12 月 18 日(金)に『独裁者と小さな孫』(公開中)のトークショーが開催され、松江哲明監督が登壇いたしました。

【 日時 】 2015 年 12 月 18 日 20:30〜20:55
【 場所 】 新宿武蔵野館
【登壇者】 松江哲明(映画監督) 森直人(映画評論家)

2014 年東京フィルメックスで見事、観客賞を受賞した、『ギャベ』『カンダハール』で知られるイランの名匠、モフセン・マフマルバフ監督最新作、『独裁者と小さな孫』のトークイベントを開催いたしました。映画監督の松江哲明氏と、映画評論家の森直人氏が登壇し、上映終了後の興奮が冷めない劇場で、本作の衝撃を語り、会場は大いに盛り上がりました。

森 すばらしい作品でしたが、いかがでしたか。
松江監督 2015 年は、社会的にはいろいろあった年だったが、僕的に映画は当たり年だなと思いました。年末にこの映画が公開してよかったなと思いました。
森 僕もこんなタイムリーな映画が出てくる年末でよかったなと思います。
松江監督 僕の中でこの映画が何故良かったかというと『マッドマックス 怒りのデス・ロード』のイモータン・ジョーの視点から見た映画だと感じられて、今の現実にものすごく近いというか。
この映画は『マッドマックス』の逆側の視点の映画であって、そしてこちらのほうがより現実に近いのかなと思いました。
森 松江監督の中で『マッドマックス 怒りのデス・ロード』基準がありますよね?
戦いがあって逃げるというシンプルな構造でいろんな映画の応用ができて、視点が変わることで様々な物語に変わり、しかも今の政治社会を補っているものですね。
松江監督 僕が今年面白かった作品は、だいたい今の世界を少し変わった視点でみて、そして 2 つの選択肢とは別にもうひとつの選択肢を提示するものがあります。『マッドマックス 怒りのデス・ロード』だと、行って帰るという選択の中に新しい場所を見つけるという3つ目の選択があるのではないかと思うし、『サンドラの週末』もクビになるかボーナスを取るか選択になり、そのことに対して行動した結果あれも別の道もあったんじゃないかと思いますね。
この作品はわかりやすいハリウッド映画とは違う。明快な答えを出さずに、お客さんに投げかけているのはマフマルバフ監督らしいなと思いました。
森 世界の選択視が増えるというのはすごくいい言い方だなと思います。
松江監督 独裁者が潜伏していて、どこで終わらせるか。海をもってきたり徹底的な事件を持ってくるなど、どういうシチュエーションにしたらいいのか映画的にすごく考えて作っているなと思いました。ハリウッド映画だと、自分のやってきたことを顧みて改心したり、気持ちが変わったと単純にするものもあるけれど、マフマルバフ監督は単純ではなくて生きている世界を厳しくみている人なんだなと思いました。
森 マフマルバフ監督の過去の作品はどうですか。
松江監督 僕はミニシアターブームの時に、渋谷でみていたので今回の作品は正直、最初はマフマルバフ監督らしくないなと思いました。
森 それくらい明確で分かりやすい図式で、最初のシーンは描かれていましたね。
松江監督 過去作は変化球が多いけれど、直球が投げられるから変化球も投げられるし、選び抜かれた今の社会と向き合っての直球だと思いますね。
森 最初不安になるくらいすっきりとしたものでしたね。
松江監督 森さんが書いているチャップリンの『独裁者』の文を読んで『独裁者と小さな孫』も近いものがあると思いました。チャップリンはトーキーに対して争っていても『独裁者』という作品は言葉で伝えないといけないんだと覚悟を持って最後の演説をしているとことが直球と言うところに近いと思いました。
森 僕も近いものがあるなと思いました。この作品はサイレント的要素をわかりやすく作りつつも政治犯の青年が入ってきた時に負の連鎖の演説をしている者がいて、直接マフマルバフ監督にあれは誰ですか?と聞く機会があったのですが「あれは私です」と答え、すごく力点があり『独裁者』と近いものを感じました。マフマルバフ監督も過激な政治少年だったし今も亡命中で何回も暗殺されかけている中でも作品をつくっていく覚悟はすごいなと思いました。
松江監督 でも暴力描写を直接描くというのに今回少し驚きました。立場を逆転させてそれを目の当たりにさせるというところや、娼婦の人が出てくるところが直接的だと感じました。
森 そういう意味では分かりやすいおとぎ話の要素を含みながらも不思議さがありましたね。ロードムービーのひとつの効果ではあると思いますが観客側が何か体験した気になるのもあるのではないでしょうか。
松江監督 観客を絶対傍観者にさせないような覚悟を感じました。特に男の子がすごく可愛くて、過去を思い出して映像の中で女の子とのダンスのシーンなどで、対比させることで地獄絵図を強調させるのが、キャラクター的には希望という描かれ方になると思いますが、ラストで子供の成長物語でめでたしめでたしで終わらせないところが、今の現実だと言っているような気がします。成長物語とするのも一つのつくり方かも知れないが、世界の残酷さを突き詰めていくという、マフマルバフ監督の過去作でいうと『カンダハール』が 9.11 を予言していたと言われているし、今回の作品に関しての起点で言えば“アラブの春”だと思うのですが、フランスのテロから国民戦争が対象だったという現実とすごくリンクしているとありますね。。
森 ドキュメンタリーを撮っている松江監督から見て、フィクションで現実社会を撮っている監督をどう思いますか。マフマルバフ監督は、ドキュメンタリーも撮っているし生々しい活動もしている監督だとは思いますが…
松江監督 ドキュメンタリーだからといって世界をそのまま撮っているわけではなく、ひとつの自己表現だと思います。でもおもしろい監督は映画だけじゃないものを捕まえてしまって、世界とリンクする人がいると思います。マフマルバフ監督の場合も自己表現だけでなく、世界に対して私はこうゆう風にみているという提示のひとつが映画なのだと思います。この作品を見にくる人は年配の人が多いと思うけれど、『マッドマックス』が好きな若い人たちにも観てほしいです。名画座などで 2 本立てにすれば、こんなにリンクするんだとわかるし、どっちを先に観るかによって感想も変わると思います。
森 最後にグッときた部分をひとつあげるならどこでしょうか
松江監督 グッときた部分ではないのですが…。戦争だったりテロだったりとか不意に襲ってくる暴力に対して、メディアは答えや理由といった情報を求めがちですよね。でも僕は映画を観ることで、一方的な視点ではなく世界中の様々な文化を観ることができ、そしてそれが何か現実とリンクすることがあって、自分の主軸になる経験ができると思うんです。この作品はそうゆう体験ができる作品だと思います。