ファインフィルムズ配給、1月23日(土)公開『サウルの息子』が、この度、ジャーナリスト堀潤氏と「イメージ、それでもなお アウシュヴィッツからもぎ取られた四枚の写真」(平凡社刊)の翻訳者で、早稲田大学 文学学術院准教授の橋本一径氏を迎え、トークイベントを開催致しました。

■イベント名:映画『サウルの息子』公開記念 堀潤氏×橋本一径氏 トークイベント
アウシュヴィッツで何が行われていたのか?

■日程:1/13(水) トークイベント:19:00〜20:00

■場所:代官山 蔦屋書店1号館 2階 イベントスペース (渋谷区猿楽町17-5)

■登壇者:堀潤 (ジャーナリスト・キャスター)
橋本一径氏 (早稲田大学文学学術院准教授)
「イメージ、それでもなお アウシュヴィッツからもぎ取られた四枚の写真」(平凡社刊)翻訳者

《堀潤×橋本一径トークイベント》                      ※敬称略
堀:橋本さんは「イメージ、それでもなお アウシュヴィッツからもぎ取られた四枚の写真」の翻訳をされて、研究もされていらっしゃいますよね。まずはその部分の話からお聞かせください。

橋本:『サウルの息子』本編には、実際のアウシュヴィッツで撮られた四枚の写真を思わせるようなシーンがあります。ネメシュ監督はこの四枚の写真に深く影響され、重要なモチーフになったようです。これらの写真は1944年の夏にアウシュヴィッツで撮影されたようです。簡単に言ってしまいましたが、そもそも当時のアウシュヴィッツでは写真撮影など不可能な状況でした。ナチス側がプロパガンダ的に撮影した写真はいくつか現存していますが、収容者が撮影した写真は現在、知られている限り、この四枚しかありません。

堀:よく撮影に成功しましたよね!一体どうやって撮影したのでしょうか?

橋本:これらの写真の撮影者は今まで通称‘アレックス’という名前で呼ばれていました。誰なのか素性も分からず、恐らくギリシャ出身のユダヤ人なのではと言われてきました。しかし、ここ四、五年くらいの研究でようやく人物の特定がされました。やはりギリシャ出身の方で名前も分かりました。撮影道具の持ち込みに関しては、ほとんど不可能に近い状況でしたが、当時の収容所内にもレジスタンスのような協力者は少数ですが存在しました。カメラのフィルムを歯磨き粉のチューブの中に隠したりと、そのような事を色々とやって何とかカメラとフィルムを持ち込み、ガス室の扉の陰から燃やされている死体を撮影したようです。

堀:これらの写真を撮影した目的は何だったのでしょうか?

橋本:やはり外部に知らせたかったのでしょうね。アウシュヴィッツは当時、存在すら知られていませんでしたから。写真のフィルムと一緒に手紙も付いていました。「これを世に広めてくれ、写真さえあれば皆信じてくれるはず、そしてもっと撮影用のフィルムを送ってくれ」と書かれていました。

堀:当時のドイツ国民は無意識のうちに情報取集や貨物輸送など何かしらでユダヤ人虐殺に関わっていましたが、自分たちが殺人に関わってしまっているという意識が無かったようです。国民はこのような強制収容所やガス室などの存在を知らされていなかったのです。

橋本:この写真には世界が知ってくれれば状況が変わるという期待が込められていたようです。しかしその希望は叶わなかった。写真を外部に持ち出せてもアウシュヴィッツの虐殺をくい止めることは出来なかったのです。

橋本:『サウルの息子』のネメシュ監督はこの四枚の写真に影響を受けています。例えば映画を作るにあたり、撮影者のアレックスを主人公にすることも出来たのです。しかし、それをせずにヒーロー像とはかけ離れた主人公サウルを描きました。サウルの姿は私たちが仮に‘ゾンダーコマンド’として働かされていたら、彼のようになってしまったかもしれないということを痛感させられます。彼に自分を重ねずにはいられなくなります。自分がそこにいたらどうなるかということを実際には経験していない、若い世代の監督が描いたのです。

堀:実は、ネメシュ監督と私は同じ年なのですが(38歳)、取材させて頂いたとき話を聞いていると共感できる部分が多かったです。『サウルの息子』は意欲的な作品です。収容所の中の人間の表情をよく捉えているのでアップが多く、非常に迫ってくるものがあります。このような作品がカンヌや欧米の映画界で認められるというのは、非常に嬉しいことだと思います。最後の部分などここでは全てを語れないこともあるので、ぜひ皆さん『サウルの息子』をご覧ください!

■登壇者プロフィール
★堀潤(ほり じゅん)
ジャーナリスト・キャスター。1977年生まれ。元NHKアナウンサー、2001年NHK入局。
「ニュースウォッチ9」リポーター、「Bizスポ」キャスター。2012年米国ロサンゼルスのUCLAで客員研究員、日米の原発メルトダウン事故を追ったドキュメンタリー映画「変身 Metamorphosis」を制作。
2013年、NHKを退局しNPO法人「8bitNews」代表に。現在、TOKYO MX「モーニングCROSS」キャスター、J-WAVE「JAM THE WORLD」ナビゲーター、毎日新聞、ananなどで多数連載中。
2014年4月より淑徳大学客員教授。

★橋本一径(はしもと かずみち)
早稲田大学文学学術院准教授。1974年生まれ。東京大学文学部思想文化学科卒業。
フランス・ナント大学理工学部DEA課程修了。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。
愛知工科大学講師を経て、2012年より現職。専攻は表象文化論。
著書に『指紋論——心霊主義から生体認証まで』(青土社、2010年)、訳書にジョルジュ・ディディ=ユベルマン
『イメージ、それでもなお』(平凡社、2006年)、ジョルジュ・ヴィガレロ編『身体の歴史1』(共訳、藤原書店、2010年)、ピエール・ルジャンドル『同一性の謎——知ることと主体の闇』(以文社、2012年)などがある。