この度、フランス時間5月18日(月)12:00よりカンヌ国際映画祭クラシック部門(以下、カンヌクラシックス)で『残菊物語』デジタル修復版(1939年製作、英題:THESTORY OF THE LAST CHRYSANTHEMUM)がSalleBunuel(ブ二ュエルホール)にて盛況のうちに上映を終えました。

『残菊物語』は、溝口健二監督のワンシーン、ワンカットの技法の完成度を一気に高めた作品といわれています。脚色の依田義賢氏は本作について、溝口健二監督が『映画映画していてはだめだと言った。(中略)『花柳はいくらでも持続した演技は出来るのですから』と言った。後でわかったのだが、舞台で演技をしてきた花柳さんを生かす道は舞台的に撮ることだと考えていたのである』と書いています。(キネマ旬報別冊日本映画シナリオ古典全集別巻より)
溝口健二監督はその後3作品が3年連続ヴェネチア国際映画祭で受賞するという快挙を成し遂げており(『西鶴一代女』1952 年国際賞、『雨月物語』1953 年銀獅子賞、『山椒大夫』1954 年銀獅子賞)世界的にも有名な監督の一人です。
修復は 4K スキャン、2K 修復、2KDCP を制作しました。可燃性フィルム時代に製作された作品であるため、オリジナルから数世代を経たネガ、マスターポジを 4K でスキャニング、傷の修復やユレを補正し、画調を整え修復を行いました。音声は、保存状況が原因のノイズをクリアにしたデジタル修復版がここに完成しました。

カンヌ国際映画祭での上映は、画・音ともに現在のデジタル修復技術によって蘇った『残菊物語』デジタル修復版のワールド・プレミアとなり、本年創業 120 年を迎える松竹にとっては 2012年から 4 年連続クラシックス選出の快挙となりました。
上映前には、松竹株式会社代表取締役社長迫本淳一の挨拶に続き、ゲストに是枝裕和監督を迎え、上映前のプレゼンテーションをしていただきました。

【是枝裕和監督のプレゼンテーションの内容】
2年前の小津安二郎「秋刀魚の味」のプレゼンターに続くプレゼンターを任させれまして非常に自分の上映より緊張してここにやって来ました。
この部門を作っていただいてこのように毎年、映画史に対するリスペクトの念をきちんと表現されている映画祭のみなさまに感謝を伝えたいと思います。ありがとうございます。
溝口健二の研究家でもないですし、それほど多くの作品を観ているわけでもないですのでここで語ることはかなり個人的な話になることをお許しください。
ここ数年歌舞伎の勉強を自分なりに始めていまして、その段階で今日上映されるこの溝口さんの素晴らしい「残菊物語」をこの数年繰返し繰返し観ていたという偶然があり、これも何かひとつの縁だろうと思ったのが一つの理由です。

もう一つは僕の「ワンダフルライフ」という映画に香川京子さんという女優さんに出ていただいてまして香川さんは溝口の「近松物語」に主演されています。その香川さんから撮影が終わった後に「古いポスターがあるんだけれど、いるかしら」と言われて、小津の「東京物語」と溝口の「近松物語」「山椒大夫」という彼女の出た日本映画史の3本の傑作の公開当時のポスターをいただいて、今、僕の自宅に3枚が飾ってあります。ここで溝口の上映プレゼンターを断ると僕はそのポスターを飾る資格がなくなるのではないかという、そういう恐怖からここへやってきました。(会場に笑いがおきました)

作風に共通性を感じておられない方が多いと思われるのですが、空間の中で人間をどう動かして、カメラをどう動かすかという監督の職業を突き詰めて考えていくときに、やはり、最終的に溝口の名前というのは考えざるをえない存在だなと最近よく考えています。香川さんが溝口の演出について語った言葉がいろいろなところで紹介されているのですが、そのひとつに現場で役者に対して「反射してますか」と「反射してください」と繰返し役者に話すということを聞いたことがあります。反射ということは演技の基本であるという溝口さんの考え方を僕なりにとらえた結果と言ってもいいと思うのですけれど、僕自身も自分の撮影の現場で用意してきたものをそこで再現するのではなくて、そこで生まれたものに自分が反応していく、役者の芝居に反応していく、役者同士も相手のセリフに反応していく、その瞬間瞬間の反応の連続が演出というものにつながっていく、映画撮りにつながっていく、そういうような撮影現場の捉え方というのを僕はしてきているのですが、そのあたりは溝口さんの「反射してますか」という言葉とつながっているような気がします。
みなさんがご覧いただく作品について僕が多くを語ることは失礼にあたると思うので、「残菊物語」については、一つだけお話しすると、溝口の多くの作品の中に描かれる非常に重要な瞬間というのがあって、それは最高に幸せな瞬間ととても不幸な瞬間というのがひとつの画面のなかに同居している。端から見ていると非常に不幸なんだけれども、本人たちは幸せであるという感情を二重に重なり合わされている形で登場している、そういう瞬間がよくあります。

この映画のなかにも自分が最初に使用人として入った家で最終的には妻と呼ばれる存在となる一組の夫婦が、夫は舞台の上にいて、妻は舞台袖でその夫の芝居を見ているその瞬間、今お話したような非常に複雑な残酷なシーンがあります。そこを見るたびに僕はいつも鳥肌が立つのですけれども、そんな非常に溝口的な瞬間が随所に現れている作品だと思いますので、是非ごゆっくりご覧ください。

【是枝裕和監督】: 今回のコンぺティション部門に正式出品『海街diary』の監督。1995年、初監督した映画『幻の光』が第52回ヴェネツィア国際映画祭で金のオゼッラ賞等を受賞。2004年監督4作目の『誰も知らない』がカンヌ国際映画祭にて映画祭史上最年少の最優秀男優賞(柳楽優弥)を受賞し話題を呼ぶ。2013年『そして父になる』で第66回カンヌ国際映画祭審査員賞他国内外の賞を多数受賞。

<<観客の感想>>
「かなり古い作品なのにきれいに修復されていたクオリティも素晴らしかった。森赫子の演技が秀逸だった。」20 代男性(アメリカ)
「最高でした!」50 代女性(フランス)
「とても楽しめました。普段、日本の歌舞伎や歌舞伎座のことを知る機会がないけれど、その機会を提供してくれたことに感謝します。」60 代女性(フランス)