ヨル(夜)の綱渡り──。17歳という年代を生きる少女たちは、暗闇のなかで綱渡りをしているような、そんな危うい毎日を生きている。映画『少女』は、湊かなえ(原作)×主演・本田翼、山本美月×監督・三島有紀子=4人の“女性たち”が仕掛ける、“死”にまつわる禁断の世界を描いた長編ミステリーです。
『告白』『白ゆき姫殺人事件』「夜行観覧車」「Nのために」等、大ヒット映像化作品を次々と世に送り出す湊かなえが「告白」の次に認めた作品が、本作「少女」。同級生ある“告白”から、「人が死ぬ瞬間を見てみたい」という願望にとらわれた、2人の女子高生の衝撃的な夏休みが描かれています。2人の少女を演じるのは、『アオハライド』など人気作品に数多く出演し、来年には『鋼の錬金術師』の実写化作品への出演も決定した本田翼と、主演作『貞子VS伽耶子』が控え、ドラマやCM、雑誌と、活躍の場を多岐に広げる山本美月。ティーンに圧倒的な人気を誇る2人が、これまでにない“表情”を見せる、豪華共演が実現いたしました。長編デビュー作品となった感動作『しあわせのパン』、モントリオール映画祭特別招待作品『ぶどうのなみだ』や『繕い裁つ人』等、女性の心を惹きつけてやまない新進気鋭・三島有紀子が、湊かなえ作品のダークかつ刺激的な世界を描き出しています。
本作は10月8日(土)に全国で公開いたします。
公開に先駆け、学生限定試写会を実施し、原作者の湊かなえさん、三島有紀子監督が登壇しトークショーを行いました。

◆日  程: 8月2日(火)
◆出席者: 湊かなえ、三島有紀子監督
◆MC  :ハリー杉山

湊先生:すごくよくって、脚本を読んで、撮影見学にも行ったりして、頭の中で想像はしていたんですけど、そこに及ばないものを見せてもらったなという感じです。感動して泣きたいんだけど、今(こうして)話さなくちゃいけないので我慢しています。
幸せな作品にしていただけたな、と嬉しく思っています。
映像化に関しては、全部お任せしていて、どんな風にしていただけるかは、田舎のお母さんみたいな感じ。子どもを送り出して「東京の偉い先生によくしてもらうんだよ」という感じでいたのが、本当に大切に大切に扱っていただいて、「こんなに立派になって…」と感謝の気持ちしかないくらい、嬉しいです。
この映画はハッピーエンドかバッドエンドかと聞かれて迷うんじゃないか、と思います。ではなぜ迷うのか、それをなぜか説明したらネタバレになるし、主人公のハッピーエンドが、全ての人のハッピーエンドではなくて、それぞれに物語があり、そして、何かハッピーエンドにしたいから、悪い事した人も最後に笑って終わるのではなく、きちんと、こういうことだたのかと返ってきてるのを見せてもらった。なかなかこういう後味の映画はないと思います。幸せものだよ、この作品は。
この作品は、今から10年くらい前に書いたのですが、きっかけは些細なことだったんです。ある時、女子高生の集団がいて、耳の聞こえない女の人が、あまりおしゃれじゃない服を着ていることを、すごく大きな声で笑い合っていたんです。ちょっと見るに見かねて(私が)「そういう言い方はどうなんだ」と言ったら、「だって、聞こえてないし。むしろ、あなたが怒っている方が、何か私のことを言われてるんじゃないかと、思うんじゃないですか?」と言われて、なんだ、この生き物たちは、と。この人たちは、こういうことを言ってても、罰が当たるじゃないけど、特に誰からも怒られることもなく毎日を過ごしていて、自分と友達が幸せならオールオッケー、5分先位のことしか考えてないんだろうなぁ、と思ったら、この生き物のことをもっと知りたいと思って、自分も高校生の頃があったはずなのに、あの頃ってどんな風に思ってたんだろうと思いながら、物語を膨らませていきました。

(三島監督から、原作の中で、好きな言葉があって「世界は広い」という言葉があるんです。あれは?と聞かれ)
私が住んでいるのは地方ですし、友達とケンカしたり、クラスの人とケンカすると世界中の人から嫌われているように、自分を追いつめてしまう考え方をする若い人が多いなと思ったんです。だから、そうじゃない、と。一歩踏み出せば、もうこの人たちとは一生会うことないかもしれないし、たった1人信じられる人がいたら大丈夫なんだ、と。そうは言ったって、この学校の中で過ごしていかなきゃいけないんだ、と思う中で、逃げ場を確保してあげたり、これがずっと続くわけじゃないんだ、ということに気づいて欲しいな、という気持ちはありました。

三島監督:
(無事に完成し、湊先生に喜んでもらえた様子を受けて)
感無量です。湊かなえ先生の本を何冊も読ませていただき、こうして映画にできて、先生がなっておっしゃるのか、今日はドキドキものでした。それで、先生がこうおっしゃって頂いたので、「はぁ、よかった。」という気持ちでいっぱい。
いつか湊かなえ先生の小説を、自分がやってみたい、映像にしてみたい、映画にしてみたいという想いが、元々あったのと、(湊先生の本の中で)書かれています通り、17歳という年齢の少女が非常に自分勝手で、まだ自我が確立していないのに、自我が肥大化していて、そういう時代のものをやってみたいと思った時に、「これを一緒に映画化してみないか」と声をかけていただいたので、もうすぐに「ぜひ、やらせて下さい。」と言いました。映画にするには非常に難しい原作だと思いながらも、「絶対にやらせてください。」と言いました。
湊かなえ先生の原作は、天才的な構造になっているので、それをどうやって映像化するのかというのが、本当に難しいんです。セリフでモノローグで起こして、イメージ映像でくっつけていくのはできるんですが、それを1つドラマとして最後に主人公の感情のうねりを作ってもっていくのが、非常に難しい。というのは、色んなフタを開けていく、という風に(原作の構造が)できているんです。その(色んなフタを開けて出てくる)新しい情報が見えてくるという作業をしながら、主人公の感情に寄り添って、お客さんが見てくれるように見せていくのが難しいんです。だから、そこに頑張って挑んでみよう、という感じでした。
因果応報ということが、すべてのことがつながっていく、ループになっていくという。最後、主人公がどうなるかわかりませんよね?という流れで作るのが、この作品では大事なんじゃないかいなと思って撮りました。
ぜひ、みなさんのお力をお借りしたく、よろしくお願いいたします。