1/16(土)、大阪市淀川区の第七藝術劇場にて『ヘヴンズ ストーリー』の公開が始まった。『ヘヴンズ ストーリー』は、『雷魚』『HYSTERIC』など現実の事件にインスパイアされた作品を手がけてきた瀬々敬久監督が、複数の殺人事件の関係者たちがつながり絡み合って行く中、たどり着いた絶望の果ての再生を描いた4時間38分に及ぶ壮大なストーリー。第61回 ベルリン国際映画祭では国際批評家連盟賞&NETPAC賞をW受賞という評価を受けた。2010年の公開から今年で5周年。第七藝術劇場では2011年、2012年のアンコール上映に続いて4度目の公開となった。

松村支配人から観客に『ヘヴンズ ストーリー』を初めて観た方は?という質問があり、手が挙がったのはおよそ8〜9割方。リピーター以外に多数の新たな観客を獲得できたことは、劇場公開にこだわって作品を届けてきた意義があったと言える。

瀬々監督は、
「長い映画というのはみんなで同じ時間を共有してスクリーンを見続けることになる。大切な体験だと思います。お客さんにまた来て頂くとすごく嬉しいですね」と語った。

『ヘヴンズ ストーリー』ではタエ(菜葉菜)のバンドのベーシスト役で出演し、劇中のライブシーンの作曲も手掛けた川瀬さん。
「単純に他のプロの人に作って貰うお金がなかったんでしょうね(笑)」
デビュー作から数多くの瀬々監督作品に出演してきた川瀬さんは、瀬々監督とのトークも夫婦漫才コンビの域だ。

●人は生きて変わって行く
撮影当時の状況について瀬々監督は、
「主人公の寉岡萌希さんが当時高校2年生。女性が変わる時期で、少女の感じが残ってる方がいいので撮り逃さないようギリギリ撮影に入りました。撮影は一年半くらいかかっているので後半は大人の雰囲気になってます。成長の記録でもあります」

東京のK’s cinemaでは12/12(土)〜18(金)に『ヘヴンズ ストーリー』アンコール上映が行われ、初日には川瀬陽太さん、忍成修吾さん、村上淳さん、山崎ハコさん、菜葉菜さん、栗原堅一さん、渡辺真起子さんらキャストも多数登壇した。

川瀬さんは、撮影当時中学3年生だった刑事カイジマ(村上淳)の息子・ハルキ役の栗原堅一さんが現在20歳で結婚し子供が出来たという報告があったというエピソードを紹介。
おめでたい話題の方もいれば、後編の冒頭で人形との舞踏を披露した“百鬼どんどろ”の岡本芳一さんは作品が完成する前に逝去された。

「花見のシーンで出てきた伊藤猛という俳優もこの世にいない。かと思えばあの時子供だった男の子が恋をして結婚して子を成したと。
どこまで瀬々さんが計算なさっていたか知らないですけど、人は生きて変わって行くんだなというのはこの映画通りだったなと思います。何でこんないい話してるんだ!大阪まで来て桂小金治(笑)」

川瀬さんの乗り突っ込みに場内は笑いに包まれた。

●復讐の連鎖から新しい価値観へ
Q&Aでは観客から、物語が2000年頃から始まっておりアフガニスタンやイラクの問題を意識させつつ、ギリシャ悲劇の頃からある復讐劇という普遍的なテーマを描きたかったのかと質問が挙がった。

瀬々監督は、ニューヨークのテロに言及し、最近の10数年あまりで特に国と国が報復を繰り返す時代を進んでいること、そういった問題の考え方について強く意識したと語る。

「カザフスタンで上映した時に、カザフスタンはイスラムの国なのでお爺さんがスクッと立って
”この映画の復讐は甘い感じがする”という質問があったんですけど、若い人たちは”ブー”って言ってましたね。爺さんいい加減にしてくれ、みたいな感じで(笑)。そういう意味では復讐の連鎖はありますけど、イスラムの国でも若い人たちは全然違うことを考えて新しい価値観を作ろうとしているなと凄く感じました。映画を作って上映していく中で、そういったものがテーマになっていると思います」

●今やれる事を追求したい
先の観客から映像にスクラッチが多いことから、どれくらい上映されているのか?という質問があった。
『ヘヴンズ ストーリー』のフィルムは3本存在し、1本は海外用に字幕を入れ、日本では2本で全国20〜30箇所を回ったという。比較的いい方のフィルムで今回上映したとのことだが、これもフィルムならではの現象だ。

フィルムの質感で鑑賞できたことが凄く嬉しかったと語る観客からは、デジタル制作とフィルム制作についてどう考えているかという質問が挙がった。
『ヘヴンズ ストーリー』はデジタルビデオで撮影して最後にフィルムに変換したという。

「フィルムになったことで湿り気というか質感みたいなものが出て来ていい感じになってくるというか。
デジタルはデータで、フィルムは物質なのでその幅を埋めるのは難しいなとは思ってます」

しかしそれは絶望ではないと語る瀬々監督。

「選択肢が少なくなったのは非常に寂しい。絵を描く人が題材によっては絵葉書に描いたり大きなキャンバスを選びたいのと同じように、フィルム、デジタルを選べる自由が無くなって来たのは悲しい事だと思う。ただ今の世の中でやれる事を追求していきたいと思っています」

●加害者と被害者が生身の人間として対峙する時
光市母子殺人事件に衝撃を受け少年法について調べたという観客は、被害者と加害者の心情が両方描かれていることを評価しつつも、ミツオ(忍成修吾)の殺人を肯定するのが嫌だったと語る。実際に起こった事件を扱うに当たっての信念について質問が挙がった。

「この映画を作るに当たってひとつ決めたのは、加害者と被害者が司法というシステムを通してぶつかるんじゃなくて、生身の人間として対峙した時にどうなるか?ということを描こういうのが大きな目的でした。そういう意味で実際の事件とは大きく違う。もっと明るい希望的な結末もあり得たかもしれないが、生身の人間と人間がぶつかるときにどうなるかという、ひとつの物語として追求しました」

今の世の中、犯罪は他人事ではなく自分の家族が被害者になっても不思議ではない。20人以上にも及ぶ登場人物を出し、事件が当事者だけのものではなく、様々な人と繋がっている事件として描いた。映画制作に当たって特に遺族に報告をしてないのは、遺族の司法に対する絶望の発言が社会性を帯びたからだと語る。

「あの発言はみんなで考えないといけないものだと、僕たちが受け取って映画にしました。この映画を上映し続けるのがその答えだと思っています」

10年間はDVDを出さずに劇場公開をしていきたいという瀬々監督。当然のことながら歳を追うごとに観客それぞれの生活や社会情勢、通念も変わってくる。その時々で『ヘヴンズ ストーリー』と向き合うことで何を感じるのか。ぜひ劇場で体験していただきたい。上映は1/22(金)までとなっている。

●今後の活動について
今後の活動について尋ねられた川瀬さん。現在山崎樹一郎監督の『新しき民』がシネ・ヌーヴォにて2/12(金)まで上映予定だ。
「岡山で起きた山中一揆を舞台にした映画です。生真面目な男が作った生真面目な映画になってます。でもエンターテイメントになっています。よろしくお願いいたします」と他劇場なのにと恐縮しながら告知した。
16ミリフィルムで撮影された佐藤零郎監督『月夜釜合戦』も現在鋭意編集中だ。

瀬々監督は昨年NHKでもドラマとなった傑作ミステリーの映画化『64-ロクヨン-前編』(原作・横山秀夫/主演・佐藤浩市)が5/7、後編は6/11公開予定となっている。
そして、空族の相澤虎之助さんとの共同脚本で自主企画の劇映画『菊とギロチン 〜女相撲とアナーキスト〜』が制作予定だ。大正時代を舞台に、女相撲興行の力士たちと格差のない理想世界を夢見るアナーキストの若者たちの出会いを軸に庶民たちの猥雑なパワーを描く骨太エンターテイメントになる予定。

「出演者募集中です!そして出資者も募集しています!こちらを強調しておきます(笑)。
いい思いはしないかもしれませんがご協力願えたらと思います」

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出資、出演のお問い合わせ
「菊とギロチン」製作委員会(仮)
有限会社スタンス・カンパニー 担当:坂口一直
MAIL:kikujiro@stance.co.jp

(Report:デューイ松田)