トランボを追い詰めたのは他でもない“大衆の力”だった?『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』上島晴彦×三宅暁トークイベント
『ローマの休日』『スパルタカス』『ジョニーは戦場へ行った』『パピヨン』を世に送り出した稀代の脚本家ダルトン・トランボ。ハリウッドから嫌われながらも、偽名でアカデミー賞®を2度受賞した男の生涯を描いた話題の感動作『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』のトークイベントが行われました。
■日時:7月25日(月)
■会場:代官山蔦屋書店 1号館2階インベントスペース(渋谷区猿楽町17-5)
■登壇者:上島春彦氏(日本で最もトランボをよく知る映画評論家)、三宅暁氏(トランボ翻訳に地決を注いだ編集者)
ハリウッドの華麗なる歴史の汚点となった赤狩りについて、上島氏は「そもそも赤狩りというのは間隔的に起こっているものですが、ダルトン・トランボが巻き込まれた赤狩りというのは第二次世界大戦後に起きた赤狩りで、少し特殊なものでした。第二次世界大戦は歴史上ただ一度だけ、共産国と資本主義国が手を組んだ貴重な機会。大戦中、共産主義者でありながら優れたアメリカ映画の脚本を積極的に書いていたトランボは非常に評価されていましたが、そんな人気絶頂の時に戦争が終わり、冷戦体制に入ったタイミングで、トランボら共産主義者たちは邪魔者とみなされてしまったのです」と40年代〜50年代にかけての赤狩りについて説明。
「それまでよりアメリカにももちろん共産主義は存在していましたが、私たちがイメージするようないわゆる“ソ連の共産主義”とは違い“自由主義国家の共産党”と言い表せるような比較的ゆるやかなものだったのです。トランボは共産主義そのものを信じているわけではなかったといえるでしょう。彼が共産主義に近づいたのは労働組合の運動を通してでした。労働の条件をよくするための是正が、共産主義の考えに似ていただけで本来はそんなに関係のないものでした。ただ、トランボは少しやり過ぎたかなとは思いますね。組合活動の中で共産主義の思考を押し付けすぎていたようです」と、トランボと共産主義の関係について語る。
さらに上島氏は、「映画にもでてくる、トランボら共産党員を追い詰めたHUAC(下院非米活動委員会)は元々評判の悪い組織でした。しかし彼らは、作品を使って人々にメッセージを伝えることができる映画産業の大舞台、ハリウッドを標的するなど、戦略がうまかった。はじめは共産主義と関係のない人を呼び出して、共産主義の悪口を言う。すると共産主義が悪いものだという考えが吹き込まれ口コミで広がる、という方法がうまくいったのです。つまりはポピュリズム=大衆主義がうまくいったわけです。昨今のイギリスEU離脱にも同じことが言えます。イギリス国民の誰しもが「本当に離脱になるとは思わなかった」と口を揃えているようですが、当時の赤狩りも同じです。大衆に埋もれ、それが予期せぬ形でうまくいってしまったというのが、HUACが力を大きくした勝因でした」と、現代でも十分に起こり得る、大衆主義への懸念を指摘。
「HUACの聴聞会で質問に答えず、議会侮辱罪となり投獄されてしまったトランボですが、彼は憲法修正第一条を盾に黙秘を続けました。憲法修正第一条というのは言論の自由、思想信条の自由、結社の自由を保障するというもの。トランボは『私は憲法修正第一条に乗っ取って、その質問には答えない』と合理的な主張をしたのにも関わらず、議会侮辱罪を宣告されました。合憲であるのにHUACはそれを無視し、トランボを刑務所へ追いやった、本当に嫌な組織なんです」と、上島氏は続ける。
ブラックリストの話題となり、三宅氏が「元共産党員の中にエリア・カザンという監督がいましたが、彼がアカデミー賞名誉賞をとったときは衝撃でしたね」と話をふると、上島氏は「彼の受賞には大きな物議をかもしていましたね。拍手をしなかった人もいたというのは有名な話ですが、エリア・カザンに名誉賞をあげようといったのは、プレゼンターでもあったマーティン・スコセッシ。あれはポイント稼ぎとしか思えませんでした。それから何年かしてスコセッシはたいして面白くもない『ディパーテッド』という作品で監督賞を獲りましたから、余計怪しい(笑)」と観客の笑いをさそった。
映画の原作となった書籍「トランボ ハリウッドに最も嫌われた男」(世界文化社)の翻訳を担当した三宅氏は本書について「トランボ本人のインタビューを交えながら書いている。伝記というよりはインタビュー本です」と紹介すると、すかさず上島氏は「トランボの事を書いた本はいくらでもあるが、どの本よりトランボの人となりがよく分かる。一番最初に出された本にして決定版です!」と太鼓判を押す。さらに三宅氏が「映画撮影中に、ブライアン・クランストンもダイアン・レインも困ったことがあるとこの本を読んで役作りの参考にしていたようです」と豆知識を披露。映画関係者は、本書を著者の名前と料理本の意味を交えて“クック・ブック”と呼んでいたとか。
イベントの最後におすすめのトランボ映画を聞かれると、「やはり『黒い牡牛』ですね。お子さんと一緒に観て楽しめる、まさにファミリー映画です!」と上島氏。一方、三宅氏は「『スパルタカス』の DVD に収録された『ハリウッド・テン』というショートフィルムがあるんですけど、それが本編より面白かったかもしれないです(笑)」とニッチな選択。すると上島氏も「『ハリウッド・テン』の監督ジョン・ベリーも実際のハリウッド・テンのメンバーの1人なんですよね!最近彼の監督作『その男を逃がすな』という作品が DVD 化されましたが、この脚本も実はトランボが書いていて面白いのでおすすめです!」と熱弁をふるった。