ザ・ビーチ・ボーイズの中心メンバー、ブライアン・ウィルソンの栄光と苦悩の半生を、本人公認のもとに映画化したドラマ『ラブ&マーシー 終わらないメロディー』が、8月1日(土)よりいよいよ全国ロードショーされます。「サーフィン・U.S.A.」、「素敵じゃないか」、「グッド・ヴァイブレーション」──誕生から半世紀を経た今も、時代を超えて愛され続ける名曲を生み出した、ザ・ビーチ・ボーイズの中心的存在ブライアン・ウィルソン。なかでも発表当時は斬新すぎてファンや評論家を戸惑わせた「ペット・サウンズ」が、現在ではポピュラーミュージック史上不世出の傑作と称えられ、ポール・マッカートニー、山下達郎、村上春樹も絶賛したというのも有名な逸話だ。だが、それらの曲を作っていた時、ブライアン自身は苦悩に引き裂かれ、極限まで壊れていた。いったい何がそこまで彼を追いつめたのか?それでもなお天使の歌のごとき美しいメロディーが生まれた理由とは?数々の名曲が彩るブライアン・ウィルソンの衝撃の半生が、本人公認のもと、初の映画化!
その公開を記念したトークショーが、7月28日(火)にタワーレコード渋谷店 B1F CUTUP STUDIOにて開催されました。音楽評論家の萩原健太、音楽家の高田漣といった自他ともに認めるザ・ビーチ・ボーイズ・マニアが集い、マニアや初心者それぞれに向けてブライアンやバンド、本作の魅力についてたっぷり語り尽くしました。

開催日時: 7月28日(火)21:30〜23:00
会場: タワーレコード渋谷店 B1F CUTUP STUDIO (東京都渋谷区神南1-22-14)
出演: 萩原健太(音楽評論家)、高田漣(音楽家)
MC: 内田正樹(ライター/エディター)
 

萩原健太氏は満面の笑みで「ビーチ・ボーイズの話ができるのが嬉しくて仕方ないんです」と語り、一番最初に本作を観た時の感想を「最初に観た時はストーリーが頭に入らないぐらいでした」と振り返り、「今まで写真でしか見たことのない場面が動いてる!あ、動いてる!よく出来てるなーっていう感じで」と語る。高田漣氏は、「ビーチ・ボーイズのことをよく知っている方にとってはストーリーもご存じの話もいっぱいあると思うんですが、映像では見たことがないから、ドキュメンタリーを見ているような感じでした」と振り返る。
ビーチ・ボーイズとの出会いについては、萩原氏は「僕は全盛期からは乗り遅れてるんです。ビーチ・ボーイズのアルバムを初めて買った1969年はそれこそ最底の時代(笑) 学校の友達は誰も聴いてないし、LPを貸して“どうだった?”と聞いても“インストの曲がよかった”とか・・・ビーチ・ボーイズはコーラスグループなのにそんなことさえ言われていた時代で。だから学校では他のアーティストの話題で盛り上がって、家に帰ってずっと聴いていました。ビーチ・ボーイズの評価が上がったり下がったりしながらも、最初が最底だったから、どんな時でもその頃よりはいいし、こんな映画までできて嬉しいんです」と語る。高田氏は、「僕は中学の頃から聴きはじめたんですが、父がヴァン・ダイク・パークス(「スマイル」のプロデューサー)と共演したこともあって、勝手に親戚のおじさんのような気持ちでいました。その頃は「ココモ」もヒットしてたし、自伝も出たりと、映画の中の80年代として描かれていた時期がまさに僕がファンになった頃の時代なんです。」と振り返る。萩原氏も続けて、「その頃ブライアンはビーチ・ボーイズには参加していないし、彼が初めてのソロアルバムを作って『ラブ・アンド・マーシー』もあったけど、圧倒的に売れたのはビーチ・ボーイズの方で、そういう皮肉はあったんですが・・・」と振り返る。
萩原氏は「この映画はポール・ダノが演じていた60年代とジョン・キューザックが演じていた80年代が同時進行でパラレルワールドみたいに描かれるんですが、僕もリアルタイムで60年代のブライアンがどういう悩みを抱いて曲を作っていたなんて当時は知らなかったんです。80年代にどんな苦労をしてたのか知ってきた頃に同時に60年代の頃の悩みについて知ったり、この映画の描き方は僕にとっては納得がいくんです」と語る。
本作の再現の忠実性について、萩原氏は、「ブライアン・ウィルソンはロスのゴールド・スターというスタジオをよく使ってたんですけど、このスタジオはもうないんです。それでこの映画では再現したんです。」と切り出すと、トークの内容に合わせて本作の場面写真が次々とスクリーンに映し出され、萩原氏は「我々が見たことある写真っていうのは、後ろに写ってるこのカメラマンが撮ってる、間違いなくこの位置からのものなの。本当に芸が細かい!」など、マニアさえ唸らせる要素が多くちりばめられていることを興奮気味に説明。
また、萩原氏はポール・ダノへの演技コーチを担当したダリアン・サハナジャ(ブライアン・ウィルソンバンドのキーボーディスト)と本作について詳しく話したことがあるといい、ピアノの鍵盤やベースの弦の抑える位置に至るまで詳しく教え、「彼は若いし最初はそんなにビーチ・ボーイズのことを知ってた訳じゃないんだけど、今回勉強してすごくハマったらしくて、映画ができる前に“ポール・ダノがすごくいい!”と聞いてました」と彼に期待を寄せていたという。具体的には、ブライアンのピアノの弾き方のクセなどまで訓練をしていたのだそう。続けて、「ダノの演技がすごくいいんです。ブライアン本人はかわいいと言えばかわいい人だけれど、どう受け止めたらいいのか分からない複雑さもある。ダノが演じることによってそういう内面がすごく分かりやすく伝わってくる」と説明した。
萩原氏は、この映画の大きな魅力として「60年代と80年代という2つの時代を交互に描きながら、もうひとつ現実の世界として今でもツアーに回っているブライアンがいるということがあって、3つの世界を同時に感じることができて、そこが面白いんです。」と語り、高田氏も「本人に似てる似てないを超えて、次第に違和感なく入ってくるんです。」と付け加えた。

映画を観る前に予習として聴いておくべき楽曲として、萩原氏は、この映画に出てくる「ペット・サウンズ」から当時完成させることができなかった「スマイル」を挙げ、「66年〜67年あたりの楽曲は聴いておいた方がいいと思うのと、『ペット・サウンズ』のサウンドの何が画期的なのかというと、その少しのビーチ・ボーイズからの進化なんです。だから、『サーファー・ガール』や『オール・サマー・ロング』あたりのバンド黄金期のサウンドを聴いた上で映画の時代の作品に入っていくと映画の全体的な流れが分かりやすくなると思います」とレコメンドしてくれた。
さらに、仮想敵としてのビートルズという存在について、萩原氏は「ビートルズの『ラバーソウル』に触発された作ったのが『ペット・サウンズ』でなんです。ビートルズがメンバー間で役割を分担して時代の先へ先へ行こうとしていたのに対して、ブライアンは、曲を書いてアレンジもしてプロデュースもと全部ひとりでやっていてアメリカ音楽のルーツに向かって内へ内へと突き進んでいく、時代と全く逆行する、自分達を見つめ直すような曲を目指していたんです。当時それはイケてたものではなかったと思うんです。でも、逆に言うと今聴くと時代を超えて評価することができる。当時、ブライアンはそれを作ろうとしてたんですよね」と説明。高田氏は、「ビートルズ以降の音楽ってダビング芸術になって録音を重ね合わせる多層性に向かっていきましたが、ビーチ・ボーイズそれを同時にやろうとしてスタジオには人がどんどん溢れかえっていった。それはある意味、前近代的な撮り方なんですよね」と音楽的見地を披露。
高田氏は、「そういう風景の再現って、誰が楽しいだろうって作り上げるデザイナーとかいろんなスタッフなんでしょうね。当時のレコーディング風景の音や会話なんかが多く残されているけど、それとうまく組み合わさってて」と語り、萩原氏は「残っている音源と映画のために撮ったものが入り乱れてるんです。映画の中でもブライアンの過去が去来するようなシーンでそういうものがたくさん出てくる。トリビアクイズとかやったら面白いだろうねー」を語った。

最後に、本作を通じて初めてビーチ・ボーイズやブライアンと出会うことになる観客に向けて、高田氏は、「僕たちマニアにとってはある種の納得と確認の作業だったりするんですが、初めての人にとってはもっと衝撃的かもしれないですね」と語り萩原氏も、「そういう人の方が面白く感じられるのかもしれない。羨ましいです(笑)」と語り、萩原氏は、「ビーチ・ボーイズに影響を受けて、この時代はサーファーバンドが本当にたくさん誕生しました。でも、その皆が消えていってビーチ・ボーイズだけが残った。その意味は何なのかというと、明るいようにみえる曲の内側にはある苦悩や夏の夕暮れを思わせる切ない感覚とか、深い内省的なものが曲の中にあったからなんです。この映画を観ればその意味が分かると思います」と締めくくった。