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■もの言わぬ馬の感情を追う
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掃除がままならなかった避難先の舎房に、新しいおがくずが敷き詰められる。
馬はザクザクとした感触を確かめるようにトントンと足を踏み鳴らし、興奮したように四肢を折って座り込むと、おがくずに身体を押し付けてゴロゴロと転げ回る。
馬の習性はよく知らなかったが、とても嬉しそうに気持ちよさそうに見えた。
馬がこんなふうに感情を露にするのだと初めて知った。

震災直後の福島県南相馬市に、津波から生き残ったものの、東京電力原福島第一原子力発電所の事故で、立ち入り禁止区域の中に馬房があったため水と食料を絶たれた馬達がいた。
『祭の馬』は、怪我でおちんちんが腫れた馬・ミラーズクエストを中心に、その数奇な運命たどることで現代社会の矛盾をユーモアを交えて描いたドキュメンタリーだ。

1月12日、十三・第七藝術劇場にて行われた『祭の馬』の舞台挨拶に登場した松林要樹監督は、
「おがくずを換えるシーンで、馬が喜んでゴローンゴローンと転がってました。砂浴び”っていうんですけど、この場面を見たときに、馬は身体全体で喜びを表現する表情が豊かな動物なんだ、映像として表現できるなと思ったんです」と語った。

松林監督は、2011年の6月から約2ヶ月に渡って南相馬市の被災馬の避難所となった施設に泊り込み、馬糞の始末や馬房の掃除、水や餌を与えたりと、最初は恐々ながら馬と接した。その中で馬が臆病な動物であるため、人間が怖がって接しているのか、扱いに慣れているのかを見抜いたり、人間と同じように馬にも個性があることに気付いたと言う。

作品中、地元の方言で「角(かど)がっている」(ツッパっている)と言われた被災馬たちの表情が、世話を受け生活が変わっていく中で次第に変わっていく。
「馬は言葉こそしゃべれないんですけど感情や動き、表情を撮っていくだけで、昔の無声映画のような形で何かを大きく説明せずに表現できるかなと作った作品です」

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■『311』から『相馬看花』『祭の馬』へ
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劇場支配人の松村氏より松林監督に向けて、第七藝術劇場でも上映された未帰還兵を描いたドキュメンタリー『花と兵隊』、そして震災のドキュメンタリー『311』から今回の作品に進んだ訳について質問があった。

※『311』
震災から2週間で森達也 綿井健陽 松林要樹 安岡卓治という4人のドキュメンタリーの作り手が、福島・岩手・宮城の3県を1週間で取材した過程を記録している。

「1週間だから早足。人間関係を作ってコミュニケーションを取りながら取材するのではなく、それこそ強奪して行くような感じで(笑)。そのことに対する後ろめたさがあって、それが映像表現だと言われたらそうでもないなというのがありました」

一番印象に残ったのは、福島だったという。
駆け寄って来た農家の方がカメラを持った松林監督に
「あんた、ここに何撮りに来たんだ。我々はここでもう一生農業は出来ないんだよ」と言った。

「他の土地の震災の被害とは違うんだなと凄く感じました」

この経験が、『相馬看花 第一部 奪われた土地の記憶』『祭の馬』という2本のドキュメンタリーに繋がっていく。
翌日、友人と再び南相馬市に支援物資を届けに行き、偶然出会った市議会議員の田中京子さんや地元にこだわって残っている人々にフォーカスした映画を撮ることにした。松林監督が得意とする形、人間関係を作って記録映画を作るやり方だ。

それとは別に馬を中心にした撮影も行った。
原発20キロ圏内にある田中さんの自宅に向かった際に、田中さんの親戚が経営している馬房で津波を生き残った馬達が、立ち入り制限で馬主が近寄れなかった2週間の間に38頭中7頭が餓死した事を知った。松林監督が捉えた馬房で立ちすくむ2頭の馬の姿や、住民が避難した家屋に空き巣が入ったり荒らされている様子が報道され、馬主が戻って来た。後ほど馬主からその2頭が死んだ事を聞かされた。そのとき受けたショックが松林監督を馬を撮ることに向かわせた。

2つの題材を分けることにしたのは
「田中さん夫妻が一時帰宅されることになって、行政からは“絶対に家財道具を持って来ないように”と言われてるんですけど、夫は勝手に持って行っちゃう。それで“お父さん何持って行ってるんだ!そんなことやってるとみんなから馬鹿にされるっぺ”って夫婦喧嘩が始まったんです。このシーンを撮った時に、ニュースでは出てこない映像だなって。それで馬のパートとは完全に分けようと思いました」
『相馬看花』は震災から約3ヶ月の期間をかけて撮影した。

松林監督は、冒頭で紹介したようにミラーズクエストを中心に馬達の様子を追い、北海道日高町での療養や、2012年7月の神事“相馬野馬追”を撮り上げ約1年8ヶ月の記録『祭の馬』を完成させた。

※『相馬看花 第一部 奪われた土地の記憶』
山形国際ドキュメンタリー映画祭2011や第36回香港国際映画祭など海外の映画祭での上映、など、オーディトリウム渋谷での公開を経て各地での上映が続いている。ドイツのNippon Connectionで審査員特別賞受賞。

※“相馬野馬追(そうまのまおい)”
「諸国名所百景」にも描かれる相馬野馬追は、平将門より始まったとされ、野馬を捕らえる軍事訓練と捕らえた馬を神前に奉納したことに由来する神事であり祭。時代とともにその姿を変えながら今日に受け継がれ、約500余騎の騎馬武者が戦国時代絵巻を繰りひろげる。

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■もうひとつの南相馬のドキュメント『馬喰』
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『祭の馬』は馬の動きや綺麗な部分にフォーカスして編集していると松林監督は語る。
映画とは違う側面から、松林監督が見て来た地元の状況をオブラート無しに書き上げたのがドキュメント本『馬喰』(ばくろう)だ。

同じ集落の中で補償金に差があることについて具体的に話したがらない傾向にあるという。
「地元の人間関係はすごい複雑。地元の人の間で原発の話もしないし放射能の話もしないんです」
また、伝統の祭“相馬野馬追”に出るために、馬の管理に月々10万円程お金がかかるという。
「馬の綺麗さを描いた『祭の馬』とは全く違う人間のドロドロした部分を描きました。地元の人たちの中でも補償の違いでゴタゴタあって。これは関心を持ってもらわないと、今後ますます忘れられて行くと大変になると思います。問題になった方がいいと思って書いてるけどなかなか反響がないんです」

馬のまなざしを通して原発事故から現在の人間社会の矛盾を写した『祭の馬』。
鑑賞後に興味を持たれたら、もう一つの南相馬のドキュメント『馬喰』もぜひ手にとって欲しい。

『祭の馬』は、第七藝術劇場では1月31日まで上映予定。
神戸アートビレッジセンターは2月8日より、京都シネマは3月より上映予定。
他、福岡県のKBCシネマ1・2、佐賀県のシアターシエマ、広島県の横川シネマ!!、名古屋シネマテーク等、順次公開予定となっている。

(Report:デューイ松田)