薄れつつある釜ヶ崎のにおいを撮ろうと16ミリで奮闘!大阪発・人情喜劇映画『月夜釜合戦』佐藤零郎監督トークショー&ミニインタビュー
2017年12月23日、20時30分の上映まであと10分。住宅街の角を曲がって驚いた。シネ・ヌーヴォの前に人が溢れかえっている。『月夜釜合戦』は、16ミリフィルムで制作された大阪生まれの人情喜劇だ。飛田遊郭をしきる釜足組、大事な盃代わりの紋入り釜が盗まれた。血眼のチンピラたちが釜を買い漁り、釜ヶ崎では釜の値段が大沸騰!炊き出しの大釜を守る活動家、ヤクザ、泥棒、私娼が入り乱れての大騒ぎ。果たして釜の、いや釜ヶ崎の行方は?
上映前に出演者総出で登壇。デカルコ・マリィさんが観客の前で舞踏を披露する中、佐藤零郎監督が挨拶を行なった。上映システムがデジタルのみになっている劇場がほとんどの中、シネ・ヌーヴォには16ミリフィルムの映写機があり、上映できる運びとなったという。
「ホームページで上映の趣旨として載せたんですけど、万が一上映が止まったり、フィルムが焼けたりしたら、ギャグを50個やりますのでちゃんと見てくださいね(笑)。無事上映できることを祈ってください」
引き続き、太田直里さん、西山真来さん、北野勇作さん、大宮義治さん、門戸紡さん、下田義弘さん、赤田周平さん、松元水希さん、軽部日登美さん、北田千代美さん、己斐みどりさん、高山比登美さん、出演の皆さんが一言ずつ上映の喜びを語った。
印象に残った軽部日登美さんの言葉を紹介したい。
「登場人物はもちろんなんですけど、オープンセットを作ったみたいに昭和のとってもいい雰囲気の建物や町の様子が写っています。皆さんもご存知のように、この町も新しい資本が入って変わろうとしているので、そういう意味でも貴重ないい映画になると思います。ありがとうございます」
シネ・ヌーヴォ1Fの劇場は補助イスも出たが観客が入りきらず、シネ・ヌーヴォXの客席後方には、一般の観客はなかなか見る機会のない16ミリの映写機が急遽、どん、とセッティングされた。
佐藤監督と主演の太田さんが挨拶に立つ。
「ここだけの話、階下だと映写機の音が聞こえないんですけど、こちらだと側で映写しますから、映写機の音が聞こえる。これはラッキーですよ(笑)。下で観るよりこっちで観るのがいいんですよ!」
と観客を沸かせ、カタカタカタと上映が始まった。
●町の“におい”を映画に残すために
その後も連日満員となったシネ・ヌーヴォの『月夜釜合戦』。12月28日(木)のトークショーゲストは落語家の林家竹丸さんだ。
佐藤監督は、政治的メッセージだけを前面に押し出した映画もあるが、『月夜釜合戦』はそうではないという。チャップリンの映画を引き合いに出して、
「映画が政治的であること自体が面白い、となることを目指して映画を撮りました」
笑って楽しむ観客の様子に手ごたえを感じていると言う。
「今なぜあえて16ミリフィルムで撮られたのでしょうか」
竹丸さんがまあるい口跡で質問を投げかける。
佐藤監督が釜ヶ崎に来たのが2005年。当時から開発の名目で路上で生活している人が排除されていたという。強烈な町の印象を回想し、
「ほんまに牛みたいにでっかい野良犬がおって(笑)。平気で歩き回っている。その時に一番強烈だったのがにおいだったんですね。町のにおい、小便のにおい、埃っぽさ、汗のにおいであったり。今ではにおい自体がどんどんなくなりつつあります。
においというのは、ドヤ住まいの日雇い労働者や野宿者の生活が路上に溢れ出ているんですけど、それをきれいにすることによって、町自体が日雇い労働者や路上で生活せざるを得ない人の空間をどんどん奪っていくように思って。においを記録するにはどうしようかと、16ミリのフィルムの質感、ちょっとざらついた粒子の粗い質感だと“におい”っていうものが撮れるんじゃないか、いや、撮れるはずだ!と(笑)」
誤算は16ミリでの撮影の手間とどれだけの費用がかかるのか全く知らなかったことだった。プロデューサーが大変な苦労をしたそうだ。
「それでもやっぱり16ミリで撮って良かったと思ったし、16 ミリで上映することによってこの映画の力を発揮出来たと思います。シネ・ヌーヴォで16ミリで上映できて本当に最高でした」
●ベースになった落語『釜泥』について
竹丸さんから、『月夜釜合戦』のベースとして落語の『釜泥』を選んだことについて、
「落語の知名度としてはかなり低い方だろうと思うんです。梶井洋志プロデューサーと話した時に、その理由は何でしょうかという話をしました。私の想像なんですけど、現代人の生活からして釜を盗むとか盗まれるとかいうのはピンと来なくなっているんじゃないでしょうか」
それで必然的に演目にされることが少なくなってきたのでは?と推測する。
「ところが作品を拝見したら、釜を巡る騒動に自然に引き込まれていく説得力を感じたんですけども、それには要因があるんでしょうか」
佐藤監督は、『月夜釜合戦』のシナリオを知り合いの伝手である落語家に見てもらったとところ、現代では成立しづらいという感想を聞かされていた。しかしこれしかないと決心していた佐藤組。シナリオのロケハンを進める中で、予想を超えた現実と笑いに遭遇する。
天下茶屋の商店街の入り口にある寿司屋の前に「ドロボー!釜返せ」と店主が怒っているイラスト付の張り紙が張ってあった。あいりん労働センターの前を歩いていたら、セカンドバッグの代わりに炊飯ジャーを持って「これがええんや」と闊歩しているおっちゃんがいた。
「釜ヶ崎という場所自体が野宿の人が多くてアルミ缶とか鉄くず、銅線を拾ったりしてる人が多いんですね。釜は鉄やアルミで出来ているので、盗まれることもあるんじゃないかと。あとアルミ缶を売りに行く寄せ屋もあるので、この『釜泥』という落語が成立する町はもうここしかないんじゃないかと逆に思いまして」
決定的だったのは、釜集めの時だったという。
クランクイン間近に大量の釜を集めることになった佐藤組。羽釜と呼ばれる羽がついた釜をイメージし、スタッフが釜集めに奔走するがなかなか見つからなかったという。
そんな中、梶井プロデューサーが岡山に行った際、古道具屋で釜を見かけ、買って帰った。また岡山に行く用事があり、その店に行ってみると、また釜が置いてあったので買って来た。
「次にまた岡山に用事があってその店に行ってみたら、今度はね、大量に釜が置いてあるんですよ。しかも1000円の釜が2000円(笑)。まるで『釜泥』の世界で、これはイケるやろと自信を持ちました」
釜の高騰というエピソードはある程度真実を描いていたという裏話に驚く竹丸さん。その後も、落語『居残り佐平次』をモチーフにした『幕末太陽傳』(’57)の佐平次と仁吉(川瀬陽太)の共通点など話題は尽きない。
●佐藤監督は釜ヶ崎をきちんと見ている
トークショーのやり取りにやたらと客席から合いの手が入ると思ったら、声を掛けていたのは『月夜釜合戦』の中で三角公園で大釜を守る老人を演じた井上登さん。佐藤監督の紹介で観客に拍手で迎えられた。
井上さんが演じた老人は、元々別の人が演じる予定だった。
「その人が捕まって困っていら、たまたまに呑んだくれた井上さんと道端でばったり会いまして(笑)。映画出てくれへん?って」
長台詞を覚えて撮影に臨んだと言う井上さん。
「大分カットされとったもんな」と観客の笑いを誘った。21歳から釜ヶ崎で日雇い労働を始め、45年生きてきた。そういう自分たちの姿をしっかり見てくれてるのが嬉しかったと語る。
「そういう人もみんな(役者として)使ってはるからね。話を聞いても鋭いもんね。“カマ”は差別とか偏見があるけど、彼はしっかり見てやってるからね。今日映画に来てよかったですよ。皆さんありがとう。『月夜釜合戦』でやろうじゃないか!コンニャロメ!」
井上さんお得意の掛け声も決まって大きな観客の拍手を受けた。
●現実に対峙するフィクションに可能性を感じた
トークショー後、佐藤零郎監督にお話を伺った。
――前作はドキュメンタリーを撮られたんですけども、なぜ今回は劇映画として表現されようと思ったんでしょうか。
佐藤:僕がドキュメンタリーで撮った『長居青春酔夢歌』(’09)は、長居公園で野宿している人たちのテント村が強制立ち退きさせられるその当日に、今までならスクラムを組んでテントを守ってたんですけども、テント村に住んでいる人たちとそこに集まった人達は、舞台を立てて芝居をするんですね。それに立ち会った時に、現実の破壊的な行為に対峙するために芝居をするというフィクションの行為自体にすごい可能性を感じまして。
全国を旅する人が出てきたり、お母さんと生き別れた人、木に喋りかける孤独な人、アスファルトを引き剥がして土を耕してる人がおったり。どれも断片なんですけど、どの登場人物たちも強制立ち退きに対する抗議を暗に語ってるような、そういう芝居やったんですよね。それで次撮る時はフィクション、劇を釜ヶ崎で撮りたいと思って撮ることにしました。
――それでこの『月夜釜合戦』に至ったんですね。メイ(太田直里)というキャラクターが、作品の立ち位置を体現していると思うんですが、彼女にはどういった思いを託して作られたんでしょうか?
佐藤:釜ヶ崎っていう場所は日雇い労働者の人たちがたくさんて、日雇い労働者って“立ちんぼ”って言われるんですね。ずっと立って仕事の声が掛かるのを待っているという“立ちんぼ”なんですけども、女性のメイも私娼として街路に立って客が来るのを待っています。相方のアケミ(西山茉希)は飛田で働いている女性です。メイは飛田から抜けて自分一人で客を待っている私娼なんです。飛田っていうのは客がつく可能性が高いんですけど、年を重ねるごとに売れなくなって自分で価格を設定出来なかったりして私娼よりは縛られている存在としてあると思うです。それに対してメイは自分で価格も設定できる自由度がある。自由度はあるんですけども、しんどいですよね。自立して何かをすることの辛さ、しんどさみたいなものをメイに託したと言うか。世の中がどんどんひとつの方向に囲われている中で、その枠の外に出て何かをすることの大変さと一つの可能性を併せ持った存在としてこのキャラクターを描きました。
シネ・ヌーヴォでの1週間公開を大入り満員で駆け抜けた『月夜釜合戦』。年明けは神戸元町映画館にて1月6日(土)~12日(金)、京都みなみ会館2月3日(土)~9日(金)、神戸映画資料館は3月の公開予定。各劇場でどんな出会いと興奮をもたらすのか、それは足を運んでのお楽しみ!
単純にドタバタ喜劇として楽しむのもよし、物語の背景にあるメッセージと深く交わるのもよし。パンフレットの代わりに批評新聞「CALDRONS」(200円)が販売されるため、ぜひご一読を。
(レポート︰デューイ松田)