映画『イノセント・ガーデン』世の中から消えて欲しいデビュー作から、ハリウッドデビュー作まで“パク・チャヌク メソッド”の全てを語る
『オールド・ボーイ』(03)でカンヌ国際映画祭の審査員特別グランプリ、『渇き』(09)では同映画祭審査員賞を受賞、あらゆるタブーとバイオレンスを描きながら抒情的な美しさをもたらす作品を作り続け、全世界で高い評価を受けている韓国映画界の奇才パク・チャヌク監督。
この度、ハリウッドデビュー作『イノセント・ガーデン』をひっさげ、約3年6ヶ月振りに来日! 本作の公開を記念して世界の映画界に欠かせない逸材パク・チャヌク氏が、昨晩、東京・渋谷の映画美学校で特別講義を行いました。監督デビュー作『おかえり』(1996)でベルリン映画祭最優秀新人監督賞を受賞するなど、海外でも高い評価を受けている篠崎誠監督が司会進行役として登壇、パク・チャヌク監督の創作の秘密に迫りました。未来の映画作家へ投げかける言葉とあって、映画監督になる以前の学生時代の話から“世の中から消えて欲しい”とまで表現した自身のデビュー作での失敗談、そして最新作『イノセント・ガーデン』についてまで、普段は決して語らない貴重なエピソードを交えながら、熱のこもった講義となりました。
『イノセント・ガーデン』公開記念 映画美学校 パク・チャヌク特別講義
特別講師:パク・チャヌク監督 司会進行:篠崎誠監督
■日程 5月22日(水)21:00〜22:00
■会場 映画美学校 (東京都渋谷区円山町1-5 KINOHAUS B1F)
この日話を聞くのは、今まさに映像作家を目指して学んでいる若者たちということもあって、篠崎誠監督から監督になる以前のことを聞かれたパク・チャヌク監督は、「映画監督とはタフで、ケンカが得意、闘争心の強いような人がなるもので、本を読むのが好きで内気な自分がなる職業ではないと思っていました」と、映画監督を目指すより前の高校時代のことから話を始めた。読書の次に好きだったのが美術で、せめて美術の近くにいられたらという理由で美術批評家を目指して大学では哲学を専攻。そこで2本の映画に出会い、映画監督を目指すことにしたという。その2本とは、韓国映画界の怪物と呼ばれたキム・ギヨン監督の「火女‘82」とアルフレッド・ヒッチコックの「めまい」。
大学を卒業してすぐ映画の製作現場に入ることになり、監督デビュー作を作る機会に恵まれたものの、”(当時人気だった)香港映画のようなセンチメンタルなアクション映画にする”“スキャンダルのせいでTVに出られない歌手を主演に起用する”といった製作にあたっての条件があり、評価も興行も散々だったとのこと。いまだにその映像を見るたびに「本当に恥ずかしくて、世の中から消えて欲しいと思うほど」と語り、今思うと、監督デビューというチャンスをつかむチャンスとはいえそのような環境で映画を撮るべきだったのか?と考えてしまうと振り返った。世界的奇才のまさかの失敗談に場内からは爆笑が湧き起こった。続いて作った監督第2作目は、「脚本にはワイルドさがあってとてもよかったのに、デビュー作で失敗したから今度は大衆にアプローチしようと考えてしまったんです。それで、演出的にはどっちつかずの生ぬるいものになってしまった」そうで、またしても失敗。その2つの失敗を踏まえて次に撮った短篇映画『審判(Judgment)』で、俳優とのコミュニケーション、彼らの考えを尊重することや初志貫徹の重要性を学んだそう。
篠崎誠監督は、「若い人は、フレームの中に人を収めようとか、ここからここまで歩かせようとか、そういうことをやってしまうんです。でも、『JSA』以降の作品を観ていると、俳優との信頼関係が大切ということがスクリーンの中から伝わってくる」と称賛。
話題は『イノセント・ガーデン』に移り、「韓国では俳優と監督がすごく親しいんです。必ずといっていいほど皆で集まって一緒にお酒を飲むし、私もお酒が好きだから、打ち合わせやリハーサルと称して何度も飲み語っています(笑) 今回、ミア・ワシコウスカとマシュー・グードはホテルに泊まっていて、幸いふたりともお酒が好きだったおかげで、何度か一緒にお酒を飲む機会を持つことができました。そして、今回、事前に充分なリハーサルをしようと声をかけました。事務所に出勤するように毎日決まった時間に通ってもらい、それを1週間続けました。具体的には、脚本を前に、1行1行読んでもらって、ト書き(俳優の演技、照明・音楽・効果などの演出部分のこと)は自分で読んで説明をしました。それぞれに彼らの意見を聞き、答えが出ない時には持ち帰ってもらい考えてもらいました。それをしなかったら大変なことになったかもしれません。」と、『イノセント・ガーデン』では、撮影開始前のコミュニケーションを重視することで、俳優の自発性を引き出す環境を作るように務めたことを振り返った。
そして、劇中、ニコール・キッドマンによる衝撃的な独白シーンがあるが、「母親が娘にここまで言ってしまってはいけないのではないかと、ニコールと話し合いました。その結果、娘に愛されたい母親として、それが伝わるセリフを入れればいいんじゃないかということになり、そのセリフを作るのはあなたですよと伝え、30ぐらいのセリフを彼女に考えてもらいました。そして出てきたのが“インディア、あなたは誰? なぜ母親を愛せないの?”という言葉だったんです」と、キャストとの共同作業を重視していることを明かした。
映画の大きな見せ場のひとつであるヒロイン・インディアと叔父チャーリーのピアノ連弾の曲は、巨匠フィリップ・グラスが書き下ろしたものだが、篠崎監督から、曲のオーダーの仕方について質問が。これには「ご存命の方の中で、最も偉大な方のひとり。尊敬してやまない方に注文をするなどとても恐れ多いんですが、“ここは音が多すぎます”“ここは激しすぎます”といったことを、怒られたらどうしようと思いながらつい言ってしまいました。実際お会いした時、その胸の内を全て伝えたんです。すると、フィリップは“いや、監督はそういう風に具体的に言ってくれた方がいいんだよ”と言ってくださり、泣きそうになりました(笑)」と振り返った。
学生たちは真剣にメモを取ったり、ジャンル映画を作る上での注意点や映画「イノセント・ガーデン」の解釈について率直な質問を投げかけるなどしていたが、講義終了後も演出やストーリーについて仲間同士で語っている人たちも見受けられ、クリエイターの血に火をつけるような本当に貴重な機会になったようだ。