本国アルゼンチンでは大ヒット映画『人生スイッチ』をオープニング動員記録で抜き、国内映画史上最高を記録。4日間でのべ50万人、公開後8週間で300万人という驚異的な動員数を叩き出し社会現象化。第10回アルゼンチンアカデミー賞で最多5部門(撮影・新人男優・美術・衣装・録音)受賞、第30回ゴヤ賞のイベロ・アメリカ映画賞、第40回トロント国際映画祭Platform Prize特別賞など22ノミネート/9受賞。さらには米・辛口批評家サイトRotten Tomatoesでも90%の満足度となった超話題作です!

軍事独裁政権崩壊後のアルゼンチン。善悪の基準が変わりゆく中で暮らすプッチオ家。エリート一家の彼らは突如無職になってしまう。さあどうする!?ピンチの果てにたどり着いた稼業とは・・・「身代金で生計を立てる!」そうして始まった一家総出の犯罪稼業。アルゼンチン国内認知度100%の実話を完全映画化!「映画化にあたっての改変はなし!」とプロデューサーが断言する衝撃作です!!

 そして、この度、本作の一般試写会を行い、それに合わせ、トークイベントを実施いたしました。
 登壇者は、数々の児童文学・ヤングアダルト小説の翻訳を手がける金原瑞人さん、そしてTBS「マツコの知らない世界」で放送作家を務め、雑誌InRed、美人百花などにて映画評を執筆する町山広美さん。それぞれ異業種ながら、本作の魅力に共鳴した二人です。
 翻訳家、放送作家とそれぞれの分野で第一線を走る2人が、世界が評価した衝撃作であり、驚愕の実話を世界に知らしめた本作について語りつくしました!!

◆日時:8月23日(火)20:25〜20:50トークショー (上映後)
◆登壇者:金原瑞人さん、町山広美さん
◆場所:アキバシアター (千代田区神田練堀町3 富士ソフト秋葉原ビル2F)

【イベントの様子】
■ご挨拶
町山:『エル・クラン』は家族という意味のタイトルですが、今ちょうど「BAZOOKA」という番組を担当していまして、それに出演しているメンバーがみんなやんちゃなので<クラン>と呼んでいて、意味は知っていたんです。そんなタイトルが掲げられた映画がこんな内容とは!と思いました。映画を見たばかりのみなさんも驚いているところかと思います。

■映画をご覧になって
金原:実話べースと知らずに観たんです。リアリティのない話をこんなにもリアルに作れるのがすごいと思っていました。本編を最後まで観て実話と知り、びっくりしました。犯罪映画だし怖い話のはずなのに、皮一枚も怖くない。でも後から思い出すと怖い。どこかでこんな感覚があったなと思いましたが『アクト・オブ・キリング』でした。国民的な英雄が虐殺者という話ですが、これに似ていると思いました。実際の人物が本人役として再現する、という怖い話です。皮一枚怖くないけど思い出すとゾクゾクするなと思ったんですよね。ペドロ・アルモドバルがその年の年間ベスト12位の1位に挙げていました。『エル・クラン』は製作がアルモドバル。さらに、最近アルゼンチンで大ヒットした『人生スイッチ』もアルモドバルが絡んでいますね。『人生スイッチ』も『エル・クラン』も両方ともヒットしていて、それも面白いなと思いました。

町山:私は実話とだけは知って観たんですが、それぞれの“その後”が出て、思わずえっ!?と声が出てしまいました。特に父さんのその後に関しては、金づちで頭を殴られた感じでした。この映画、父さんがすごい目をしている。ルー大柴を少しさっぱりした感じです(笑)。『瞳の奥の秘密』に出ていたらしいですが全く印象になくて。なんだか変な映画が多いですよね。
金原:そのうえに観客動員数が多い。
町山:アルゼンチンではエグい昼ドラがヒットしてますが、ドロドロが好きなんですかね?
金原:韓国映画もドロドロしてますが、比べてみてどうです?
町山:アルゼンチンは…何事もあまり重くとらえていないところが不思議で、余計に怖いですね。お父さんの目つきは鳥みたいなんですよ。自分の親がああいう目つきになった時期があって。不動産で25億円の借金を抱えて現れた時にああいう目をして現れたんですが、何を言ってもポカンとしていました。あの目が本当に怖かった。きっと、今ある事実を認められないんだろうなと思いましたね。悪いことをしたと思っていないというか、自分のこととして捉えられないんだなと思いました。
金原:父さんは最初からあの目をしてましたね。
町山:あの人は秘密警察みたいな仕事をしていたけど職を失った人ですよね。職探しのシーンも出てきますが。  秘密警察時代にあの父さんは、人を拉致したり拷問したりを、仕事としてやっていた。それで給料をもらっていたから、この犯罪も自分は悪くないと思ってやっていたと思います。クーデターがたくさん起きて国の体制が不安定な中でしたが、体制次第で合法だったわけだから、近所の人を殺したりしても悪いと思っていない。いや、ぼんやり悪いと思っていたかもしれないけど…。
公の場で堂々と誘拐したり、公衆電話から身代金を要求したり、みなさんも随分雑な誘拐だと思ったと思うんですけど、あれって、もともと許されてやっていたから犯罪意識がない。その意味での雑さでもありますね。
金原:リアリティのないやり方だと思いましたよね。
町山:普通、映画の中で描かれる誘拐ならもっと計画的にやりますけどね。現実は緩いってことですね。
金原:普通は1分1秒刻みながら綿密にやりますもんね(笑)

MC:子供たちも自ら加担していますね。
金原:お母さんが料理を作って監禁部屋に持っていくシーンが出てきますが、何もコメントしない。三男はうすうす気づいて出ていく。次男は帰ってきて加担していく。それって僕が思うヨーロッパ的な家族感ではないです。
町山:すごくスキンシップのある理想的な家族ですよね。家族で食卓を囲み、いいことがあるとキスしてハグして、褒められる。
金原:あのお父さん、人に優しく声をかけるけど、どこか不気味な感じですよね。
町山:集団の中に入って集団だけのルールに従っていくと、何も考えなくなっていくというか、最近、加藤泰監督の映画で新選組をテロリストとして描いた「幕末残酷物語」(64)を観たんですが、外から入ってきた人が中のルールにどんどん洗脳されていく様子が描かれていくんですよね。やがて自分がリンチをするようになる。内部のルールに入れば入るほど安定していく。
金原:軍隊もそう。
町山:集団の中に入ると選択の余地がなくなるというか。完全に洗脳されているミニマムの集団が家族であって、この家族ですね。
金原:そもそも理想の家族に見えはするけど家族愛ってあるのか?っていう。うっすらと感じるけど、家族愛ってあり得るのか?と思った。
町山:息子がおしゃれなショップ経営をしたり、何かと豊かな生活をしていますよね。たまたま収入源が身代金なだけで、っていうね。拷問とか誘拐とか以外に何もできない不器用な父さんなんですよね。

MC:誘拐、殺害…凄惨な話ですよね。撮影の技巧とか演出はどうですか?
町山:ドキュメンタリーっぽいですよね。長回しの1カットもうまいですね。それに、音楽も。この時代に禁じられていたから、アルゼンチン国民が隠れて聞いていた流行歌だったり、The Kinksの音楽は税金をとられる歌だから使ったり。
金原:サントラにして発売しても良さそうですよね。パーティで初めてポップな音楽が流れて、センスがいいなと思いました。
町山:そうそう、この監督は青春映画もうまく撮れるんじゃないかなと思います。長男のエピソードが素敵でしたね。パーティとか友達とのこととか。私は青春映画を見るとき、ディスコとパーティのシーンがうまく撮れていることが大事なんですけど、これもうまかったですね。これまでも犯罪モノが多く、この後も犯罪モノが控えているらしいですが、実は青春映画を撮ったらいいと思います。

MC:ラテンアメリカの映画のイメージは?
金原:アルゼンチン映画と聞いて思い出したのは、『タンゴ ガルデルの亡命』というピアソラが音楽を担当している映画や『ブエノスアイレス』は暗いんですよ。『モーターサイクル・ダイアリーズ』は…まあ明るいですね。ちょうど『人生スイッチ』を見たばかりだったし、僕の頭にはアルゼンチン映画が明るいというイメージはないんですよね。
町山:『人生スイッチ』は暗い話もありながら、やり直しが効くっていうところがありますね。お父さんもやり直しているし。暗いというか、ふと抜けているところがあるような感じですね。
金原:ブラックな中にも明るいところもある感じでしたよね。
町山:『瞳の奥の秘密』に関しては、粘着質とはこのことか!と思いました。
金原:そういえば、『ル・コルビジェの家』もアルゼンチン映画。何か明るい映画ってありますか?(笑)
町山:政治モノが多いイメージがありますよね。
金原:『黒いオルフェ』も、リメイク版は政治が絡んでいて殺伐としていました。

MC:最後に一言
町山:『エル・クラン』はとっても面白いので是非たくさんの方に面白いと広めていただきたいのと、他に南米映画だと『チリの闘い』というドキュメンタリー映画も面白いのでお勧めしたいです。アルモドバル監督の新作『ジュリエッタ』ももうすぐ公開ですね。私も楽しみにしています。
金原:僕も『チリの闘い』はすごく楽しみですね。『エル・クラン』是非たくさんの方にご覧いただきたいですね。今日はありがとうございました。