現在渋谷で絶賛公開中のチベット仏教の巡礼を描いた『ラサへの歩き方〜祈りの2400km』。
公開中の劇場にてトークイベントをおこないました。
ゲストは、文化人類学者・明治学院大学国際学部教授の辻信一さん。「スローライフ」という新しい思想を世に広めたことでも有名な辻さんが、究極のスローライフといえる五体投地のチベット巡礼をどう見たのか、トークをしてもらった。

非効率的なスローライフこそ、愛のある生活
いまこそ、五体投地で進むチベットの人々の生き方に、日本人は学ぶべき

■2016年7月26日(火)18:30の回上映終了後、 シアター・イメージフォーラムにて開催。

トークは、この日神奈川県相模原市で起こった痛ましい事件のことを1日中ずっと考えていた、という一言からスタート。辻さんは、ここ12年で18回、チベットと同じチベット仏教圏のブータン、ラダックに通っており、劇中の空気、匂い、人々の生き方などに親しみを感じながら映画を観た、映画の中で描かれるチベット仏教を信仰する人々の生き方は、今私たちが生きている世界とは対極の世界にあるのではないか、と映画の感想を語った。
辻さんの、環境運動、スロームーブメントといった活動の根幹にあるものは、人間が引き起こしてしまった「行き過ぎ世界を止めよう」というもので、テロの恐怖に怯え、貧富の格差、原発事故による汚染、工業汚染などある種の地獄絵図が広がるこの世界をどう超えていくのか、というヒントを得る手がかりが、永々と続いてきたチベット仏教や、そこに生きて来た人々が伝えてきた叡智にあるのではないかと感じているという。

その分かりやすい例として、映画の中で村人たちが行う「五体投地」をあげて説明。「五体投地」は、サンスクリット語では苦行を意味する「タパス」と発音されるにも関わらず、明るく笑いながら楽しそうに行われ、とても苦行には見えないことに驚き、大地に体をなすりつけひれ伏すような自然への畏怖と敬愛を感じさせるように動きながら、一切ズルやごまかしをせず、決して効率が良いとはいえないこの行為を、世界中でこれだけ文明が発達した今なお続けている人々がいることの意味を考えなければいけないと思うと語った。
文明とは、苦行を避け、便利で楽な世界を求め、自然を支配した人為的な世界であり、自身が提唱してきた「スローライフ」の「スロー」とは、単なるゆっくりという意味ではなく、効率第一の社会に対する申し立てであると解説、「効率的に愛されたいか?」と会場に質問を投げかけ、愛とは非効率なものであるという言葉に、観客たちも納得していた。
この日起こった事件は、ある種のテロで、その形が日本的、先進国的な形で現れたものだと語り、長年取り組んでいる環境問題などを含め、合理主義で効率的な生き方、社会のあり方がいきついてしまった場所が今の社会の問題の根っこであり、全ての原因は一緒だと語った辻さん。
五体投地で2400kmもの道のりを歩み、決してズルをせず、ゆっくり進むというチベット仏教圏の人々の生き方は、自身が提唱する「スローライフ」そのものであり、映画から受け止めるメッセージもここにある、という言葉でトークは締めくくられ、短い時間ではあったものの観客はみな大満足のイベントとなった。

イメージフォーラムでの今後のトークイベント
8月7日(日)13:20の回 諸岡なほ子さん(『世界ふしぎ発見!』ミステリーハンター)
8月11日(木・祝)13:20の回 渡辺一枝さん(作家)