全人口の4人に1人が65 歳以上の高齢者(3186 万人/平成 25 年9月 15 日国立社会保障・人口問題研究所推計)で、超高齢化社会へと突き進む日本。
 その老後をいかに幸せに生き抜くかを真正面から見つめたドキュメンタリー映画『抱擁』(監督 坂口香津美)試写会と記者会見が4月14日(火)日本外国特派員協会(FCCJ)で行われ、多数の国内外のメディアを前に、映画上映後、坂口香津美監督と落合篤子プロデューサーが登壇。本作の上映を決めた日本外国特派員協会フィルム・キュレーション・ディレクターのキャレン・セバンズさんが司会を務め、今井美穂子さんを通訳に記者会見を行った。

 『抱擁』は監督自らが当時78歳の母親に4年間、カメラを向けたセルフ・ドキュメンタリーで、2014年の東京国際映画祭日本映画スプラッシュ部門で上映されると、「力強く、胸を締め付けられるような悲しい場面もあるが、驚くほどユーモアにあふれている」など、衝撃のあとに押し寄せる深い感動と涙が観客を包み話題を呼んだ作品。
 4月25日(土)からの渋谷のシアター・イメージフォーラムでの公開を前に、坂口香津美監督が母を主人公に据えた映画が今、日本で公開される意味などについて語った。
 『抱擁』は、母親の坂口すちえさんの深まる老いの中、長女と夫を失った後に精神のバランスを壊し、苦悩する悲嘆の生々しい描写、そして郷里の鹿児島県種子島に40年ぶりに帰り、妹のマリ子さんとの共同生活の中で精神の快復を遂げる様子が鮮烈に映像化されている。

外国人ジャーナリストからも感動と共感の声があがり、母親を撮影した理由から、日本の介護システムや高齢化社会への監督の意見についてなど、熱心な質問が坂口監督に寄せられた。
 実の母親にカメラを向けたきっかけは、母親が「一日に何回も救急車を呼ぶので困っている」という父親の諭さん(当時84歳)からの電話だった。「かけつけると、部屋中に精神安定剤がちらばり、母親は狂乱状態にあった」。坂口監督は両親の住む団地の別棟に越して、両親の生活に深く関わるように。
「カメラを母親に向けたのは偶然。父が入院し、精神が混乱している母親との日常に介護者である私自身もすっかり疲弊困憊していました。取材に出かけられない日が続いたある日、カメラを手入れしていた時、ふとレンズを母親に向けた時、ファインダーに映る母親の姿が小さく弱々しく見え、たまらなく愛おしく見えました」
 その後、4年間、坂口監督のカメラは母親の日常を記録。映画化を考えたのは、「老人ホームのみんなに(撮った映像を)見せて欲しい」との母親の言葉だった。故郷の種子島に戻り、様々な人々と関わる暮らしのなかで、ようやく笑みを浮かべるようになった母親の変化に映画化を決意したという。
「戦前戦中戦後に青春時代を過ごし、結婚、子育て、そして高度経済成長の波に巻き込まれるように上京し、今人生の晩年を迎えている母親の姿は、多くの日本人の縮図であり、2025年、団塊の世代が70歳を迎える時、津波のように寄せる高齢化の予兆ともいえると思う。極私的な母親の日常を社会化(映画化)することには大きな意義があるように今は感じています」(坂口監督)

 また、映画とともに注目を集めているのは、坂口監督が4年間の母親の撮影で見出した「老後を幸せに生きるための10の言葉」だ。「一人の信頼できる友を持つ」など精神の混乱から快復した母親を間近で見つめた監督ならではまなざしが光る。

 最後に、『抱擁』は6月、フランクフルトで開催される世界最大の日本映画祭ニッポン・コネクションのコンペティション部門「ニッポン・ビジョンズ」のオープニング作品に選ばれたことも発表された。
 坂口監督はこれまで200本のテレビのドキュメンタリー番組を制作、映画は本作も含めて6本監督。逆境に生きる人々の姿を独自の視点と映像美で表現している。次回作は、津波で家族を失った幼い姉妹の心の旅路を描く劇映画『シロナガスクジラに捧げるバレエ』(音楽 海野幹雄・新垣隆)が今夏、渋谷のユーロスペースにて公開が決まっている。

映画『抱擁』
2015年4月25日(土)から シアター・イメージフォーラム(渋谷)
6月13日(土)から 大阪シネ・ヌーヴォ、
7月18日(土)から 鹿児島ガーデンズシネマ
初夏 名古屋シネマテーク、他、全国順次ロードショー