この度、新宿シネマカリテにて開催中の「カリテ・ファンタスティック!シネマコレクション2016」にて、『ある戦争』が10月8日の本公開前に先駆け、7月30日(土)にプレミア上映されました。本作は、第88回アカデミー賞®外国語映画賞にてノミネートされた本作。極限状態で問われる「正義」や「家族愛」を、戦地と法廷、2つの場所を舞台に問いかけるヒューマンドラマです。このたび、プレミア上映の終了後に、ブロードキャスターのピーター・バラカンさんをゲストに招き、トークイベントを行いました。

【日時】7月30日(土)※カリコレ2016プレミア上映後のイベントです
【会場】 新宿シネマカリテ (新宿区新宿3丁目37−12 新宿NOWAビルB1)
【登壇者】 ピーター・バラカン氏(ブロードキャスター)

ブロードキャスターとして活躍し、様々な社会問題に鋭い視点で切り込んできたピーター・バラカン。映画が終わり、バラカンが登場すると、場内は大きな拍手で包まれた。映画への感想を聞かれたバラカンは、「とても淡々とした映画で、まさに僕が好むタイプの映画です」と切り出し、「非常に考えさせる内容ですよね。アフガニスタンを始め、こうした戦争はずっと続いていて一向に終わる気配がない。それはつまり、この映画で描かれているような事態が頻繁に起きているということです。それなのに、よっぽど大きな事件がない限り、アフガンでの戦争は日本のニュースで紹介されない。だからこそ、こうして真っ向から取り上げるのは凄く必要なことだと思いました」と、作品の持つ意義を語った。

トビアス・リンホルム監督の前作である『シージャック』も大のお気に入りであるバラカンは、リンホルム監督作品にみなぎる緊張感に大きな感銘を受けたそうだ。さらに『ある戦争』では、その驚くべきリアリティが強く印象に残っていると言う。「あそこまでのリアリティを保つのは簡単なことではないはずです。登場人物一人一人の台詞に嘘っぽさが全くなくて、ドキュメンタリーを観ている気分になる。余計な演出が一切ないんです。一般的には、映画に対して分かりやすい演出を要求する人が多い。観客はそういう映画に慣れているから。そういう意味では、『ある戦争』は誰もがすぐ受け入れる映画ではないかもしれないが、僕はむしろもっとこういう映画を観たいと思いました」。

日本ではなかなか知る機会のない、デンマーク軍のアフガニスタン駐留。そこで、仲間のためにくだした“ある決断”によって民間人の命を奪ってしまった一人のデンマーク兵が直面する過酷な現実を、ひりつくリアルなタッチで描き出した手法を絶賛した。

「この映画は正義とは何か、ということを結論づけていない。そこがいいところです。映画を観る一人一人に解釈を委ねる。その点もドキュメンタリー色が強いと言えますね。戦場では毎日こういうことが起きているのでしょう。もしも自分が戦場にいて、主人公クラウスの立場だったら、考えている暇はないですよ。敵の攻撃を受けているし、自分の部下を守るか守らないか、そして守る決断をした時に何が起きるか、ということをじっくり考えている暇なんてない、一瞬しかないんです。クラウスがもしもあれ以上時間をかけていれば、仲間は全滅している。だから彼は自分なりの正しいことをしたわけです」。そしてバラカンは、クラウスの決断を「他に選択はなかったのだと思います」と断言した。

軍法会議にかけられることになったクラウスは、祖国デンマークへの帰還を命じられる。
「正直、あのことで軍法会議にかけられるということ自体に僕は驚きました。被害者のことを無視せず、きちんと問題を処理するという合理的、フェアな考え方だと思いました。ただ、あのような軍法会議も、デンマークという国だから起きたことでしょう。アメリカで同じような軍法会議が開かれるでしょうか?」と問いかけ、デンマークに限らず、多くの国が共有する問題へと話は広がって言った。

「アメリカでは、恐らくそうではない。国によっては、話題にもならない。戦場とはそういうものです。民間人が巻き添えになるのは仕方がないと考えている人が圧倒的に多いと思います。アメリカは今、ドローンを使用してタリバンやISを攻撃しています。ここ数年の間にドローンの爆撃が何百回も行われている。アメリカ人を誰も危険に晒すことなく、遠隔操作で爆弾を落とすことができるわけです。しかし、ドローンの爆撃がどのくらい正確なのかはあまり報告されていません。この間、それに関する大きな報告が出されて、そこで、本来のターゲットよりも、巻き添えとなった民間人の犠牲者数の方が多いということが分かりました。恐ろしいことです。しかも、そうした記事では全てが数字で表される。僕たちは、データとして情報を知っても、そんなに深く考えていないのではないでしょうか。でも、『ある戦争』を観た後だと、“そうか、こういうことが、普段は見過ごしがちな新聞の小さな記事に書かれているようなことなんだな”と思うようになります。『ある戦争』は、“楽しむ”というよりも、“世の中について学ぶ”といったタイプの映画です。こういう映画を大勢で観て、皆で議論をするというのは非常に良いことです。意見を言い合うと、それぞれ考え方が全く違うものなんです。多くのことを考えさせてくれる、すばらしい映画だと思いますね」。

 この映画で描かれている問題は、決して対岸の火事ではない。日本もいつアメリカの戦争に加担させられることになるか分からない。最後にそのことに警鐘を鳴らしたバラカンは、映画を観て人々と様々に意見を交わして考えることの重要性を強く訴え、最後に、パワー・トゥ—・ザ・ピープルならぬ「パワー・トゥー・ザ・ピースフル!」と平和への思いを叫び、トークを締めくくった。