●5/9、水井真希監督『ら KEPT』が第七藝術劇場公開初日を迎え、プロデューサーである西村喜廣さんと上映後のトークショーに登壇した。約10年前、暴行拉致事件の被害者となった水井さんがその体験を映画化したのが本作。
「性犯罪に対する良くないよという真面目なテーマと、映画としてのエンターテイメントを意識して作りました。ご覧頂きまして有難うございます」
 事件の当事者ならではの緊迫感溢れる演出。重たい余韻が残る観客達に、だからこそ舞台挨拶は楽しくやりたいと水井さん。
「今は楽しく生きてますよってことを、最後に記憶の一番上に乗せて帰ってください」と明るく語り、劇場内の雰囲気をほぐしていった。

●2年前、東京近郊にて5日間で撮影されたという本作。映画制作のきっかけは西村さんが社長を務める特殊造形の西村映造に所属しつつ女優、グラビアアイドルといった活動をして来た水井さんが、西村さんに映画を撮りたいと相談したことだった。しかも題材は、十代の頃に自分が実際に体験したことという。
「一生に一本しか作れない映画だと思うんですよ。すごく貴重な映画」と西村さんは語る。

 制作にあたっては、西村さんがメガホンを取った斉藤工さん主演『虎影』(6月公開予定)のスタッフが参加。「初監督にして凄く恵まれた環境でした。プロのスタッフさんの中でやれたので」
水井さんをサポートした西村さんは
「久々にハイエースの床で寝た(笑)」とタイトなスケジュールを振り返った。

●東京、名古屋ではすでに公開済みの『ら KEPT』。水井さんは、映像関係者からの反響を取り上げ、
「“凄く緊張している場面なのに、何故か馬鹿馬鹿しいみたいな空気感は想像では書けないね”って言われました」

 西村さんは
「脚本家が書くと、どうしても文章的にも言葉的にもまとめようとする。そう言ったものと全然違う会話になってるような気がするんですよね」
と『ら KEPT』のセリフがもたらす緊張感について語った。

 セリフの中でも「○○ってアイドルグループ知ってる?」といったものは、リハーサル時のアドリブから作り上げていった。次第に下ネタに振ろうとする男と、内心嫌がりながらも笑顔で軌道修正していこうとするマユカの力関係を表したという。
 また、実際の会話をそのまま活かしたシーンも多々ある。犯人の言葉に対する水井さんの実際の受け答えを忠実に再現することで、観客は恐怖の一晩を追体験することになる。

●そういった現実と創作のバランスを熟考して作られた『ら KEPT』のもう一つの見所は、主人公マユカの心象風景だ。助けを求めて手を伸ばし、掴んだ花で火傷を負ってしまうカットがある。警察のマークである旭日章(きょくじつしょう)は朝日を象ったものだが、水井さんは花だと思っていたという。その勘違いを活かして西村さんが黄色い花の造形を手掛けた。
「味方だと思ってたものが実際は味方じゃなかったと表現しました」

 映画の中では警察に通報し、その対応に「もういいです」と諦めるが、実際は警察に電話した際にたらい回しにされたという。
 110番すると「警察署に電話してください」と言われ、最寄りの警察署に電話すると「事件が発生した場所の警察に行ってください」と言われた。地図で場所を調べ、該当の市区町村の警察署に電話し説明すると「ここは受付なんで刑事課に回しますね」と電話を転送された。刑事課の担当者に一から説明するも、「じゃあ明日親御さんと一緒に警察に来てください」と言われた。ここで気持ちが折れ、それから実際に水井さんが被害届を出したのは3ヶ月後だったと言う。
 そして第二、第三の被害者が出た。第一の被害者である水井さんに肉体的な被害はなかったが、それによって長い間、罪の意識に苦しめられて来た。

「そういった問題点もこの映画は描いているんです」という西村さんの言葉を受け、水井さんは
「当時は17歳で戦い方を知らなかったんですね。警察に電話したら全部やってくれるに違いないと思っていたけど、そこまで積極的にはやってもらえなかった」

 犯人に直接繋がる証拠がなかったため、犯人逮捕まで数年かかったという。
「その間に地域の地図をコピーして、犯人の家を探しに行きました。お姉ちゃんに頼んで車でその辺り一帯を走ってもらったり。超無駄なことをしてたんです」

●ハードな話が続いたため、「ポジティブな話をしよう」と仕切り直した西村さん。劇場ロビーに張ってある映画監督の園子温さんが当時水井さんにインタビューした記事の紹介した。その出会いがきっかけで水井さんは園さんの脚本の清書を担当するようになったという。園さんと西村さんは28年来の友達で、『奇妙なサーカス』で西村さんが美術や特殊メイクを担当し、初めて水井さんと会った。それから水井さんが西村造形のアトリエに来るようになり、アシスト、女優、映画監督と現在に至っている。

「言ってみればその事件がきっかけで現在に繋がってるもんね」

「あんまり腑に落ちてない(笑)」と反論する水井さん。

「私、映画業界に入るまではもの凄い運が悪くて色んな事件や嫌なことに巻き込まれでばかりの人生だったのに対し、園さんと出会って映画人生が始まって、トントン拍子で物事が進んでるんですよ」

「だからこれがきっかけだって(笑)」

「私の努力があったんだから。園さんが初めて会った人の名前をその日から覚えるって超珍しいのよ。私はその日から名前を覚えてもらったので、インパクトの残る話が出来たなと思うけど、それだけじゃない。私、園さんの携帯のメモリーにはずっと“リストカッター”って入れられてたの(笑)。そっちのおかげだど思ってる」と驚きのエピソードで観客を笑わせた。

●Q&Aでは女性の観客から、心象風景の中にいるマユカの脚に出来た傷の意味について質問が挙がった。

 水井さんは、暴行されり顔を切られた第二、第三の被害者たちが傷ついたことは誰もが分かるが、肉体的には無傷だった被害者が傷ついたことには、あまり気が付いてもらえないと語る。

「何もされなくてよかったねって言われるけど、何もされてなくない。心の傷って目に見えないけど、映画の中でなら目に見える傷にすることが出来るから。私の中で心の傷ってどんな形かなと思ったら、ああ言う形だったんですね。あれは特殊メイクの技術なのでプロデューサーが西村さんのお陰です」

『ら KEPT』は5/22(金)まで上映予定となっている。

(Report:デューイ松田)