◆監督賞は、『エリ』を手掛けたメキシコの気鋭アマト・エスカランテが獲得!

 16日(木)に正式上映されたメキシコ映画『エリ』は、ショッキングな拷問シーンやバイオレンス描写で評価が割れ、映画祭終盤の賞予想でもノーマークだっただけに全くのサプライズ受賞であった。メキシコ・ニューウェーブを代表する若手監督のアマト・エスカランテは、2005年の長編デビュー作『サングレ』が、“ある視点”部門で上映され、国際批評家連盟賞を受賞した俊英で、長編3作目の本作は、2010年にサンダンス映画祭でNHK国際映像作家賞を受賞した脚本を映画化した。
 警官の汚職、マフィアの横行、麻薬の売買、売春などが蔓延るメキシコの片田舎。自動車の組立て工場で真面目に働く青年のエリは、老いた父親と14歳の妹、そして自分の妻と幼い息子の5人で慎ましく暮らしていた。だが、妹のボーイフレンドの見習い警官が、警察の押収品であるコカインを盗んでエリの自宅に隠したことから、とんでもない事態に巻き込まれ……。暴力が日常化する荒廃した町の殺伐さをリアルに捉えた映像に監督の力量がうかがえたものの、正直言って後味は悪かった。
 授賞式で、「勇気ある審査員に感謝いたします。これはメキシコへの希望です。これ以上苦しみがメキシコを苛まないことを祈るばかりです」と述べたアマト・エスカランテ監督は、受賞者会見では「映画は現代メキシコに対する僕の感情を表しています。僕は政治家でもなければ、メキシコを代表する人間でもありません。ただの一市民であり、たまたま映画を製作してしているだけなのです」とコメント。


●親と子の絆を繊細に描いた是枝裕和監督の『そして父になる』が審査員賞を受賞!

 18日(土)に正式上映された『そして父になる』は、〈カンヌ国際映画祭便り7〉でお伝えした通り、6歳の息子が他人の子供だと知った男が葛藤の後、改めて息子との関係を築き直しながら、自分も父親として成長していく物語。
 授賞式で、「今日、壇上に立てることを感謝し、カンヌ映画祭と審査員メンバーにお礼を申し上げます。この賞をスタッフ全員、特に俳優たちと噛みしめたいです。僕を生んでくれた父と母、そして僕を父親にしてくれた妻と娘に感謝の気持ちを述べたいです。ありがとうございました」と喜びを語った是枝裕和監督。受賞会見では、「上映前は不安でした。世界中に向けてこの映画を上映するとは全く思ってもみませんでした。と言うのも、これは個人的テーマ、疑念についての映画でしたから。そんな映画が国境を越えられるだろうかと思いました。上映されるとそうであることに気づきました」とコメント。


●脚本賞は、中国のジャ・ジャンクー監督が『ア・タッチ・オブ・シン』で受賞!

 17日(金)に正式上映された『ア・タッチ・オブ・シン』は、急激な経済成長をとげた中国社会の歪みを4つのエピソードで描いたジャ・ジャンクー監督の社会派アクション映画〈カンヌ国際映画祭便り5を参照されたし〉。2002年の『青の稲妻』、2008年の『四川のうた』に続く3度目のコンペ参戦作で初受賞したジャ・ジャンクーは授賞式で、「大変な名誉です。映画は人生を信じることを可能としてくれます」と述べ、受賞者会見では、「2002年に初めてカンヌへ来たのですが、その当時と比べ中国は激変しました。映画祭や各国の記者の方々はそうした変化に興味を持たれたのだと思います。映画は実話を基にして製作しました。この映画により、我々の心の中に潜む暴力とその表出の仕方について考えて頂ければ幸いです」とコメント。


●女優賞は、アスガー・ファルハディ監督の『ザ・パスト』でシリアス演技に挑んだベレニス・ベジョが受賞!

 2011年にジャン・デュジャルダンが男優賞を獲ったサイレント映画『アーティスト』の相手役で注目され、昨年はカンヌ映画祭セレモニーの司会を務めたベレニス・ベジョ(1976年、アルゼンチン生まれ。3歳の時、両親とともにフランスに移住)。夫のミシェル・アザナヴィシウスが監督した『アーティスト』でのコメディエンヌぶりとは一変し、今回はシリアスな演技で実力を発揮したベレニス・ベジョは、授賞式で「この賞をいただけるとは思っていませんでした。こんなことしか言えないのは、恥ずかしいですが。この賞を製作チームの皆、特に、技術担当の方と分かち合いたいと思います。アスガー・ファルハディ監督、本当に大好きです。そしてこの映画も大好きです。この映画で成し得たことは全て貴方のお陰です。ありがとうございました」と感激の面持ちで述べ、受賞者会見でも再度、アスガー・ファルハディ監督に謝意を表した。
(記事構成:Y. KIKKA)