トークイベント第1弾のテーマは、『東北タイと音楽』。ゲストに、イサーンで新作『バンコクナイツ』の撮影を終えたばかりの空族・相澤虎之助さん、タイ音楽を主軸に世界各国の音楽を発掘・収集するユニットSoi48の宇都木景一さん&高木紳介さん、爆音映画祭でおなじみの映画評論家、樋口泰人さんをお迎えしました。

豊かで、複雑な混血文化を持つタイ東北部イサーンの表と裏。

アピチャッポン監督自身の故郷であるタイ東北部イサーン地方。監督はたびたびこの地を舞台に作品を制作してきているが、実際に育った町コーンケンで撮影された長編映画は本作が初である。まずイサーンとはどういった場所なのか?

「タイ東北部、ラオスとカンボジアに隣接する一帯です。イサーンの言語はイサーン語。タイ語とも少し違って、地理的にラオスに近いこともありラオ語に近い。劇中の言葉はラオ語ですね。ラオスとカンボジアの両方の血が混ざっている場所です。だから独特の文化が育っています。60年代〜70年代にかけて共産主義の時代にはタイ共産党がイサーンの森に逃げた。それは『ブンミおじさんの森』でも言及されていましたよね。あとは、バンコクに対する対抗意識が強い場所でもあります」(相澤さん)。

そのなかでコーンケンという町については「イサーンの真ん中くらいに位置する町。日本でいうと仙台あたりの規模じゃないでしょうか。イサーンのなかでは一番大きい町で、人口も多くて、唯一の大学もあります」(高木さん)。

イサーンには独自の文化が育っていて、たとえば映画では“イサーン映画”、音楽では“モーラム”と呼ばれる語り芸がある。

「モーラムは韻を踏んだり、ラップに近いような、リズムに語りを乗せていく音楽で、昔から続いてあります。面白いのは、イサーンに海外の音楽、たとえばディスコやロックが入ってくると、モーラムとどんどん融合して、変形していくところ」(相澤さん)。「イサーン人は貧しくてお金がないと言われているけれど、モーラムのレコードを作り、それを買い支えるマーケットがある。それは文化的にとても豊かであることの証拠」(宇都木さん)。

「祭りの季節になると町に大きなサウンドシステムを組んで、老若男女が一晩中踊りまくるような、そんな場所です。アピチャッポンの映画で見るとイサーンは静かな場所、たゆたうような印象かもしれないけれど、行ってみると、ものすごくファンキーな町なんです」(相澤さん)と現地の実際の雰囲気を語った。ちなみに、『光りの墓』劇中でも体操しているシーンでは、少しだけモーラムがかかっているとのこと。

ただし、外側から見るのとはまた別で、タイ人にとってイサーンという土地は、共産主義時代の名残もあり、政治的な意味と切り離せないのではないか、と相澤さんは分析。それはそのままアピチャッポンの作品にもつながるのではないかと語る。「劇中で、映画館で皆が起立する場面は、実際はタイの国歌が流れるんですけど、それを無音にするということは、タイ人にとってはすごく政治的に受け取られる表現。アピチャッポン監督も綱渡りの状況で映画を撮っているんだと思います」(相澤さん)。

なお、この日、空族の富田克也監督が観客として来館、最後に登壇して語ったエピソードが印象的だった。

「僕はちょうどアピチャッポン監督がこの映画を編集しているときに、チェンマイの彼の家に行ったんです。静かな物腰でしたが、ものすごく怒っていました。映画の話は一切していませんでした。ずっと政治の話をしていたことが印象的でした。次回作は南米で撮るそうです。その気持ちはよく分かります。」

イメージフォーラムでの今後のトークイベントは下記の通り。

第2弾◆4/9(土)16:10の 回上映後 「アニミズムの裏にあるもの」

長谷川祐子さん(キュレーター/東京藝術大学教授)✕福島真人さん (文化人類学者/東京大学教授)

アピチャッポンが参加する展覧会を多く手がけてこられた長谷川祐子さん。このたび長谷川さんのリクエストにより、気鋭の文化人類学者の福島真人さんとの初顔合わせ対談が実現!科学/宗教/アートの関係性を研究テーマの一つに挙げている福島さんに、『光りの墓』におけるアニミズム的な表現の裏にある、アピチャッポンの鋭敏な政治意識と社会背景について話していただきます。

第3弾◆4 /16(土)16:10の 回上映後 「タイの政治状況と『光りの墓』」

ナラワン・パトムワットさん(キュレーター)✕福冨渉さん(『光りの墓』タイ語字幕翻訳)

バンコクの現代美術ライブラリー「The Reading Room」キュレーターであるナラワンさんと、『光りの墓』のタイ語字幕翻訳者であり、タイ文学研究の福冨渉さんをお迎えします。タイでは公開されることのない本作について、タイ人の目線で語っていただく貴重な回です。