津波の襲来によって砂に没した村に、11歳と8歳の姉妹が帰還する。その腰には一本のロープが結ばれている…、という何とも衝撃的なオープニングで幕を開ける劇映画「シロナガスクジラに捧げるバレエ」(監督 坂口香津美)が、来る9 月19 日(土)よりユーロスペース(渋谷)にて公開されるのに先だって、8月3日(月)、千代田区麹町のクリーク・アンド・リバー社の視聴覚ホールにて、一般観客を招いて試写会と出演者によるトークイベントが催された。

【登壇者】坂口香津美監督、母親役の新倉真由美、三女役の橘春花、祖母役の白樹栞、落合篤子プロデューサー

坂口香津美監督はこれまで家族や若者を主なテーマに、テレビのドキュメンタリー番組約200本の企画演出を手がけ、本作も含めて6本の映画を監督している。現在、全国で公開中の映画「抱擁」(第27回東京国際映画祭日本映画スプラッシュ部門正式出品)は精神の混乱した実母を4年間撮影した感動のセルフ・ドキュメンタリーだ。
映画では、三人姉妹の母親役の新倉真由美は、第二次世界大戦の開戦前の1940年、アカデミー賞脚本賞候補の映画「偉人エーリッヒ博士」(1940/ウィリアム・ディターレ監督)を含む10作品に出演した日系人のハリウッド俳優、ウィルフレッド・ハリ(故・堀内義高)を父親に持つ現役のバレリーナ。
三女役の橘春花は、撮影当時は9歳。現在、小学6年生で英語が堪能、世界で活躍する女優をめざしている。
祖母役の白樹栞(しらきしおり)は1963年公開の「美しい暦」(森永健次郎監督/吉永小百合主演)で準主役など映画に出演。文学座研究所を経て、今尚、多数の舞台に精力的に出演中だ。

津波で母の手を放してしまった少女に捧げる72分のレクイエム

坂口監督が本作を構想したのは2011年3月の東日本大震災発生後まもなく、一人の少女がテレビに映し出されたのを偶然、目にしたことがきっかけだった。
津波に流される母親の手を放してしまった、と涙まじりながら「私は母の分まで強く生きていきます」と話す少女の姿に胸を打たれ、映画制作を決意したという。
ロケ地となった南房総市の千倉海岸は、元禄16年(1703年)11月23日午前0時頃、発生した「元禄大地震」により大津波の襲来を受け、「死者1万人余」(高照寺過去帳)ともいわれる甚大な犠牲者が出た地域でもある。
2013年5月にロケを行い、2年後の2015年6月、追加撮影を東京で行った。

詩的な映像美、海野幹雄、新垣隆による心を揺さぶる音楽

音楽と演奏は、映画『おくりびと』に12人のチェリストの一人としてレコーディングにも参加、東京フィルハーモニー交響楽団等への首席客演など多方面で活躍の気鋭の海野幹雄(チェロ)、現代音楽の旗手として日本中が注目、作曲家・ピアニストとして多岐にわたり精力的に活動、メディアからも注目を集める作曲家の新垣隆(ピアノ)の二人の盟友が共同で担当。
詩的な映像美、全編に流れる心を揺さぶる名曲、衝撃のサイレント映画が誕生した。

トークイベント内容:

【坂口香津美監督】
生きている限り、私たちは近しい人との死から免れることはできない。いかに過酷な状況であれ、悲嘆とともに、生き抜いていかなければならない。家族を失った幼い姉妹が絶望の淵から生き抜く力を掴もうとする物語。姉妹は孤独ではあるが、孤立してはいない。なぜなら、すぐかたわらで死者が見守っているからだ。生者と死者とはてしない海の物語である。

【新倉真由美】
逆境に屈せず、力を合わせて逞しく生きていく姿には、現に穏やかな日常が一転してしまった子どもたちが重なり、願わずにはいられません。彼らを見守っているであろう死者の存在が、一握りの勇気を与えてくれたら、また復興に心を寄せている多くの人々には、手を差し伸べる原動力となってくれたら…と。

【橘春花】
撮影の時は9歳でした。この映画で、私がぜひ伝えたい事は二つあります。一つは、家族や友だちがいてくれる事は、当たり前じゃないんだ、という事です。伝えたい、助けたいと思った時には、もう手遅れになってしまう事があるかもしれない。だから、もしかしたら…今日が最後になっても後悔しないように、ありがとうや大好きを、今伝えてほしい、という事です。もう一つは、亡くなった人達は、きっと傍で見守っていてくれる、ということです。見えたり、言葉が聞こえたりはしないけれど、きっと見守ってくれているのだろう、と気付きました。

【白樹栞】
私が吉永小百合さんの映画に出ていたころからだいぶ時代が変わって、機材も、監督の演出も。おばあさん役だから、白髪で化粧もしないのかと思ったら、監督はちゃんとメイクして下さいって。そうか、今のおばあさんは若いから、もっと若く見せないとリアルじゃないんだなと。春花ちゃんたち姉妹のお祖母さん役をやりましたが、今、春花ちゃんの言葉を聞いて、その成長と言葉に感動してしまいました(と涙をぬぐう)。私も昨日、演劇でとてもお世話になった仲間の加藤武(俳優で文学座代表)が亡くなって、大切な人の死を身近にして、春花ちゃんの言葉が胸に響きました。女優人生はじめてのサイレント映画です。普段は舞台で、台詞で芝居をしているので難しかったです。

【落合篤子プロデューサー】
震災、被災地のことを忘れない、思いを寄せ続け、情報を知り、私たち一人一人が何ができるかを考えることが、被災者以外の人達にできること。この映画を通じて、観た方が被災者の方々、大切な人を喪った人達に思いをよせる、その一端となれたら。そして、災害にかぎらず、大切な人を亡くす悲嘆、誰もに起こりうる、普遍的なテーマの作品です。映画を観て、生きている方、亡くなった方ともに、ご自分の周りの人、大切な人のことを思い、また自分の思いを伝えようと感じていただけたらと、願っています。

「シロナガスクジラに捧げるバレエ」は8月26日まで、全国に公開を広げるためにクラウドファンディングをMotion Gallery(モーションギャラリー)にて実施中だ。 https://motion-gallery.net/projects/kujirafilm