国内外で常に注目を集める黒沢清監督が劇作家・前川知大氏率いる劇団「イキウメ」の人気舞台「散歩する侵略者」を映画化。数日間の行方不明の後、夫が「侵略者」に乗っ取られて帰ってくる、という大胆なアイディアをもとに、誰も見たことがない、新たなエンターテインメントが誕生しました。
夫の異変に戸惑いながらも夫婦の再生のために奔走する主人公・加瀬鳴海に長澤まさみ。侵略者に乗っ取られた夫・加瀬真治に松田龍平。一家惨殺事件の取材中に侵略者と出会うジャーナリスト・桜井に長谷川博己。桜井が密着取材を申し入れる若き侵略者たち、天野に高杉真宙、立花あきらに恒松祐里。それぞれ5人は、黒沢組初参加、映画初共演となります。
この度、9月19日(火)にApple 銀座で開催された「Perspectives」に、
黒沢清監督と原作者の前川知大さんが登壇し、トークセッションを実施いたしました!
「Perspectives」は影響力のあるクリエイターたちが自身のクリエイティブな制作過程を語ったり、才能を披露するToday at Appleの人気プログラム。お2人には映画『散歩する侵略者』の製作秘話から、戯曲の映画化、映画と演劇の創作についてたっぷりとお話しいただきました。また、会場に集まった観客の質問にも回答し、大盛り上がりのイベントとなりました。

『散歩する侵略者』Perspectives 概要
  【日時】 9月19日(火) 19:00~20:00
  【場所】 Apple 銀座 / 3F シアター (東京都中央区銀座3-5-12. サヱグサビル本館)
  【登壇者(敬称略)】映画監督 黒沢 清、劇作家・演出家 前川知大


<以下、イベントレポート>
毎回トップクリエイターたちによる創作秘話が披露される注目のイベントだけあって、会場は満席、立ち見が出るほどの大盛況ぶり。そんな中、本作のメガホンを執った黒沢清監督と、原作を手掛けた劇作家・演出家の前川知大氏が登場すると、会場は大きな拍手に包まれました。
まず、黒沢監督は「今日は『散歩する侵略者』の原作者である前川さんと一緒ということで、二人でこういった場でお話しするのは初めてです。ネタばれしないように気をつけないとと思いながら、ぼちぼちやろうと思っています」と挨拶し、前川氏は「監督とは何度か対談したことはあったのですが、毎回違う話に転がっていくので、今日はまた新しい話をできたらいいなと思っています。よろしくお願いします」と続けました。
前川氏による原作小説を読んだことをきっかけに、映画化を熱望した黒沢監督。「小説の次に舞台を観て、とにかく劇団「イキウメ」のファンになってしまいました。あの俳優が今日は違う役をやっているだとか、毎回違う楽しさがあって。「イキウメ」の作品は、ごく当たり前の日常があって、そこに『それって本当?』っていうようなありえないような起こる。その展開がスリリングという言い方であっているかどうかわかりませんが、とにかく「イキウメ」のファンなんです。」と絶賛します。前川氏も黒沢監督作品のファンだったそうで、自身の作品が黒沢監督の手により映画化されることを知った時は「前から自分が影響を受けたものとして、黒沢監督の名前を常に挙げるほど大ファンだったので、それですごくびっくりして。ちょうど2011年に戯曲を出すときに対談させていただこうということになりました」ととても驚いたそう。
 そんな黒沢監督作品と「イキウメ」の舞台には、日常の中に潜む違和感を描いているという共通点があります。この共通点について前川氏は「最初に観たのは『CURE』でした。また『回路』や『降霊』などの幽霊描写にも衝撃を受けて、『カリスマ』『ニンゲン合格』も観ました。それが、ちょうど演劇を始める前の大学時代に自主映画を撮りたいと創作活動を始めていた時期で、2000年前後のそのあたりの黒沢監督の映画にかなり影響を受けていました。黒沢監督の作風として語られる言葉というのがそのまま「イキウメ」の作風に結構当てはまるなと思っていて。それはやっぱり僕の影響を受けたもののベースになるのが黒沢映画だから。演劇でSFやホラー、オカルトを表現しようと思って始めたのが「イキウメ」なんです。なので、黒沢監督作品に似てきてよかったなと思っています。というかちゃんと出来ている感じがします」と語りました。
 また、「映画は日常を映すっていうのはかなり簡単なんですよ。日常はその辺ゴロゴロ転がっているものをただ撮ればいいですが、演劇でまず日常から始めるって結構大変じゃないですか?」という舞台においての日常の描写についてたずねる黒沢監督に対し、「演劇は会話の雰囲気や俳優の仕草に日常性がある」と答える前川氏。「映画の台本を稿を重ねるたびに送っていただいていたのですが、印象としては演劇に比べて言葉がシンプルでストレートなんですよね。それって戯曲からするとやりすぎじゃないか、と思っていたんですけど、実際に映画を見ていると日常は映っている画で表現できている。言葉が日常から離れていても、シンプルで情報としてストンと入ってくる感じというのはバランスがいいのではないかと思いました。演劇は、逆に日常生活のノイズを入れて、言い澱みや思考している時のタイムラグを重視しています」と映画と演劇の表現方法の違いを明かし、黒沢監督も「ものすごく納得しました。」と大きくうなずきました。さらに、黒沢監督は「普段、日常の中では絶対言わないようなセリフも、俳優の力を持ってすれば何気なく言えてしまうことはあります。今回だと、長澤まさみさんにも、それに近いことをやってもらいましたね。実にうまく言ってもらって、その時もやはり俳優の力だよね、と感激しました」とコメント。
 また、黒沢監督は映画化に際して加えた部分として、「娯楽映画っぽくしたいという僕の欲望から、侵略者と侵略者を追いつめる悪役という構図、映画としてわかりやすい構造を付け加えたましたが、侵略者のありようはほとんど演劇と変えませんでした」と語り、一方で、額に人差し指をあて、概念を奪う動きは黒沢監督による演出だったようで「侵略者が概念を奪う仕草は、前から決めていたのではなく、ついやってしまいました(笑)。わかりやすいのでついやっちゃったんですよ(笑)。怖いというようりは、おどけたような描写として取り入れました」と明かした。前川氏は「松田さんは普段から宇宙人っぽいですよね(笑)。演劇でも何度かやっていますが、真治という役はすごく難しくて、俳優本人が持っている佇まいとか雰囲気が重視されます。侵略者に乗っ取られてしまって真っ新な状態で世の中を見るとということを演じないといけないので、俳優本人の何かが出るという感じがしていて。松田龍平さんの真治は面白かったですね。可愛らしいけれど怖いし、怖いんだけど、守ってあげなきゃ、という雰囲気があって。すごく良かったです」とまさに松田は侵略者である真治役に適任だったと語りました。
ここで話題は本作のスピンオフドラマ「予兆 散歩する侵略者」(毎週月曜深夜0:00よりWOWOWプライムにて放送中)について。黒沢監督は「時間軸は映画と並行して進んでいきます。原作や映画にもある、侵略者、ガイド、人間の3人の中で疑心暗鬼やだまし合いがあり、まさに侵略の予兆を描いているドラマです」とコメントし、前川も「侵略者のガイドになった男とその妻という設定が面白い」とそれぞれ映画とは違った魅力を語りました。
また、会場に集まった観客より質問を募り、黒沢監督と前川氏に答えていただきました。本作はサスペンスとロマンチックな要素の両方が兼ね備えられているように見えるという点について、黒沢監督は「そういう風に観ていただけるのは嬉しいです。前川さんの原作がホラーと夫婦の愛の両方を描いていて、これを一番うまく映画にできるのは僕しかいないと思っていました」と再び原作への強い思いをコメントしました。
 一場面でありながらも、強烈な印象を残した東出昌大さん演じる牧師について、スピンオフドラマでの立ち位置を問われると、黒沢監督は「映画で松田さん演じる真治が唯一概念を奪えなかった相手は東出さん演じる牧師なんです。それは彼にまったくその概念がなかったからです。スピンオフドラマの役との繋がりについてはここでは言いたくありません(笑)。ぜひ映画との違いを楽しんでください」とスピンオフドラマへの期待を膨らませます。
最後に黒沢監督と前川氏より、会場の皆様へメッセージをいただきました。
黒沢監督:「前川さんにはこの場でしか聞けないようなことを聞けて、意義のある豊かな時間を過ごせました。これから映画をご覧になる方もいらっしゃると思いますが、とても壮大でダイナミックな物語になっています。たった一言で語れるシンプルな作品ではないと思います。ただ、観終わった後には、ある、かなり強烈なメッセージを伝えられたかなと思いますので、それが何であったか覚えていてほしいと思いますし、これからのご覧になる方は最後にそのようなメッセージがあるんだと思って、楽しみに観ていただけたら嬉しいです」
前川氏:「演劇というメディアの制約から生まれたアイディアが、黒沢監督の手で映画になったのはとても光栄です。今日、黒沢監督から「この作品を一番うまく映画にできるのは僕だ」という言葉を聞けて嬉しかったですし、色んなテーマが詰まっているこの物語が海を越えて広がることも嬉しいです。今日はありがとうございました」
黒沢監督と前川氏が原作・映画への強い思いを語ると共に、映画と演劇の違いと魅力が明かされた大盛り上がりのイベントは幕を閉じました。
以上