映画『体温』の公開が4月13日(土)、大阪市淀川区の第七藝術劇場にて始まった。監督は緒方貴臣、2011年に公開された性的虐待と自傷行為を扱った『終わらない青』(主演:水井真希)に続く二作目。石崎チャベ太郎、桜木凛(恵比寿マスカッツ)を主演に迎え、孤独な青年とラブドールのイブキ、イブキそっくりのキャバクラ嬢・倫子を主軸にした“人間×人形×ラブストーリー”になっている。

『体温』は、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2011やテキサスのFANTASTIC FEST 2011 など、数々の海外の映画祭で上映され、2013年2月には東京で公開。様々な反響を得て1週間限定で関西での公開となった。
舞台挨拶に緒方監督と主演の石崎チャベ太郎さんが登壇した。

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ラブドール役で8分間瞬きをしなかった桜木凛さん
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映画に求めるものを“物語”“アクション”“感動”ではなく、同じ世界に生きていても目に触れにくい人々、苦しんでる人々を描きたいとする緒方監督。
「“無関心”という言葉がぼくの中では大きなキーワード。普段見過ごされている人々を作品で描きたい」。
自身の作風については、
「映画は目で見るものだから、情報として受身に捉えることになる。今一般に公開されている映画やテレビの作品は、“お客さんに理解されないから分かりやすくする”といった風に見える。僕は見えてないフレームの外や音の表現で映画に余白を作って、受け手が色々な解釈ができる余地を残したい」と語った。

『体温』でラブドールを題材としたのは、新聞でオリエント工業の記事を見たことがきっかけだったという。いわゆるダッチワイフと言えばビニール性の安っぽい人形、性処理を目的のイメージを持っていたという緒方監督。オリエント工業のサイトを見て、ラブドールでは60〜70万円ほどの価格になることや、その精巧な写真に興味を惹かれた。
「ラブドールを家族の一員として購入され暮らしている方がいらっしゃるということに衝撃を受け、映画制作につながりました」

主演の石崎チャベ太郎さんとの出会いは、2010年ゆうばり国際ファンタスティック映画祭でオフシアターコンペティション部門に選ばれた『終わらない青』上映の際だった。
「感想を頂いた際に、ストーリーで伝えるより余白を大事にしていることを感じ取ってくださった」ことから、ビジュアルイメージに合っていたこともあり、『体温』への出演をオフォーした。

一方、チャベ太郎さんは「2年前ですが、撮影のことはよく覚えていて思い入れのある作品」
「お客さんによっては“全く面白くなかった”という方もいるし、“面白かった”“こういうタイプの映画は初めて”“フレームの外の想像が膨らんだ”と様々な感想を頂きました。作り手の思いだけではなく、そうった解釈をしてもらえるのが嬉しかったし、東京上映は勉強になりました」。

主演・桜木凛さんについてチャベ太郎さんは
「“俳優”でしたね。様々な準備をして撮影に臨んだことを見せない。ラブドールとして目を開けたままという撮影にも普通に取り組んでしました。絶対苦しかったはずなのに」と絶賛。
緒方監督は、是枝裕和監督の『空気人形』に出演した女優さんの話として、主演のペ・ドウナさんは最高で3分瞬き止めることが出来たというエピソードを披露。
「桜木凛さんは一番長いシーンで8分間目を開けたまま。瞬きでのNGは一回もなかったんです。今後、もっとたくさんの作品に出て女優さんとして大きく活躍して欲しいです」と期待を寄せた。

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桂楽珍さんが語るダッチワイフ“トキエさん”と妻の三角関係、映画『体温』のこと
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トークショーの後半にゲストで登場したのは落語家の桂楽珍さん。ネット上では“ダッチワイフ評論家”としても知られている。19歳の時に桂文珍さんに弟子入りし、女性にもてない、お金がないことから当時三千円でビニール製の南極一号を購入。その魅力にはまり南極一号から五号まで持つほどの愛好家となった。購入当時から、度々製造元にユーザーとしての意見を送り、“指は1本1本を独立させた方が一体感が出る”“耳の穴を開ける”など、その後の仕様に反映されたことも多いという。
愛好家の経験を生かした創作落語も披露しており『人形の館』『空気人形』といったマニアックなネタがファンを楽しませている。
楽珍さんは奥様とダッチワイフ“トキエさん”の三角関係でもめた数々の爆笑エピソードを披露。楽珍さんの話術に会場は爆笑の連続になった。
「明るく話すると底辺がひろがるかなと思う。欲しいけど言えない人がたくさんおられるから」
「愛好家には純粋な人が多い。僕も買ってきてからAまで進むのに三日かかったんですよ」。

緒方監督は「この映画の主人公はラブドールに対して性処理の目的より、男性が女性に対して持つ理想像を求めている。極端な描き方はしているが、男性なら誰でも持っている面だし、アニメのキャラクターやアイドルを自分の恋人のように思ってる人とそんなに変わらない」
楽珍さんは桜木凛さん演じる倫子の気持ちに触れ、
「本当に恋すると倫子ちゃんのような態度になるんですよ。うちの嫁はんが偉いのはダッチワイフと闘ったこと。“私とどっち取るの!?”とカッターナイフを放り投げられ、“今すぐ切って”“ わかってるよ!”と言いながら躊躇していると“何をためらい傷つくってんの?” そんな葛藤がありました」会場は爆笑に包まれた。
そんな楽珍さんの娘は26歳。「お父さんのこと嫌いにならない?」とよく質問を受けるという。
「嬉しかったのは、娘が高校時代にいじめに合そうになった時、彼氏が“お父さんのダッチワイフに関する悪口をいう奴はしばき倒したる”って言ってくれたこと。娘も“ お父さんのダッチワイフ噺でうちはご飯食べてんねん”って(笑)。それもお父さんの一部として愛してくれていて、うちは円満にやってます」。

『体温』をテキサスの映画祭で上映した際は、終始笑いが絶えなかったという。緒方監督は元々笑わせるつもりで作っている訳ではないが、判断は観客次第だと言う。
楽珍さんは「落語の仕事に似てますね。無駄なところ全部削ってお客さんに全部放り投げる。僕はラストを見て救われたと思いました」。
緒方監督は「楽珍さんは“トキエさん”を愛していたからそう捉えてくださったけど、このラストシーンを絶望と捉える人もいます。それは観た方の判断に委ねているので」と締めくくった。

映画『体温』は、第七藝術劇場にて連日21時10分から上映。4月19日(金)までの公開となっている。
劇場でぜひ主人公の青年が辿り着いた愛の形を見届けて頂きたい。

(Report:デューイ松田)