この度、トルコが誇る巨匠ヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督作『雪の轍(わだち)』が6月27日(土)より、角川シネマ有楽町および新宿武蔵野館ほか全国順次公開する。メガホンをとったのは、これまでカンヌ国際映画祭で2度のグランプリと監督賞を手にし、そして本作では見事、第67回カンヌ国際映画祭にてパルム・ドール大賞を受賞致したトルコの巨匠 ヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督。トルコでは現代美術を目指す者は必ずジェイランの道を通ると言われるほどの影響力を持ち、世界中の映画祭で数多くの賞を獲得する巨匠として知られるジェイラン監督ですが、これまで日本で劇場公開されることはありませんでした。ジェイラン監督初の日本劇場公開作となる『雪の轍(わだち)』は、チェーホフの作品をモチーフに、監督が愛してやまないロシア文学の要素が存分に盛り込まれていることから、この度、『雪の轍(わだち)』公開記念としまして、”ロシア文学者・沼野充義氏が読み解く『雪の轍(わだち)』で描かれるロシア文学”と題したトークイベントを行いました。

(イベント実施概要】
■日時:6月21日(日) 15:00〜 
■会場:紀伊國屋 新宿南店
■トークゲスト:沼野充義氏(ロシア文学者)
1954年、東京生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科・文学部教授(現代文芸論、スラヴ語スラヴ文学研究室)。東京大学教養学部教養学科卒、同大学人文科学研究科大学院を経て、フルブライト留学生としてハーヴァード大学大学院に学ぶ。著書に、「屋根の上のバイリンガル」、「W文学の世紀へ」、「徹夜の塊 亡命文学論」(サントリー学芸賞受賞)、「ユートピア文学論」(読売文学賞受賞)、訳書に、レム「ソラリス」、ナボコフ「賜物」など。文芸評論、翻訳、日本文学の海外への紹介にも積極的に取り組んでいる。

トークレポート

『雪の轍(わだち)』を一足先に鑑賞した沼野氏は、「凄い映画だった。登場人物の会話を軸に物語が進んでいき、3時間16分という長尺ですが、最後まで飽きさせない。」と大絶賛。
本作がチェーホフをモチーフにしていることについて、「チェーホフは日本でも劇作家として有名で、毎年チェーホフの作品が上演されていますが、本作でジェイラン監督がモチーフしたのは、「妻」、「善人たち」という短編です。チェーホフは、短編を数百本書いており、短編の世界的な名手ですが、この2作は一般にあまり知られていません。」とジェイラン監督がチェーホフマニアであることが明らかに。

「チェーホフだけでなく、ロシア文学を愛しているジェイラン監督だけあって、劇中いたるところにその要素がみられます。私としては、ドストエフスキーの色合いが濃いように感じていまして、裕福な主人公アイドゥンは、悪い人間ではないが、他人に関心がない。貧しい民であるイスマイルという男は、困窮しており、無能だが、自尊心があるという登場人物たちの設定など、「カラマーゾフの兄弟」と「白痴」を基にしていると思います。」と語り、「人間の魂というものは不条理なところがあり、愛と憎しみなど相反するものが同居しています。貧しいイスマイルが巨額なお金を恵まれた時、受け取るか、受け取らないか、せめぎ合う葛藤など、対立する、同居できないものを一緒にさせるというところもドストエフスキー的です。また、チェーホフとドストエフスキーはロシアでは神のような存在でして、二人の作品を融合させることができたのもトルコ人の監督だからこそだと思います」と力説した。

「その他にも、カミュやシェイクスピアも要素もありまして、主人公が経営するホテル名はホテル・オセロで、これはシェイクスピアの戯曲「オセロ」からきていると思いますし、劇中には「リチャード三世」の台詞も出てきます。元舞台俳優という設定の主人公の部屋には「カリギュラ」のポスターなどが飾られていますし、ジェイラン監督自身がシェイクスピアに思い入れがあるのではないでしょうか。」と語った。

今回日本劇場初公開を記念し、「トルコ映画の巨匠 ヌリ・ビルゲ・ジェイラン映画祭」が9月に開催も決定し、その映画祭に先立ち、公開直後の7月8日(水)に、ジェイラン監督作品の特別上映とレクチャー、トークを合わせたプレイベントの実施も決定している。プレイベントと映画祭での上映作品で、ジェイラン監督の長編全7本が網羅できるという、またとない貴重な機会。6月27日から公開の『雪の轍(わだち)』上映にジェイラン映画祭と、今後ますますヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督から目が離せません!