曇りのち晴れとなった映画祭3日目の17日(金)。“コンペティション”部門では、イランのアスガー・ファルハディ監督がフランスに招かれて撮った家族ドラマ『ザ・パスト』と中国のジャ・ジャンクー監督作『ア・タッチ・オブ・シン』が正式上映。“ある視点”部門には、フランスの異才アラン・ギロディー監督の『ストレンジャー・バイ・ザ・レイク』、女優ヴァレリア・ゴリノの初監督作『ミエル』が登場。“カンヌ・クラシック”部門では、市川崑、ミロス・フォアマン、クロード・ルルーシュ、ジョン・シュレシンジャー、アーサー・ペンら8人の監督が手掛けたドキュメンタリー『時よとまれ、君は美しい/ミュンヘンの17日』(1973年)などの4作品が上映されている。


◆前作『別離』でアカデミー賞外国語映画賞を受賞したイランの名匠アスガー・ファルハディ監督がコンペに初登場!

 2009年の『彼女が消えた浜辺』でベルリン国際映画祭銀熊賞(監督賞)を獲得し、2011年の『別離』では同映画祭の最高賞である金熊賞や米アカデミー賞外国語映画賞など、世界中の映画賞を席巻したイランのアスガー・ファルハディ監督のカンヌ初参戦作『ザ・パスト』が朝の8時半から上映され、11時15分から行われた公式記者会見に出席。
 国籍の異なる家族が織りなす複雑な心理ドラマである本作は、容易なフラッシュバック映像やセリフを用いずに、徐々に家族の意外な“過去”を明らかにしていく演出が実に鮮やかで、そのスリリングな展開と俳優陣の演技に思わず魅入ってしまった。
 4年前にフランス人の妻(ベレニス・ベジョ)と別れてイランに帰国し、テヘランで暮らしていた夫(アリ・モサファ)が、正式な離婚手続きをとるためにパリに戻って来る。子供2人と同居している妻は、若いフランス人男性(タハール・ラヒム)との再婚を望んでいるのだが……。公式記者会見に登壇したのは自ら脚本も手掛けたアスガー・ファルハディ監督、プロデューサー、俳優のベレニス・ベジョ、アリ・モサファ、タハール・ラヒムと3人の子役。
 フランスの製作で、言葉もフランス語、撮影はパリで行われた本作だが、アスガー・ファルハディ監督は映画の国籍について「私はイランの映画人であり、そうあり続けるでしょうが、仕事は世界中のどこでも行うことができます。芸術作品に国籍を付けるのは非常に難しいですね。でも、この質問には必要性を感じませんし、返答も重要ではないと思います。重要なのは観客がこの映画によってもたらされる繋がりであり、観客は皆、この映画をその人の視点で考えることができるのです」とコメント。また、通訳を介してのリハーサルを重ね、言葉の壁を乗り越えていったという俳優陣は、席上で口々にアスガー・ファルハディ監督の巧みな演出力を讃えた。


◆今や中国を代表する映画作家ジャ・ジャンクーがアクションに挑んだ野心作『ア・タッチ・オブ・シン』で参戦!

 プレス用の試写が16日(木)の16時半開始という変則的日程となった『ア・タッチ・オブ・シン』の公式記者会見が昼の13時より行われた。
 2006年に『長江哀歌』でヴェネチア国際映画祭金獅子賞を受賞し、今や中国を代表する映画作家となったジャ・ジャンクーの最新作『ア・タッチ・オブ・シン』は、中国の4つの地方都市で実際に起きた3件の殺人と1件の自殺を題材に、急激に経済成長した現代中国社会の歪みと問題点を浮き彫りにしたアクション映画で、題名は、キン・フー監督の武侠映画の傑作『侠女』(英語タイトル「A Touch of Zen」)にオマージュが捧げられている。
 公式記者会見に登壇したのは、今回が3度目のカンヌ・コンペ挑戦となるジャ・ジャンクー監督、チャオ・タオ、チアン・ウー、ワン・バオチャンら出演俳優5名と脚本家、そして市山尚三プロデューサー(日本のオフィス北野が製作に参加)の総勢8人。これまでの作風を覆し、新境地を拓いたジャ・ジャンクー監督(本作には意表をつく役で登場!)は、かつてない暴力に満ちた現実社会をテーマに選んだことについて、「近年の不景気により、中国では激しい紛争が巻き起こっています。こうした社会の動きに、私は強い不安を感じ、これを映画を通じて伝えなければならないと考えました。ごく普通の人がこれほどまでに暴力的になれるということを理解するためにです」とコメント。
 昨年、ジャ・ジャンクー監督と結婚し、公私共にパートナーとなった女優のチャオ・タオは、監督の作風の変化について「この作品は作風、脚本、俳優の使い方において監督の最高作でしょう。極めて高い精度に到達しており、彼は自分の伝えたいことを実に簡単に成しとげています。この作品の根底には洗練された雰囲気が宿っているのです」と語った。
(記事構成:Y. KIKKA)