ミュージシャンはアントン・コービンの写真に写る自分を目指す

世界最高のアーティストたちを撮り続けてきたロック・フォトグラファーアントン・コービン。緻密な構図とアーティストの本質に迫るその唯一無二の作風はアーティスト本人たちから爆発的な支持を受け、単なる写真撮影にとどまらず、アルバムのアート・ディレクション、ステージ・デザイン、PV制作などあらゆる表現でカルチャーシーンを牽引してきた。華やかな世界で30年以上にわたり活躍を続けるアントンだが、その私生活は 謎に包まれている。

アントンと同じオランダ出身の女性監督クラーチェ・クイラインズが4年にわたる密着で、彼の抱える“孤独”と“哀しみ”に迫る。
U2、デペッシュ・モード、メタリカ、ルー・リード、ジョージ・クルーニーといった世界トップのアーティストたちとアントンの作品創りの現場は必見!

俺たちもアントンも“光”を追い求めているんだ。
互いに一瞬のはかない光に執着しているのさ。
—U2 ボノ

今回、公開を記念して、4/6初日、アントン・コービンをリスペクトする写真家・安珠さんとミュージシャン・サエキけんぞうさんをお招きしたトークショーを実施致しました。当日は、大荒れの天気にも関わらず、多くのお客さんにお越し頂き大いに盛り上がりました。

【トークショー】

■安珠さん(写真家)

映画のテーマになっている光と影、人がひとつのことの表現に突き進むということで言うと、すごく素直に生きているんだなと思いました。
アントンの撮影の仕方は、メタリカも劇中で言っていましたが、こう撮って欲しいと思うように撮ってくれると。

みんながアントンに撮られたいと思うのは、アントンはめちゃくちゃ男で、男の美学で写真を撮っているからだと思います。男の美学って、彼の場合は宗教的なこともあるのでしょうが、生きている!生きているってことは頑張っている!死がある中でどうやって自らを生かすかということだと。
「ミュージシャンが全身全霊を掛けて曲を作るなかで、疎かにできない」とアントンは発言をしていましたが、まさにその通りで、生に対して自分が精一杯頑張っているところを切り取りたいと思っているので、だから男性が共感するというか、こんな俺を撮ってくれていると思うんですよね。

彼は映画も撮っていて、ハリウッドに進出した2作品目は、(登場人物が)男が好きな男であり、女性も男性が求めるている可愛くてキュートな女性になっていますよね。

アントンは完璧主義者で、例えば(『ラスト・ターゲット』の時に)ジョージ・クルーニーに、「そうじゃないんだよ。人と人の間に窓があるから数ミリ動いて」と言ったんですよ。数ミリですよ?私も撮影の時に、ちょっと違うと5ミリの世界で細かく言うんです。それは、自分の中に絵ができあがっていて、それを再現したいと。写真の中では完成されているけれど、それで完璧だと思うと先が無いので、俺はまだまだこんなもんじゃないし、もちろん被写体も止まっているわけじゃないと先をみている。
だから、ひとつのミュージシャン、例えばU2、メタリカにしてもずっと撮り続けているのだと思います。

人は、自分生まれた場所で、ある程度自分の表現が決まると思うんですね。
そういう意味では、彼はうまく自分を生かしていて、自分しかできない作品を撮っているなと思いましたね。

■サエキけんぞうさん(ミュージシャン)

ロックをやっていると、どんなビジュアルがいいのか考えるのですが、その指標になります。映画を観て驚いたのは、U2は普段全くオヤジで、信じられないぐらいオーラがない(笑)。

僕が感銘を受けたのは、死の匂いに関して、芸術がどのように関係しているのかですね。今の日本のロックや文化が薄くて甘いのは、死についてきっちりと直面していないからだと思いました。
U2などが世界で何千万枚もCDが売れるのは、ビジュアルが連動しているのがとても大きいと思います。アントンの透徹した死の哲学、これは生い立ちにすごく関係していて、牧師の家に生まれ、小さい頃から墓地を見て育ち…と死に直面しながら生きてきた。そのことが、彼の作品を生んだといことを直接的ではなく、ビジュアル的にこの映画が伝えていると。

では、日本にそういうのが無かったのかというとそうでもなくて、例えば、昨年の大晦日多くの方に感銘を与えた美輪明宏さんの歌ですね。
美輪さんの存在感や表現は、歌そのものが、死であり、戦争について歌っているということもありますが、死と隣り合ったものだと思いますね。
今のJ-POPには、もちろん良いところもあるし、ヨーロッパ的なゴシックなものが全てではもちろんないけれど、弱くなっているなと思います。

【ゲスト プロフィール】
■安珠さん

東京生まれ。モデルとしてジバンシーにスカウトされ渡仏し、パリを拠点に国際的に活躍。88年に帰国し写真家に転身。文章を織り交ぜた物語のある独自の写真世界を作っている。主な作品集に「サーカスの少年」、「少女の行方」などの少年少女の思春期をテーマにしたシリーズの他にタレントや作家とのコラボレーションも多数。広告や雑誌連載の他に文筆や講演、審査員としても活躍中。2012年11月1日から、全国四カ所のキャノンギャラリーで世界自然遺産 張家界「仙人の千年、蜻蛉の一時」を開催。
2013年春、BSフジで放映予定の2時間番組「ワタシが好きな500の色〜メキシコ篇」ではカメラ片手にメキシコを旅する。

■サエキけんぞうさん

大学在学中に『ハルメンズの近代体操』(1980年)でミュージシャンとしてデビュー。1983年「パール兄弟」を結成し、『未来はパール』で再デビュー。
1990年代は作詞家、プロデューサーとして活動の場を広げる。2003年にフランスで「スシ頭の男」でCDデビューし、仏ツアーを開催。2009年にはフレンチ・ユニット「サエキけんぞう&クラブ・ジュテーム」を結成。
作詞家としては、沢田研二、小泉今日子、モーニング娘。、
サディスティック・ミカ・バンド、ムーンライダーズ、パフィーなど、多数のアーティストに提供しているほか、アニメ作品のテーマ曲も多く手がける。さらに、アイドルのプロデュースなど、さまざまな企画を勢力的に展開している。新聞、雑誌などのメディアを中心に執筆も手がけ、立教大学、獨協大学などで講師もつとめるなど多方面で活躍。著作多数。