日本国内の観客動員数が50万人を突破し、大ヒット上映中の『紙の月』(英題:Pale Moon)が、イタリアのトリノで開かれている第32回トリノ映画祭「Festa Mobile」部門にて上映されました。吉田大八監督が現地入りし、11月28日(金)(現地時間)、公式上映と記者会見に出席しました。
すでに本作は、第27回東京国際映画祭観客賞、同最優秀女優賞(宮沢りえ)、第28回山路ふみ子女優賞(宮沢りえ)、第39回報知映画賞最優秀主演女優賞(宮沢りえ)、同最優秀助演女優賞(大島優子)の5冠を獲得する快挙を達成。絶賛の声が高まっている中、国境を越え海外でも注目が集まっています。

記者会見 11月28日(金)13:00〜(現地時間)
記者会見には、本作の注目度を表すように、世界各国から数多くの報道陣が集まりました。会見に出席した吉田大八監督は、同映画祭への参加の喜びや、本作に込めた想いなどを語りました。

Q:『紙の月』の英語のタイトルは「Pale Moon」ですが、直訳ではないのはどうしてですか?
A:直訳すると「Paper Moon」ですが、既に「Paper Moon」という、すごく有名な映画があります。それに、「Paper Moon」にすると、『紙の月』の映画の実際の雰囲気より、少しFunnyに伝わるような気がしました。
映画の中でも登場する、空が明るくなりかけた時の儚い、消えてしまいそうな月のイメージが、「Pale」という言葉で表現できると思い、「Pale Moon」と名付けました。

Q:『紙の月』の主人公は女性ですね。日本の作家、溝口健二監督、小津安二郎監督などの映画でも、彼らの女性像が作品の中でポイントとなりますが、日本の古典的な映画の要素、女性像を『紙の月』に取り入れたということはありますか?
A:かつての映画の中の女性像というのは、実際、それらの映画を通じて、私も経験していますし、影響はおそらく受けていると思います。しかし、『紙の月』は、2014年の今に作っている映画です。私が普段に接している女性たち、そして、原作の小説の中で生きていた女性たちのことを考え作りましたので、あえて、過去の作品のどれかの女性像をモデルにしたということはありません。

Q:主人公の梨花は映画の中でいろんな関係を持ちます。例えば、彼女の仕事上でのお客さんとの関係、そして、希薄な間柄となってしまった夫との関係、そして、自分の全てを託したと言ってもいい青年・光太との関係。光太との新しい関係によって、彼女は、自分の日常やそれまでの生活の中でのルールを全てぶち壊してしまいます。それがとても興味深かったのですが、登場人物たちの関係性のどこに重点を置きましたか?

A:この映画で、登場人物を善悪の基準で裁くということは考えていませんでした。梨花がしたことは法律、また、道徳的には、許されないことかもしれません。また、日常が壊れるという言い方もできると思いますが、むしろ、窒息してしまいそうになっていた彼女の日常に風穴があいて、彼女がやっと自分で呼吸ができるようになったというふうにもとらえることができると思います。自分を覆っているものを少しずつ剥ぎとっていき、彼女がどうやってすっきりしていくか。現実の中では、それは取り返しのつかない破滅につながるかもしれませんが、映画では彼女が‘爽やかに’破滅するためには、誰と出会って、どういう関わりをもつのがいいのか、それを考えて、登場人物の人間関係を作っていきました。

Q:梨花の行為の原因は、光太への愛でしょうか?それとも、彼女が元々抱いていた、不幸、不満なのでしょうか?
A:私の考えでは、光太との出会いというのは、あくまできっかけで、彼女の行為は、彼女が本来の自分自身に戻っていく過程、プロセスだったと思っています。

Q:映画の中の女性像に日本ではどんな意見がありますか?
A:日本では賛否両論です。梨花を絶対許せないという女性はすごく多いし、反対に、とても共感するという女性も多い。許せない、もしくは、共感するという反応がそれぞれ激しい。イタリアの人がどう思っているのかすごく興味があります。
(それを受け、質問した記者から「梨花に共感します」との一言。吉田監督から笑みがこぼれる一幕も。)

公式上映 11月28日(金)19:45〜(現地時間)
公式上映のチケットは早々にSOLD OUT。当日は、冷たい雨が降りしきる悪天候にもかかわらず、世界中から集まった観客約450名で会場は満席に。上映前、観客を前に舞台挨拶を行い、温かい拍手で迎えられた吉田監督。
イタリア語で「こんばんは。トリノに来くることができてとても幸せです。」と挨拶し、日本語で、「昨日、Studio Olimpicoでサッカーの試合(トリノ対クラブ・ブルージュ)を見ましたが、相手チームのキーパーの調子が良くて(引き分けてしまい)すごく残念でした。」と続けると、地元トリノの観客からはさらなる拍手が起こりました。
「今日は天気が悪い中、こんなにたくさんの方が『紙の月』を観に来てくださって、すごく感激しています。この映画は、現在の日本ではなく、20年くらい前の銀行を舞台にしています。女性がお金を使っていく中で、どう変化をしていくか、そういうことを表現したくて作りました。楽しんでください。」と締めくくりました。

上映後、会場には拍手が響き渡り、吉田監督のもとには女性を中心とした大勢の観客が詰めかけ、「Molto bene!(すごく良かった)」「Molto bello!(とても美しい)」との絶賛の声が寄せられました。

<トリノ映画祭とは>
トリノ映画祭は、イタリアのトリノで毎年開催されている国際映画祭。32回目を迎える今年は、11月21日から29日まで開催される。
トリノはヨーロッパ映画発祥の地のひとつとも言われており、街全体に映画という文化が深く根ざしている場所でもある。
『紙の月』が上映されたのは「Festa Mobile」部門。同部門では、過去にクリント・イーストウッド監督『ヒアアフター』、ダスティン・ホフマン監督『カルテット!人生のオペラハウス』、ジョー・ライト監督『アンナ・カレーニナ』、ジョエル&イーサン・コーエン監督『インサイト・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌』、日本映画では園子温監督『希望の国』などが上映されている。 

<近年トリノ映画祭で上映された主な日本映画(他部門含む)>
2009年 大島渚監督 特集上映
2011年 園子温監督 特集上映
「朱花の月」(河?直美監督)
「未来の記録」(岸健太朗監督)
2012年 「100万回生きたねこ」(小谷忠典監督)
      「11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち」(若松孝二監督)
      「希望の国」(園子温監督) ※Festa Mobile部門
2013年 「戦争と一人の女」(井上淳一監督)