10/4、大阪市淀川区のシアターセブンにて塚本晋也監督の『野火』の舞台挨拶が行われた。『野火』は、第二次世界大戦末期のフィリピン・レイテ島を舞台に果てしなき飢えと狂気に蝕まれた兵士たちの彷徨いを一兵士の目から描いた作品だ。

 塚本監督は、10/3に立誠シネマ、塚口サンサン劇場、10/4に布施ラインシネマ、シアターセブンと関西の映画館4館を舞台挨拶で巡回。『野火』は、関西では7〜8月にかけてシネ・リーブル梅田、京都シネマ、兵庫県 豊岡劇場で封切されており、反響を受けて堂々のセカンド上映となった。

 この日のシアターセブンは、36席のシアターでの上映予定だったが、73人という定員の倍の観客が詰めかけ、急遽ホールも利用して上映となった。舞台挨拶後、すぐに東京行きの新幹線乗る予定となっていた塚本監督。
「早口で喋って他と差がないようにしますので、よろしくお願いします(笑)」と、柔らかい物腰で『野火』を観終わったばかりの観客に気遣いを見せた。

■美しい自然とドロドロな人間のコントラストを描きたかった
 高校生の頃、作家・大岡昇平さんの戦争体験を元に書かれた小説『野火』を読んだ塚本監督。それから約30年、ずっと映画にしたいという思いを持ち続けて来たという。10数年前から世の中の風潮がきな臭いと気に掛けて来たが、3年前の政権交代を機に、急に政治が戦争に向かって加速し始めているという危機感を強くし、制作に踏み切った。資金がない中、たくさんの支援やボランティアスタッフの協力を得て完成に至ったという。

 
 司会者からこれまでの監督作品と『野火』のつながりについて質問を受けた塚本監督。いつもは自分の妄想を形にし、それが時代と合っていればいいなというやりかたで作るが、『野火』は原作の世界に入りたいという思いで作ったと言う。

「戦争体験した大岡さんの小説を自分が画にして、自分自身がその中に入って追体験しながら、お客さんにも追体験して頂きたいという順序でした。ただ自分は30代でコンクリートと人間、都市と人間、テクノロジーと人間性といった葛藤を描いてきたので、コンクリートから飛び越えて自然の世界に行きたいという気持ちは10年くらい前から強くあって。そういう意味ではつながっているかもしれないですね」

「美しい自然と人間だけドロドロのコントラストが凄かったので、そこをとにかく描きたいと思いました」

■戦後70年となる2015年の公開は必然だったかも
 『野火』は、去年9月に第71回ヴェネツィア国際映画祭コンペティション部門に出品された。その後3か月間に渡って塚本監督自身がマーティン・スコセッシ監督の『沈黙』に出演し、『野火』の公開準備に携われない時期もあった。終戦記念日に合わせたいというこだわりもあり、8/15の終戦記念日に向けて7月からの公開というタイミングとなったという。

 戦後70年を意識して今年『野火』が公開されたのか?という質問に対しては、
「世の中がなぜ戦争に向かっているのか、聞けば上の方々は゛時代が変わったからだよ”って言うんですけど、戦争を自分の身体の痛みで体験した人たちが段々少なくなるにつれて、戦争の方に向かっているように思えてならないので」
 10年前、『野火』映画化を踏まえて、戦争を体験した80代の人々にインタビューしたという塚本監督。戦後70年ともなるとその人々も90代。他界した人々も増え、同時に戦争にグイグイ近付いているという危機感と恐怖に“作らなければ!”と焦ったという。
「70年は偶然のようで必然だったかも、という風に思っているんですけどね」

■当初は自撮り・固定カメラ想定で絵コンテまで描いた
 主役の田村を演じる俳優は100日拘束になる。大作として構想していたため有名な俳優をキャスティングしたかったが、資金が集まらず自主制作として自身が主演して撮ることを決めた塚本監督。当初はフィリピンに一人で行き自撮りしようと固定カメラのコンテまで起こしたという。
「小津安二郎って自分で苦笑しながら(笑)」
 幸いなことに、結果的に多くの人々の協力があり、カメラも固定ではなく自在に動くこととなった。

 キャティングには拘るという塚本監督。自ら依頼したリリー・フランキーさん、山本浩司さん、中村達也さん、中村優子さん、オーディションで選ばれた森優作さん以外は、ボランティアスタッフとして募集した。その際の条件として、
「飢餓状態なので痩せられて、髭が生やすことが出来て、日焼け出来る人で、スタッフもキャストもやると思って来てくださいと頼んだんです」と語る塚本監督に会場は笑いに包まれた。そういった条件の元、キャラクターの配置を厳密に考えての布陣となった。

■ドキュメンタリーではなく、映画だから伝えられるリアリティがある
 新幹線の時間が迫り、司会者から最後に一言と振られた塚本監督。戦争のことをもう少し語りたかったと、残念そうな表情を見せた。
「戦場での体験のインタビューして、人間の肉を食べたとは言わないんですけど、そうせざるを得ない様なギリギリのシーンの話は聞きました」
 『野火』を公開して、ずっと戦争体験を語らなかった祖父が初めて口を開いたといった話があったり、聞こえた来たエピソードを紡ぎ合わせ、そういった事実があったと確信を得たという。

「自分の子供や孫にその体験は語れないため、口を噤んでお墓に入ろうという方々が多く居て。そういう方々が亡くなっていくのをいい事に戦争の痛みを忘れていこうとしている」

「ドキュメンタリーというリアルな方法で伝えるやり方もあるんですが、映画というフィクションで、一つのリアリティを伝えられることが出来る。そういう可能性を今回発見したという感じですね」

 プロパガンダになる様な映画を自分が作るのはよくないと断った上で、
「『野火』は結論を導き出す映画ではなく、体験していただく映画です」と塚本監督。

「FacebookとかTwitterで呟いて頂いて、ネズミ講式に広げて頂けたらなと思っています」
名残惜しそうな塚本監督を会場の観客は笑いと大きな拍手で送り出した。

 『野火』の作品冒頭、胸を患っている田村(塚本晋也)が、病院と駐屯地の間をピンポンのように行ったり来たりさせられる。行き場のない田村を、さらに悪態と共に追い返す分隊長(山本浩司)と軍医の顔の素早い切り返し。思わず笑ってしまうような馬鹿馬鹿しさだ。しかし、そんな馬鹿馬鹿しくも命に関わる愚令を黙って享受するしかない場に、田村はいるのだ。そう気が付いたときに観客は田村と行動を共にすることになる。

 
 映画『野火』はシアターセブンが10/16まで、立誠シネマは10/30まで、シネ・ヌーヴォXが10/17から開始、10/23まで上映予定となっている。
 なお、塚口サンサン劇場では“『野火』公開記念!”として『鉄男』に続き、10/16まで『鉄男Ⅱ』のフィルム上映を行っている。

(Report:デューイ松田)