2017年ベルリン映画祭銀熊賞(監督賞)受賞のフィンランドの名匠アキ・カウリスマキ監督待望の最新作で前作『ル・アーブルの靴みがき』に続く〈難民3部作〉の2作目となる映画『希望のかなた』が10月2日(土)国連UNHCR難民映画祭にて日本でプレミア上映されました。世界で火急の課題となった難民問題に危機感を抱いたカウリスマキ監督が製作から発表まで異例のスピードで行ったという本作。監督直々のご指名で初来日を果たした主演のシリア人俳優シェルワン・ハジと難民を題材としたルポルタージュなどで難民問題を積極的に発信している芥川賞作家の小野正嗣が上映後のトークイベントに登壇し、難民問題とどう向き合っていったらよいのか、観客の皆さまと共に考えました。また映画の特製バッジ付き特別鑑賞券の購入で代金の一部が国連UNHCR協会に寄付される『希望のかなた』“みんなで救おうキャンペーン”の実施についても発表されました。

■日時:10月2日(土)  ■場所:渋谷・ユーロライブ
■登壇:シェルワン・ハジ(映画『希望のかなた』主演)、小野正嗣(作家)
■主催:UNHCR駐日事務所/国連UNHCR協会 協力:ユーロスペース

フィンランドから初来日したシリア出身の俳優シェルワン・ハジは難民映画祭で自身の主演映画をいち早く鑑賞した日本の観客の前に登場すると、「日本語を勉強してきました」とメモを取り出し「イラッシャイマセ」と挨拶。会場は笑いと拍手につつまれました。続いても「どうしても言いたい」と「イチ、ニ、サン、シ、ゴ、ロク、シチ、ハジ」と自身のラストネームにかけて数字を読み上げるなど、ハジのチャーミングな人柄に和やかな雰囲気でイベントがスタートしました。

続いて難民問題に深い関心があると同時にカウリスマキ監督の大ファンだという作家の小野正嗣氏は「イラッシャイマセの後だと何も言うことがない」とぼやきつつも、「この場を共有できて大変光栄です。」と挨拶。事前に鑑賞した本作について「難民という重い主題を扱っているけれども、笑いがあって、心に隙間、余裕をつくってくれる映画。心の隙間っていうことでいえば、この映画は自分が苦しい状況にあっても人のための場所を心に持っている人たちの物語だと思いました。」と感想を述べました。

本作で映画初挑戦となったハジは、フィンランド人の妻に従うかたちで、2010年にシリアからフィンランドに移住。俳優業からも7年ほど遠ざかっており、はじめはアキ・カウリスマキ監督の作品だと全く知らずに参加を決めたといいます。カウリスマキ監督については「監督として尊敬しているのはもちろん、一人の人間として豊かな経験をもっていて、人生の中で出会った最も素晴らしい人物の一人」と称賛しました。『希望のかなた』へ参加したことについて、実際に日々苦しんでいる人たちがいる中“難民”の役を演じることに思い責任とプレッシャーを感じつつも「この社会をより良くしようとしている人に出会うこと自体が、私の人生で非常に意義があることなんです。」と述べました。言語の違うフィンランドへの移住の決断に全く後悔がなかったというハジは「自分が信じた人のためであり、自分を試す大きな経験になると思った」と語りました。


10/2 難民映画祭『希望のかなた』先行上映トークイベント 全文起こし(シェルワン・ハジ×小野正嗣)

MC:本日映画『希望のかなた』を最後までご鑑賞いただきましてありがとうございました。それではさっそくステージにゲストをお呼びしたいと思います。主演のシェルワン・ハジさま、小野正嗣さまです。みなさまどうぞ大きな拍手でお迎えください。

MC:それでは簡単におふたりのプロフィールをご紹介させていただきます。シェルワン・ハジさんは俳優として活躍されていて、この『希望のかなた』では主役を演じられ、ダブリン国際映画賞最優秀男優賞を受賞されています。ご出身はシリアです。2010年にフィンランドへ移られました。そして、今回は初来日です。今映画を観終えたばかりの皆様に一言ご挨拶をお願いします。

ハジ:ありがとうございます。日本語を少し学んできましたので読ませてください。「イラッシャイマセ」

(会場爆笑)

ハジ:日本語はとても難しいのですが、数字も習いました。「イチ、ニ、サン、シ、ゴ、ロク、シチ、ハジ」

小野:ハジ!

(会場爆笑)

ハジ:私のラストネームです。どうしてもハチまで言いたくて言わせていただきました。今晩必ず、鏡の前で日本語を勉強します。(日本語で)アリガトウ。

MC:プロフィールの中で、シリア生まれで2010年にフィンランドに移られたということは、シリアで紛争が起きる前に移られたということになると思うのですが、なぜフィンランドに移られたのでしょうか?

ハジ:「愛の難民」だったんです。フィンランドに移ったのは女性(妻)のためでした。男性は物事を決めません。女性が決めたとおりに動くだけです。そんな理由でフィンランドに引っ越しました。

MC:続いて作家で立教大学教授の小野正嗣さんのご紹介です。著書には第15回三島由紀夫賞の『にぎやかな湾に背負われた船』第152回芥川賞の『九年前の祈り』があります。そして難民を題材にしたルポルタージュを書かれるなど難民問題を積極的に発信されています。今日は会場に来ていただき本当にありがとうございます。ぜひ皆様にご挨拶をお願いします。

小野:みなさん、こんばんは。イラッシャイマセの後だと何も言うことがないので…。ここにいらっしゃる皆さんは難民問題に深い関心がおありになると同時に、カウリスマキ監督の作品を愛してる方がたくさんいらっしゃると思いますので、今日はこの場を共有できて大変光栄です。

MC:今日皆様にご覧いただいた映画『希望のかなた』ですが、ユーロスペースさんのご提供で本日日本初公開です。フィンランドの巨匠、アキ・カウリスマキ監督の「難民3部作」の2作目となります。1作目が『ル・アーブルの靴みがき』で第7回難民映画祭でも上映がされています。そして本日ご覧になっていただいた作品は2017年第67回ベルリン国際映画祭最優秀監督賞を受賞しました。まずは小野さんから映画をご覧になっていただいた感想をいただければと思います。

小野:まずはやはりカウリスマキ監督の作品ですから非常に美しい画面構成、その中にも皆さん爆笑されたシーンがあると思うのですが、笑いがあって、心に隙間、余裕をつくってくれる。主題は重いけれどもそういう映画だと思うんです。心の隙間っていうことでいえば、この映画は人のための場所を心に持っている人たちの物語、じゃないかなと思いました。(もう一人の)主人公のヴィクストロムという人もレストランを買うわけですけれど、そこにいるとんでもない従業員たちを解雇するわけでもなくそのまま雇い続ける。そしてもちろんカーリドも受け入れますし、従業員の人たちも決して生活も楽ではないにもかかわらずカーリドのために場所をつくるし、なおかつ捨て犬まで一緒に生活を送る。とても象徴的だなと思ったのはカーリドが極右の人たちに襲われたときに助けたのが、障害をもっているホームレスの方たち。まさにホーム、レスという家のない人たちが、よそからやってきた難民の方たちのために場所をつくってあげる。ホーム、つまり“故郷”とか“家”っていうのがどういうことなんだろうというのも考えさせてくれる。それから何よりも主人公であるカーリド自身が、自分のためじゃなくすべて生き別れとなった妹のために行動している。自分が苦しい状況にあっても人のために場所をつくっている人たち。それが重くならずに自然に笑いとともに考えさせてくれるっていうのが、おそらくカウリスマキのテーマだなと感じました。

MC:そうですね、笑いはより一層思考を柔らかくしますので、多くの人に分かりやすい作品になっていると思います。ハジさん、この映画に参加した感想、カウリスマキ監督とのお仕事はいかがだったでしょうか?

ハジ:ほかのすべての俳優と同じように、夢がかなったような気持ちでした。カウリスマキ監督のことはフィンランドに移る前から知っていましたし、素晴らしい監督だと思っていました。私は、7年ほど俳優業から遠のいていたので非常にびっくりしました。その話がプロダクションからあったときに一体どういった作品なのか、全くわからない状況で、だれが監督なのかも知りませんでした。数か月後にアキ・カウリスマキ監督の作品だということがわかり、驚きながらもとても素晴らしい気持ちになりました。と同時に、幸せな気持ちと恐怖が混ざったような気持ちにもなりました。それにはいくつか理由があって、まずは大役ですし、素晴らしい監督との仕事ですから、緊張と感動が入り混じった気持ちになったということがあります。別の理由は、非常にデリケートな問題を扱った作品であるからです。難民になるということはとても抽象的にとらえられがちですが、実際に日々苦しんでいる人たちがいます。この役を演じるということは、その人たちと政治や国際社会との間をとりもつ重い責任のあることに挑戦するということだと思うと、嬉しさと同時に恐怖が沸き上がってきたんです。アキ・カウリスマキ監督は私が人生の中で会った中で最も素晴らしい人物の一人です。彼の考えは非常に明晰で、誇り高い人でもあります。当然プロとしても尊敬していますが、一人の人間として豊かな経験をもった監督と一緒に仕事ができることを非常にうれしく思いました。現代社会では人と交わることに怯えることもありますが、この社会をより良くしようとしている人に出会うこと自体が、私の人生で非常に意義があることなんです。

MC:小野さんからハジさんに何か質問はございますか?

小野:さきほどフィンランドに移られてから7年くらい俳優業から遠ざかっていたと伺いました。もともとシリアで俳優の勉強をされて、それから愛の難民になってフィンランドに移ったわけですが、俳優としてやっていけるのかどうか大きな不安があったのではないかと思いますがいかがでしょうか?

ハジ:私は勇敢なので大丈夫でした。故郷の家でただじっと座っている方が、よっぽど不安になったでしょう。俳優の勉強を4年間したあとでTVや舞台で仕事をしていました。映画に挑戦したのは今回がはじめてです。何か良さそうだと思えることが舞いこんできた時に、私はそれを拒んだりはしません。ただ挑戦するだけです。フィンランドに移住したことは後悔していません。もちろんそれは大きな決断でしたし、簡単なことではありませんでした。でも何がどうなるか、完全に理解していたんです。友達からいろいろと言われたりもしましたが、人間として大きな経験になる、と思いました。そしてやってみたいと思えることでした。自分が信じた人のためにフィンランドに行くことは、自分を試す大きな経験になると思ったんです。新しい言語を勉強する、新しい仕事に就く、映画のつくりかたを勉強する、そういったことにトライしたことが今回の大役につながりましたし、きっとこれからもいろんなことに挑戦して、変化を求めていくと思います。そういうことに恐れを感じることはありません。

小野:今お話を伺っていてハジさんは変化を恐れない、いろいろな新しい局面にむかって前向きに進んでいく。それはこの作品で演じたカーリドと少し重なる。カーリドもわりと苦しい状況になっても前向きに生きていくとうところがあります。カーリド自身、難民申請をするけれども難民として認められずに、国に強制送還されるというような決定をくだされ、ある種不法難民のような立場になってしまう。だけど、妹にも難民申請を勧めようとする。妹もカーリドと同じ道行でシリアから逃れてきているので、難民申請しても却下される可能性が大きいのではないかと思う。このあたりについてハジさんはどう解釈されますか?

ハジ:映画の中では彼女自身が決断を下しています。先ほども言ったように、女性が決めて、男性はそれに従うだけなんです。カウリスマキ監督は中東のステレオタイプなイメージを変えたい、壊したいと思ったのではないでしょうか。みんな中東というと、忍者のような恰好をした女性がいるとか、何でもかんでも男性が決めてしまうとか思われがちですが、この映画ではそうではありません。彼女の問題は彼女が決めることであって、だから彼女が決めたことであればカーリドとしてはそれを尊重するしかないんです。たとえ懸念があるとしても、彼女の意思を尊重したいと思っているのでしょう。カウリスマキ監督でなければわかりませんが、そんな意図があるのではないかと思います。

小野:おっしゃるとおりで、映画の中で非常に印象的だったのは彼女がいう「死ぬのは簡単だ。私は生きたい」というセリフ。素晴らしいセリフで普遍的な人間性に訴えかけられるものだと思いました。

小野:ところでカウリスマキの映画なので無表情で演じなければならないのが大変だったと思います。お寿司屋のシーンで死ぬほど僕は笑ってしまったのですが、はじめて日本に来られてこれまでのイメージとの違いはありましたか?

ハジ:ほとんどかわらなかったです。でも日本の皆さんはワサビをちょっとしかいれないんですねぇ…。

(前掛けとハチマキを取り出して)

ハジ:私がいかに環境に順応できるか、見てもらえると思います。すぐに魚市場に行って、セリに参加できるよう頼んでみないと。イラッシャイマセー!

(会場爆笑)

MC:お二人に伺いたいと思います。私たちはこれからどうやって難民問題にかかわっていったらよいでしょうか?

小野:私たちひとりひとりの人間ができることって限られてると思うんですけど、こういう映画を観ると、観た人の中には必ず変化が起こると思うんですね。カウリスマキ監督がベルリン映画祭のインタビューで、彼独特のユーモアで「映画で世界を変えようと思ったけど変えられなかった」ということを言っていたと思うんですけれども、世界は変えられないかもしれないけど、この映画を観た僕たちの中には変化が起きている。少し考えることができるスペースを自分の心の中に持てる。その心の余裕を持つことは、それだけで大きな変化だと思います。

ハジ:まず先に写真を撮らせてください。皆さんと写真をとりたいんです。

(ハジ、セルフィーで客席の写真を撮る)

ハジ:非常に難しい質問です。人々の考えを変えることはとても難しいことです。ただ一方で、誰かの心に働きかけて、少しでも何かを考えてもらう、もしくは考えるきっかけを作ることができれば、それは素晴らしいことです。現在世界でもいろんな危機が起こっていますが、単純にこう考えてみるといいと思います。自分の仲間が大変な目にあっている。そしたら無視はできなくなるでしょう。自分たち自身を人間と呼ぶのであれば、人道的な精神を持ち続けることが大事なことで、それは人間としての義務だと思います。

客席からのQ&A

Q:フィンランド人はとても誇り高く、ロシアとの戦争にもうち勝ってきましたが、なぜこの映画のタイトルをスプートニクというロシアの人工衛星の名前をつけたのでしょうか。

ハジ:スプートニクというのはカウリスマキ監督の制作会社の名前で、なぜそう名付けたかは監督に聞いてみなければわかりません。私の妻はロシア系の苗字ですが、彼女はフィンランド人であることに誇りをもっています。ロシアに出自をもつフィンランド人は多くいますし、国境も変化します。OYというのは会社という意味です。カウリスマキ監督に聞いてください。

Q:ハジさんは過去のインタビューでこの映画の一番のメッセージは人間性だという風に答えてますが、「人間性」という表現をハジさんは具体的にどのようにとらえていらっしゃいますか?

ハジ:これは非常に個人的な自分の意見で、両親から学んだことですが、人間性とは他人を誰かの意見に基づいて判断しないということだと思います。私は自分で自分が会った人に対して、自分の個人的な経験に基づいて判断するようにしています。例えば日本に来ましたが、みんなの背景が何であれ、どんな民族で、あるいは両親、祖父母がどんな人間だろうと、あくまであなたと私の関係なんです。もしあなたがとてもいい人であれば私はもっともっとあなたと近しくなろうとしますし、そうでないときは自分の道を進みます。これが私の個人的な見解です。

MC:ありがとうございました。映画『希望のかなた』は2017年12月2日(土)よりユーロスペースにて公開となります。そのほか大阪・シネ・リーブル梅田、愛知・名古屋シネマテーク、福岡・KBCシネマなど全国で上映予定ですので劇場にて何度でもお楽しみいただければと思います。
前売り券を買っていただくとここに登壇している皆さんが今日つけているバッジが2種類どちらか選べるようになっております。前売り券の売り上げから1枚につき100円が国連UNHCR協会に寄付されますのでぜひみなさまお誘いあわせいただいて映画をご鑑賞いただければと思います。

ではここでフォトセッションに移らせていただきます。

MC:それではここでフォトセッションを終了させていただきます。本日のゲストはシェルワン・ハジさま、小野正嗣さまでした。みなさま大きな拍手でお送りください。