何があっても離れない夫婦の十年を描いて、報知映画賞最優秀監督賞、日本アカデミー賞最優秀主演女優賞(木村多江)、ブルーリボン賞最優秀新人賞(リリー・フランキー)など数多くの賞を受賞した名作『ぐるりのこと。』(2008年6月公開)から7年。
誰もが待ち望んだ橋口亮輔のオリジナル脚本による長編映画『恋人たち』は、いよいよ11月14日からテアトル新宿ほか全国にて公開いたします。

通り魔殺人事件によって妻を失い、橋梁点検の仕事をしながら裁判のため奔走する男、アツシ。そりが合わない姑、自分に関心をもたない夫との平凡な暮しに突如現れた男に心が揺れ動く主婦、瞳子。親友への想いを胸に秘める同性愛者で、完璧主義のエリート弁護士、四ノ宮。心に傷を抱えながらも、幸せを求めて生きる3人の“恋人たち”を、稀代の才能・橋口亮輔は、時折笑いをまじえながら繊細に丁寧に描きだす。どんなに絶望的な世界であっても肯定し、ささやかな希望を胸に再び歩き出す——
明日に未来を感じることすら困難な今、私たちすべての人に贈る、絶望と再生の人間ドラマの傑作が誕生しました。

この度本公開を前にして、現在開催中の第28回東京国際映画祭「Japan Now」部門に出品され、新宿ピカデリーにて
公式上映が行われた。チケットは発売するやいなや即日完売し、7年ぶりの新作を待ちわびていた観客たちが大勢駆けつけ場内は満席に。映画が終了すると、会場からは大きな拍手が湧き起こった。さらに上映後にはメガホンをとった橋口亮輔監督とプログラミング・アドバイザーの安藤紘平氏がトークショーに登壇した。

<トークイベント内容>
【淀川長治さんの言葉】
安藤:『二十才の微熱』をご覧になった淀川長治さんが、「君は溝口やヴィスコンティのように、人間のハラワタを掴んで描く監督だ」
と仰ったという有名な話がありますが、まさにこの映画を淀川さんに見せたかったなと思いました。
淀川さんはTVでは温厚な雰囲気でしたが、実は極めて厳しい方ですよね。

橋口:厳しいなんてもんじゃないです(笑) 30歳の時に初めてお会いしたときに言われたのは、「ファーストシーンは傑作、溝口かと思った。
でもあとがダメ」と。それからはずっとダメ出しでした。でも最後に言われたのが、「あなたの映画はハラワタを掴む映画。あなたは1回
映画を選んだんだから、最後まで映画をやりなさい。水を飲んでもいい、盗みをはたらいてもいい、でも最後までおやんなさい。
あんたはやれる」と仰ってくれたんです。その言葉は僕の財産です。
『ぐるりのこと。』の後に色々あって、映画なんてバカバカしくてやってられないという時もありましたけど、淀川先生の「あんたはやれる」
という言葉を思い出して、気持ちをくくり直したことが何度もありました。先生がこれを観てどう思うのかな、と気になりますが。

安藤:いや、これはダメ出しは少ないですよ(笑) みなさん、本当に素晴らしかったですよね? (会場から、拍手喝采)

【肉体の欠損と心の欠損】
安藤:主人公のアツシは、橋梁のコンクリートをたたいて再生させる職業ですが、そのアツシ自身が再生できるかどうかというのが、
非常に興味深かったです。

橋口:前にTVで営団地下鉄の作業員の番組を観て、すごいなと思っていたのがインプットされていました。
僕の思いとしては、アツシは「世界の音を聞いている」のです。アツシにしてみれば、人間もコンクリートのようにコツンと叩けば、
「ここが壊れてる」「こいつは性格悪い」と分かればどんなにいいだろうと、何とも言えないやるせない気持ちで毎日コンクリートを
叩いているんじゃないかなと思うんです。

安藤:アツシ自身がいっぱい再生したい心の傷を持っているのに、橋げたの傷を聞いているのがとても切ないですよね。
だから、最後に見えるか見えないかの小さな青空が見えた時の、あの感動といったらなかったです。

橋口:また、弁護士の四ノ宮は嫌な奴なんですけど、彼を撮りながら思っていたのは「心に欠落を抱えた人間」です。
片腕のない黒田や、骨折してギブスをしている四ノ宮のように、肉体の欠損は目で見えやすい。でも、心の欠損は人には見えないのです。

【撮影中のエピソード】
橋口:瞳子役の成嶋瞳子さんは大学時代に少し演劇の経験があり、今は派遣社員として働いている方なんですが、彼女は本当に抜群の存在感でした。ベテランの木野花さんや光石研さんを相手に芝居をしても、彼女は全然緊張しないんです。
何度、カメラマンの背中を叩きながら笑いをこらえて撮影したことか。よくあんな表情をするのかと、こちらが思いもしない表情や動きをするんです。本当に自由奔放で、彼女に何をやらせたら面白いかと考えながら撮影していました。成嶋さんは、撮っていてとても楽しかったです。

またトークでは、『恋人たち』を日本中、世界中へ広めるべく、橋口監督の全国訪問と海外映画祭への出品費を募る、クラウドファンディング(ネット経由で一般に資金提供を募る)についての話題もあがり、「こういう映画をとった監督こそ、世界に行くべき!」と安藤氏が観客に呼びかけた。橋口監督も、「せちがらい世の中なのに、こういった映画にファンドしてくれる方がいることは本当にありがたいこと」と感謝を述べた。
※クラウドファンディング・プラットフォームの「モーションギャラリー」で、200万円を目標に9/4〜11/6実施中
(https://motion-gallery.net/projects/koibitotachi)。