野望は金曜ロードショーに何回もかかる映画!映画『ウィッチ・フウィッチ』酒井麻衣監督、辻凪子さん、第七藝術劇場にてトークショー!
※向かって右から酒井麻衣監督、辻凪子さん、西尾孔志監督
酒井麻衣監督『ウィッチ・フウィッチ』が関西公開中だ。5/12(土)の京都/出町座の公開を経て、5/25(金)はイオンシネマ京都桂川、5/26(土)は神戸/元町映画館と大阪/第七藝術劇場にて上映がスタートした。元町映画館のトークショーを終えた酒井麻衣監督、出演の辻凪子さんが、第七藝術劇場に登壇した。
『ウィッチ・フウィッチ』は、ニュースサイトのVICE MEDIA JAPANが手掛ける「作家の脳みそとカメラが直結する【ケータイで撮る】映画プロジェクト」の第2弾。第1弾『ヘドローバ』の小林勇貴監督(『全員死刑』『孤高の遠吠』)の推薦でプロデューサーを務める西村喜廣監督(『蠱毒ミートボールマシン』監督、『シン・ゴジラ』特殊造型)から連絡を受けた酒井監督。提出した企画が見事に通り『ウィッチ・フウィッチ』が制作された。
酒井麻衣監督は、商業デビュー1作目にして約1年間ものロングランヒットとなった『はらはらなのか。』、音楽×映画の祭典・MOOSIC LAB 2015でグランプリを始め6冠達成の『いいにおいのする映画』といった作品を手掛けた注目の新進監督。
出演の辻凪子さんは、NHK の朝ドラ『わろてんか』に出演したり、阪元裕吾監督と共同監督の『ぱん。』がMOOSIC LAB 2017短編部門グランプリ、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2018で【インターナショナル・ショートフィルム・コンペティション部門】グランプリ受賞と活躍中だ。
『ウィッチ・フウィッチ』のヒロインは魔女の家系に生まれた大学生イチゴ(小川紗良)。彼氏である浮気性の狼男・ジン(萩原利久)との関係に悩むイチゴに「愛している人とキスすると魔法を失う」という魔女の掟が重くのしかかる。果たして2人の恋の行方は!?というラブコメディ。
魔法やファンタジーと聞くと甘ったるいものを連想しがちだが、「現実に起こっていることを比喩表現で描くことが好き」という酒井監督ならではの、カラフルな画面にシニカルな心理描写。独特のダークファンタジーな世界観が炸裂する快作だ。
酒井麻衣がiPhoneで映画を撮る
司会を務める西尾孔志監督(『ソウル・フラワー・トレイン』『函館珈琲』)から、iPhoneで撮るにあたり今までと違う考え方をしたのか?という質問が。
当初は画面を二分割にして男女それぞれを撮影、二人で一緒にいる時は一つの画面にすることを考えたという酒井監督。時間的に難しいのと、既にハジ→さんの『ラブレター。feat.井上苑子』のミュージックビデオで本作の主演である小川紗良さんと萩原利久さんを起用しこのアイディアを実現していたため、別のアプローチを考えたという。
「小林勇貴監督が iPhoneをぶん回してよりリアルに撮るやり方だったので、私は違うアプローチをしようと思って。iPhoneだけどこういう映像が撮れるという方向に変えたんですね。ほとんどカラコレしてないんですよ」
カラコレとは、撮影環境などによって撮影データに色味のバラツキがあったり、意図した色味でなかった場合に行う画面の色調整のこと。カラコレを行ったのは、朝の通学シーンでヒロインのいちごが「遅刻遅刻!」と走るシーンのみ。夕方の撮影だったのを朝に見えるよう調整した。
「後は事前にiPhone の中でFiLMiC Proを使って色調を設定したそのまんまです」
FiLMiC Proは、昨年日本でも公開され話題となったスマートフォンで撮影したショーン・ベイカー監督の『タンジェリン』で使用されたことでも知られているアプリだ。
「iPhoneで撮ったと言わなかったらみんな気付かないですよね」と、西尾監督もそのクオリティに驚いていた。
坂元監督の『スロータージャップ』でiPhoneでの撮影は体験済みだという辻さん。
普通のカメラ撮影のと違いについては、
「iPhoneで撮ってもらった方がカメラ気にせず自然に演技できます。役者にとってありがたい。やりやすいですね」
負け戦を勝ち抜くために
西尾監督から、『ウィッチ・フウィッチ』が酒井監督の出身校である京都造形大学で撮られていることについて、撮影スケジュールや予算をクリアするための選択だったのかという質問が。
酒井監督は、10月に企画を立ち上げ、12月に撮影、2月に提出という過酷な状況だったと振り返る。
「東京で普通にやろうとしたら負け戦なので、大学内で学生達と一緒に撮影するんだったら勝算はあるのかなって」
そう考えたのは、酒井監督が在学当時、京都造形大学でプロの監督と学生たちが一緒になって映画を作る【北白川派プロジェクト】に参加したからだった。林海象監督のプロジェクトで助監督を務めたという酒井監督。プロと学生が一緒に映画を作り上げる現場に衝撃を受けた。
「技術全てを身に付けてからでないと映画って撮れないと思っていたけど、やり方次第で出来るんだってこと教わりました」
最近、環境や予算の問題で映画が撮れないという悩める後輩から相談を受けることが多いという酒井監督。
「一緒に作って、iPhone でも撮れるよ。しかも学校の中でこういう切り取り方で こう見えるよって、背中を見せたかったんです」
巻き込むひと、酒井麻衣
『ウィッチ・フウィッチ』関東公開時に観客から多かった感想が、小川紗良さん演じるヒロイン・イチゴが酒井さんに見えたというものだったという。
西尾監督も、「酒井さんの普段の会話や恋愛観が小川紗良さんに入ってる感じがあって、これってダダ漏れだなと。それが良かった(笑)」
西尾監督は、酒井監督在学時に京都造形芸術大学で講師を務めており、直接教えた訳ではないが“酒井麻衣”の存在を知っていたという。
「いろんな人を巻き込む人で有名だったんですよ。学生作品にして、永瀬正敏さんにオファーして作品に出て頂いたり」
その姿勢は物語にも現れている。
「今の若い人はナイーブな人が多いので、そういう人たちの物語が多いですけど、酒井さんの作品は、とにかく人にどんどん関わって、お互いぶつかり合ってどんどんドラマティックに展開していく。それが酒井さんの作品の魅力かなと」
自分のことはあまり客観視したことがないという酒井監督。
「そう言われるとなんか占いに来たみたいな気持ちですね(笑)」
“人の力を借りる才能”がある、という褒め言葉に、大学では発表会の度に批判され、大泣きした黒歴史があると明かす酒井監督。それでも前進する姿がヒロイン・イチゴに透けて見えるようだ。
演出とキャストを語る
自身では悩んだりウジウジする姿をスタッフに晒していると語る酒井監督だが、辻さんから見た酒井監督は”魔女”だという。
「やりたいことを貫いている先輩で、悩んでるところを見たことがないですね」
役柄としてお笑い部門を任された辻さん。現場では酒井監督のスタートの合図が辻さんだけ違っていた。
「凪子ちゃんが一番緊張しないで来るかなと思ってたら一番緊張していて。普通の”よーいスタート”より、凪子ちゃんの耳元で”ショートコント、イチゴの部屋、はい!”の方が出来ると思ったんです。その瞬間に弾けて凪子ワールドになりましたね」
酒井監督から見た女優・辻凪子さんについて、
「スイッチが入ったらその空間を任せられる女優さん」
『いいにおいのする映画』、『はらはらなのか。』と本作にも出演、酒井監督が絶大な信頼を寄せるVampilliaのミッチーさん(Micci the Mistake)の存在に近いと語る。
「ミッチーさんにスイッチが入ったら、私が演出するよりも自由に動いた方が面白くなるだろうなって。凪子ちゃんも妄想スイッチが入ったらアドリブが絶対面白い。そういう女優さんって滅多にいないので貴重な方だと思います」
西尾監督からは「緊張している時はモッチャリ感があるけど、反射神経がいい。周りをよく見ている」と、辻さんの印象が語られた。
ヒロイン・イチゴを演じた小川紗良さんは、オーディションに臨んだ614人から選んだ。これまでの小川さんの出演作は、“小川紗良”ありきの作品だったり、“小川紗良”に合う役が多かったという。
酒井監督から見た実際の小川さんはしっかりした女の子のイメージ。意外に一番イチゴに近いものを感じた。小川さんの何かを引き出すより、どうやってイチゴになるかを二人で突き詰めていったという。
西尾監督は、『ウィッチ・フウィッチ』の小川さんについて、新垣結衣が『リーガルハイ』で新境地を見せたような、更なる可能性を感じたと語った。
女たちの野望とは!?
西尾監督は『ウィッチ・フウィッチ』を「不安感がない作品」と評する。
「予算や撮影日数のことを感じさせないリッチな作品だなと思って。とにかくお客さんを楽しませるアイディアが一杯で、酒井さんが驀進中なのがわかる」
「美術の崇村裕司先生、衣装の辻野孝明さん、カメラマンの伊集守忠さんのおかげで成り立っています」
今まで一緒に作品作りに携わって来た方々だけに時間がない中でも、酒井監督の感覚を理解し的確な提案をしてもらえたという。
酒井監督と辻さんに共通する映画の知識をひけらかさないスタンスについて言及された酒井監督は、
「まず単純に映画の知識がないんですね。大学は出てるんですけど、ディズニーやジブリで育っていて偏ってるんです」
様々な勉強や努力はしているが、たくさん映画を観て来た方よりは知識はないと自分を客観視する。
「でも、だから映画が撮れないとはならなくて、例えばジョルジュ・メリエスさんのような伝説を残した映画監督達って、それより前に映画はない訳ですよね。それでも名作を作り出したのは感性や想像力が優れていたと思うので、現場では経験や年齢は関係ないと思ってやっています」
今後の作品については、ドキュメンタリーと ドラマが進行中で、もちろん映画の企画も進めていている。
「野望は金曜ロードショーに何回もかかる映画です!大人も子供も楽しめるエンターテイメントを作りたくて、ずっと映画を撮ってるんです」と野望を語った。
7/4(水)・5(木)は吉本新喜劇『夏の魔球’18』への出演を予定している辻さん。監督としては「ぱん。」のメイキング映画を撮りたいという。観客に、ただだだ笑ってもらえる映画を今後も作り続けたい。新作『クレイジー・アイランド』は島を逃げ出した女の子を老人たちが追撃するドタバタコメディで、秋に公開予定だ。
「今日はこんなに夜遅くにありがとうございました。私も麻衣さんと一緒でエンターテイメント映画を作りたいと思っているので、これからも皆さんに観てもらえる作品を作れたらなと思います!」
最後に酒井監督が『ウィッチ・フウィッチ』のテーマについて語った。
「好きだったら素直に言った方が強いよという思いが込められています。恥ずかしくて言えないとか、恋愛のテクニックに走ってしまうとかあると思うんですけど、”好き”って凄く強いエネルギーなので、素直に行動に移すことほど強いものはないだろうなって強く感じていて。皆さんも好きな方がいらっしゃるんだったら、素直に伝えてみてはいかがですか?そんなきらめきを本当に出来たら嬉しいなという感じです。今日は本当にありがとうございました!」
作品のテーマが、そのまま酒井監督の映画に対するスタンスと重なって聞こえた。
現実を越えるためのファンタジー。パワフルな女たちのメッセージをぜひ楽しんで欲しい。
関西圏ではイオンシネマ京都桂川の上映が6/7(木)まで、元町映画館、第七藝術劇場は6/1(金)まで。
6/1(金)〜6/15(金)は広島/横川シネマ、6/30(土)〜7/13(金)は栃木/宇都宮ヒカリ座。
時期未定で神奈川/シネマジャック&ベティ、新潟/シネ・ウインドも公開予定となっている。
(レポート・デューイ松田)