代表の景山理さんから、2018年3月の大阪アジアン映画祭でワールドプレミア上映となったバージョンと、公開バージョンの違いについて確認が入る。劇中で春馬が撮った写真について、残念ながら公開バージョンにはぼかしが入っている。
「プロデューサーの伊藤彰彦さんが映倫とミリ単位で戦ってくれたんですけど、こういう形でしかこの国ではできないんです」
映画祭上映といった完全な形でできるところもあるので、と語る。作品にとっては核とも言える部分だ。もし完全版を観る機会が訪れた方は、その幸運を逃さないで欲しい。

本作を映画化することになった経緯について矢崎監督は、
「僕は来る仕事は一切断らないと決めています。『ゴジラ』を撮らないかって来ても、きっと受けます(笑)」とその主義を明かす。
「二人の間に流れた2年間の時間、空気みたいなものを見てみたいと思ったのが一番のきっかけです」
と、ここでトレードマークのサングラスをしてないことに気付いた矢崎監督。
「緊張してサングラス忘れちゃった(笑)」照れた姿に場内も和んだ空気になる。

セクシャリティの問題や生と死がテーマの企画で、矢崎監督の資質にぴったりだったのではないか?と訊かれた矢崎監督。意外にも今までテーマを掲げて映画を撮ったことはない、出会った人達と作りたいという思いだけだと語る。
「俳優さんにしても、例えば安藤さんの今を撮りたいと思っただけで、テーマを自分の中に背骨のように入れて映画を撮ったことがないんです。観てくださったみなさんが何かを感じてもらえればそれが一番嬉しいです」

 

 

忘れられない趙万豪さんのことば

スティルライフオブメモリーズの公開にあたり、矢崎監督の特集上映として代表作である『三月のライオン』『花を摘む少女と虫を殺す少女』『ストロベリーショートケイクス』『無伴奏がラインナップされている。
景山さんが、かつて大阪市北区にあった扇町ミュージアムスクエアでの『三月のライオン』の思い出を語る。『三月のライオン』は記憶喪失の兄と兄を恋人のように慕う妹の禁断の愛を描いた作品で、1992年に公開されて以来、熱狂的なファンから支持され続けてきた。扇町ミュージアムスクエアは1985年から2003年まで演劇や映画上映で関西カルチャーの一端を担ってきた劇場だった。
「90年代、扇町ミュージアムスクエアが赤字になると、『三月のライオン』をやる。そうすると客足が戻るんですよね。そんな伝説の映画でしたね」

現在は予算規模にかかわらずコンスタントに映画制作に取り組んでいる矢崎監督。以前は撮影は一年掛かり、十年に一本といったスパンで映画を撮っていたが、『三月のライオン』主演である故・趙万豪さんに事あるごとに「せめてオリンピック監督になってくれ」と言われたことで考えが変わっていった。井筒和幸監督の『ガキ帝国』でも良く知られている趙万豪さんは大阪出身。1997年に趙万豪さんが亡くなるまで続いた交流は矢崎監督にとって大きな財産だという。
「映画って、大切に10年間温めて発表するよりは、映してナンボかなーっていう。今日シネ・ヌーヴオに来てくれたみんなの顔を忘れないようにして、次は裏切るからねって。エネルギーをもらってまた撮る。そんな風に自分の中で何か変わったんですね」

『三月のライオン』撮影当時、矢崎監督が大切にしていたものは、光が一番で二番が場所、俳優は三番くらいの存在だったと回想する。
「趙さんが亡くなる前に病院のベッドで『矢崎、人を大切にしろよ』って言われて」
遺品として趙さんのネクタイをもらった矢崎監督。『ストロベリーショートケイクス』など撮影にはそのネクタイをして臨んだ。現在、ネクタイはボロボロになってしまったが、趙さんの言葉を忘れない。
「僕の仕事は人を見ること、人を大切にすることです。光は撮影の石井勲さん、照明の大坂章夫さんにやってもらえるので、より人を大切にするようになったと思います」
以前は 一本映画を撮るともう二度と矢崎に会いたくないと言われることが多かったという。
「最近はまたやりたいって言ってくれる人が増えたので、少し変わってきたかなとは思う」と相好を崩した。

 

 

カメラマンの目線で臨んだ安藤政信さん

スティルライフオブメモリーズ制作にあたって特に留意されたのは、
「写真に関する映画なので、絵画を通過していきたいというのと、“写真”の映画であると同時に“映画”であるということでした」
撮影時は俳優たちにスタートから15秒ぐらい静止し、動き出してもらった。
「動いていたものが止まることが写真であり、映画は止まっていたものが動くということで、映画で遊んでみたいなって」
そういった矢崎監督の思いが、ショッキングな題材ながら、綺麗な映像でストンと心に落ちるような映画になっていたのではと景山さん。

主演を務めた安藤政信さんは『ストロベリーショートケイクス』以来のタッグとなった。再会し安藤さん自身が写真を撮っていることを知った矢崎監督。
「見せてもらうと本当にすごくいい写真を撮ってるんですよ。シナリオを読んでもらったら、自分が写真やっているのですごくわかるって、そういう入り方をしてましたね」
演技指導について訊かれた矢崎監督は、
「僕が演技指導できるわけがない(笑)。僕は映画監督で、皆さん勘違いなさるけど“演出”って舞台の演出家だと思うんです。僕は何かを引き出すって全くないんで。ただイン前にみんなに話すんです。僕が違うって言ったらそれは違うと思ってくれと。どうするかは僕も分からないから、もう一回やってみようの繰り返しなんですね」と矢崎スタイルについて語った。

「それ大変じゃないですか?撮影は(笑)」
旧知の仲のである景山さんから忌憚なき指摘が飛ぶ。
「俳優の方とかスタッフ、皆さんは大変って言いますけど僕は楽しいですよね(笑)。特等席に座って俳優の芝居を見てるという幸せな日々なんです」
安藤さんから矢崎スタイルについてなにか言われたことはないのか?
「安藤さんは本当に素晴らしい人で、一緒に現場をやったことのある監督さんたちはみんな安藤さんのことが好きだと思う。自分がこうしたいってことより監督が喜ぶ顔が見たくて芝居やってるみたいなことを仰ってくれる。僕の言葉に耳をすごく傾けてくれて、OK って言うと本当に嬉しそうにしてくれるので、監督にしてもらってるような感じがするんですよね」

 

 

矢崎組・花岡佐知子さん、走る!

一緒に登壇した矢崎組のスタッフである花岡佐知子さんは、
「映画の仕事をしたいと思ったきっかけは『三月のライオン』を高校生の時に観て、こんな人が日本にいるんだ!と思って。この先映画を観る方じゃなくて撮る方にになりたいと思いました」
縁あって『ストロベリーショートケイクス』のスタッフとして作品作りに加わった。
矢崎監督は「花岡さんがいなかったら『ストロベリーショートケイクス』はできなかった」と信頼を寄せる。
「初めて商業で撮ったんですけど、撮影が1ヶ月なんて信じられなかったんですよ。半年ぐらい撮影したりしているもんだと思っていたので。本当に花岡さんにおんぶにだっこみたいな状態で(笑)」

花岡さんは制作部としてロケハンを担当した。
「監督の作品を見た方にはお分かりになると思うんですけど、ロケ場所への熱き思いがあって、一筋縄では。いつも監督おっしゃるんですけど“不動産屋さんじゃダメだ”と。この映画の中で場所がどういう位置づけになるかというのを矢崎作品で教えていただいたような気がします」
自ら「具体的にこういった場所がほしいっていうことを僕が言えれば楽なんでしょうけど、“死を感じたい”とか、“ここは人の気配がないとダメ”とかそういう中途半端なこと言うわけですよ(笑)」と語る矢崎監督。
『ストロベリーショートケイクス』で池脇千鶴さん演じる里子が出入りするガード下にあるラーメン屋は、最後まで見つからず時間との戦いになった。そしてあのラーメン屋を見つけた花岡さん。普通は許可を取ってから監督に連絡するが、ここ以外考えられないとすぐに連絡し、「ここは絶対落とします」と宣言したという。そんな熱意に支えられ『ストロベリーショートケイクス』が完成した。

その後も矢崎作品に関わってきた花岡さん。矢崎作品の魅力を訊かれ、
「本当に映画に尽きると思います どの作品を観ても矢崎さんでしかない。私にはとても魅力的で好きな作品です」
そんな花岡さんに矢崎監督は、
「次は花岡さんを裏切ろうと思います(笑)」といたずらっ子のように笑った。

 

 

いろんな映画があっていいんだ

最後に一言求められた矢崎監督は、
「特に『花を摘む少女と虫を殺す少女』は梅田のシネ・ヌーヴォを潰した原因の一つになったような気もするので、できるだけここで観といてほしいなと思います。DVDにもなっていないし、映画館の暗闇でしか見れない作品なので。ごめんなさいね。こんなたくさんの人で嬉しくて舞い上がってます(笑)」
無伴奏の主演・池松壮亮さんはじめ、たくさんの方々から素晴らしいコメントを頂いているという。

「やっぱり舞い上がっている矢崎監督に、もう一回冷静に皆さんに最後の締めのご挨拶を(笑)」と景山さんが促す。
「いろんな映画があっていいんです。今日本で公開されているほとんどの映画はひとつの塊なんですけど、テーブルに並んだ
食事のひとつしか食ってないようなものなんですよ。映画ってもっと美味しい、すごいご馳走があるので、まずは感じることから始めてもらいたいなと思います」


シネ・ヌーヴォの売店ではスティルライフオブメモリーズの劇中写真を担当した中村早さんのミニ写真展を開催中で、そのフォトブック、『無伴奏』のフォトブックも販売されている。
シネ・ヌーヴォ『スティルライフオブメモリーズ』上映は11/3-12/7まで。特集上映は11/3-16まで。
神戸・元町映画館11/17-11/30、京都・出町座は11/17より上映。
11/17はシネ・ヌーヴォ元町映画館出町座ともにトークショー開催予定。安藤さんの奔放な恋人・夏生を演じた松田リマさんが矢崎監督と共に登壇予定となっている。

 

(レポート:デューイ松田)