上映後トークショー
(トークゲスト:早織(⼥優)、松崎健夫(映画⽂筆家)、中井圭(映画解説者/「ナカメキノ」ディレクター))

早織:やっぱりこの作品の緊迫感は⽬が離せないですね!そして、私はポール・ダノが好き!(笑)。声も忘れられなくてとても良い俳優さんですね。
中井:観たくないものがたくさん映り、それが 150 分以上続くという映画はそうそうないですが、観てしまうんですよね。
松崎:「どんなに⾊んな事に備えようと、⼈⽣は⾃分の想像を遥かに超えたとてつもないことが起こる」ということが描かれている作品。⾃分たちの⼈⽣に置き換えると、平穏な⼈⽣なんてなくて、イヤなことは必ず起こるけれど受け⼊れていかなきゃいけない、そんな事を考えさせられますね。誘拐された家族の⽴場として、その事件に暴⼒的に⽴ち向かうのか、警察に任せるのか、また、警察の中の⼈間はどう対応するのか、または⽩⼈なのか、⿊⼈なのか、マイノリティかマジョリティか。そんな⾵に⾊んな⼈が登場して、ただステレオタイプを描こうとしてるだけじゃないところが、単にサスペンスではなく⼈間ドラマがしっかりしていると感じます。「⾃分がもし同じ⽴場になったら、どんな⾵に考えるか」という点では、必ずしも娘を誘拐されてしまった主⼈公:ヒュー・ジャックマンの⾏動に共感できなくても良いんです。ヒュー・ジャックマン演じる⽗親に対して、「気持ちは分かるけれどやり過ぎだ」と、本作で弱腰の役をやっているのがテレンス・ハワードですが、多くの⼈は彼と同じような気持ちになるだろうと思います。⽗親の⾏動は気持ち的には分かるけれど、その過剰さを描く為にテレンス・ハワードの役を置いているところが、演出としてとても⾒事です。
中井:⽗親の⾏動は狂気ですね。ただ、この⽗親だけをずっと観せていても、観客は慣れきてしまうんですよね。
しかしそこにテレンス・ハワードのような役を置いて⾮常に普通の⼈を物差しにすることで、⽗親の⾏動がどこまで過剰になってしまっているかを知らせているんです。「⾃分だったらどうするか?」をすごく考えましたし、追い込まれ⽅によっては紙⼀重だなと思いました。
また本作は、作品全体として画⾯の作り⽅が絶妙だという印象です。グレーを基調にしていて基本的に画⾯は暗いけれど、緊迫感を感じました。撮影:ロジャー・ディーキンスの影響は⼤きいですよね。

松崎:ロジャー・ディーキンスはーエン兄弟の作品などを撮っている撮影の⼈ですね。最近だと、『007 スカイフォール』の撮影を担当しています。例えば本作で、⾬が雪に変わるシーンを描くことで、「警察すら⾃分を疑っているのではないか?」とそれに⽗親が気付いて⼼が凍り付くことを現しています。⼼がどんよりしているときに⾬を降らしたり。これらは撮影監督によって出来ていて、まさに演出の映画と⾔えますね。
中井:デジタル撮影でここまで出来るのだな、とスゴいと思います。また、本作は「⽰唆の映画」でもあると思います。例えば、キリスト教の聖書の黙⽰録に「笛を吹く」とあるのですが、これは「良かぬことが起きる予兆」という意味であり、それを本編で上⼿く⼊れてくるという点は、脚本も演出も本当にスゴいと思います。
松崎:この監督の前作『灼熱の魂』を是⾮観てほしいです。キリスト教の考え=⼀つの考えが正しいかどうか、我々の世の中にあることは本当に正しいことなのかどうかを問いかける作品です。本作『プリズナーズ』は囚⼈、囚われた⼈という意味ですが、ある⽇突然娘が連れさられてしまうことで、⾊んな⼈が様々な感情によって「とらわれ⼈」になっている訳なのです。
中井:本作のヒュー・ジャックマンは今までの中でもかなりシリアスな役でしたね。
早織:段々と⼈が変わっていく様⼦がスゴかったです。
松崎:監督の前作と本作との共通点は、「決定的なシーンはあまり⾒せず、観客に想像させることを優先している」というところですね。それを映画の中で出来る監督を僕は信じています。説明過多に対するアンチテーゼ。
観客は観れば分かるということを信じている監督ですね。ラストも秀逸で、全て観せなくても観客は分かる終わらせ⽅で、とてもセンスが良いですね。

中井:この作品でもし賛否が分かれるとしたら、その部分かなと思います。⾏間をどう読むのかということを分かっている⼈と、読み慣れていない⼈とでは、感じ⽅が違うことがありますね。テレビはみんなが観るものだから、誰にでも伝わるように作られますが、映画はそうじゃなくて伝わるかどうかわからないボールを投げることはある。この監督は、映画が映画たらしめているものを意識して作っていて、観客もそれを受けとってほしいなと思います。「分からなかった」ではなくて、それ⾃体を考えてみて、ということを⽰唆していますよね。
松崎:冒頭から意図的にそれをやっていますよね。不穏な状況を積み上げ、観客に刷り込んでいる。登場⼈物よりも観客が先に事実を知るということも、観客に対して「分かってください」という⾵に作っている映画だと思います。その挑戦を受け⼊れて観ることが出来れば、映画はもっと⾯⽩いと思います。
中井:『ゼロ・グラビティ』はサンドラ・ブロックが地球に戻ってくるまでをすごい映像で観せつつ、劇中で胎児のポーズをとったり、ラスト湖から上がってくるシーンなどは、「再⽣」⽰唆しているんです。映像世界がスゴいということで『ゼロ・グラビティ』を観に⾏った⼈が多いと思いますが、表層的に流れている要素よりも、分かりやすく本当のテーマを健在させて結果的にお客がそれに気付き、残るのはすごいと思います。この『プリズナーズ』も同じように、表層的なものの裏で流れているものがある。ストーリー⾃体は「犯⼈を追う」ということですが、それだけじゃないところを観てもらえると楽しいと思います。
松崎:この映画の場合はミステリーの体をとって犯⼈探しをしておきながら、「⼈間はどんな⾏動をとるか」という普遍的なこと描いているんですよね。
中井:映画はそういうことが可能なんですよね。観客を信頼してボールを投げている。
松崎:映画には⾊んな発⾒がある。⾳楽でも、不穏な⾳をつくることで「この後何か起こりますよ」という合図を送っているんです。⾳楽や、ある物の特別なアップなど、仕掛けが⾊々あります。物語や犯⼈探しを楽しむのではなく、この映画に限らず結末が分かっているものをもう⼀度観てみると、作り⼿の意図が分かるので映画の⾒⽅がさらに⾯⽩くなると思います。
中井:「画⾯の中に映っているものを捉えよ」と思っています。監督は無駄なショットは⼀つもつくりたくないので、まずは画⾯の中で起こっている事をよく観ているだけで、何気ないシーンでもきちんと意味を持たせていることが分かります。「すごいどんでん返しがあります!」という映画はすごくキャッチーですが、でもそれが映画のうまさや⾯⽩さではないと思います。⼤事なのはドリフの「志村、後ろ!」というアレです。志村の後ろで何かやろうとしているという構図は作品づくりですごく⼤事なこと。カメラが何を映したか、その吸い上げを出来ている映画こそ⾮常に上⼿い映画だと思います。サプライズは何でもつくれますが、本当に上⼿い映画は前振りをちゃんとみせて、観客に予知させるのが良い映画。この映画はそんなヒントがたくさん盛り込まれています。登場⼈物が怪しいと思わせるシーンやショットの連続性、捉えるべきものをちゃんと捉えているのが本作だと思います。

早織:ナカメキノという、こんなに良いイベントがあることが嬉しいです。⽣活が豊かになりますよね。
松崎:『プリズナーズ』をヒットさせたい!これは「オチが分かった!」という映画ではないんです。サスペンス映画は、「オチや犯⼈が分かった!」と揚げ⾜をとったようにツイートをする⼈いるけれど、それは違うと思います。この作品で、僕は途中まで犯⼈が分からなかったので話の持っていき⽅がすごく上⼿かったんだと思います。⼤スターがこれだけ出演していて、映像も素晴らしい作品です。
中井:観た後きちんと何か持って帰ることが出来る映画をこれからもナカメキノで上映したいし、ヒットさせたいです。