・湯山
今回の作品は小説と映画を一緒に楽しめます。
小説の方は、性的衝動の根元を描いていて、小さいころのお母さんとか、少年から大人になる時の生理の血の臭いに反応してしまうとか、その時の女の人の目つきが嫌だったりとか、どの若い男の人にもある、乗り越えなければならない性の関門の1つ1つがズレていますよね。多くの、日本の文化系男子にあてはまるのではという、共感もあるんですが。
主人公が血を吸うきっかけになったこと、衝動と心のディテールが小説には書かれています。
しかし、映画は、そこをいっさい斬ってしまっている。
一見ピュアでいい人そうな人、莫大なものを隠し持っているみたい、化け物ですよね。小説では描かれていた動機の部分を、映画ではカットしていますが、それはなぜですか?

・岩井
小説で描けることと、映画で描けるところは自分の中で違います。
アメリカ映画のいいところは、ヘミングウェイとかの影響なのかもしれないですが、さっぱりとライブで、全て見せきってしまうところです。
リアルタイムに2時間で、過去は臭わせつつ描いてしまうのが、アメリカ映画の好きなところで。アメリカ映画だからではないけれど、小説の中で描くべき所をしっかり決めて、やろうとおもいました。
小説の全てを物語にすると、4時間くらいになると思います。
小説のもてるダイナミズムを損なわずに、映画にしていって、映画のなかでも良いペースのものをつくりたいと思うと、そんなに長いものは作れないです。

小説と映画どっちがいいかとなった時に、同じ物語にしようとすると、小説の方が長く語れるし、映画は同じ物語を語ろうとするので、どうしてもダイジェスト化してしまうので、それなら、割り切ってここまでを描こうと決めてしまう方が良いだろうと思います。その一番の代表は、『風の谷のナウシカ』だと思います。原作を知っている人からしたら、「ここで終わるの?」という、見事なラストだと思います。

・湯山
本作は、映画館で1度みた後、DVDを観ながら小説を読むのがおすすめです。
余韻というか、映像を音楽のように、意味は小説で理解したうえで、一種の思考実験として映画を受け取れますよね。

・岩井
映画は、ぱっと1回観た時は、混乱もあると思います。1ヶ月経つと、人間は、脳内補完してしまうので、その時にどういう状態で、人の脳にどう残るかを意識しています。
小説では描き込んでも、映画では同じことをやっても残らないと思います。

・湯山
岩井さんは、昔からシステムオタクみたいなところがありますよね。
映画そのものを神のように信じて崇めているというより、映画を一種のメディアとしてとらえている。メディア学者みたいな面があってそこが面白いと思います。今の映画は2、3度観るものになってきたと思います。
昔だったら、お金もないし家にMacもないので、1回観て全てをわかって了解して返ってくる量が、人間の脳には理解力があるのでそれだと制限があって、でも今はそういう視聴じゃなくてもいいので、戻って何度も何度も観ることができるという、新しい映画との付き合い方ができていると思います。
メディアが変化するなかでの映像作家の在り方は、言い過ぎないとか盛り込まないことがあるのではないでしょうか?
何度も観直すものになってきていると思います。何回も観せる映画。

・岩井
映画ファンとして映画を何度も、観るタイプなので、そういうタイプとしての映画の作り方は、あると思います。何度も観たくなるようには、ある物語を物語って終わると、納得して終わってしまう。でも、最後をぼかせば無限に観るわけではない。
自分が観ていたものは、映画自体が音楽的なものが多くて、観ている間中、心地よい映画が多いですね。
初期のテレンスマリックの作品がそうですね。つけっぱなしにしておくだけで気持ちがいい映画ですね。

・湯山
今回の映画も含め、岩井さんの作品は、“映像のメロディーメーカー”だと思っています。
吸血鬼シーンがエロいですよね。セクシーな要素はないけれど、エロいんです。
森のシーンで描かれる、フェティッシュだった主人公の淡い恋心が、丁寧に移ろいゆく光のなかで描かれるシーンが印象的です。

・岩井
あの森の些細なシーンは、この映画の中でも重要なシーンでしたが、最初ケヴィン(主人公)が誤解していて、このシーンをさっさと終わらせてしまったので、このシーンについて説明して、時間をかけて作りました。
かなりねっちりしてくれと要求しました。

・湯山
顔を上げたケヴィンの朦朧とした表情が印象的ですよね。

・岩井
30分くらい前まで、このシーンを理解していなかったという(笑)。

・湯山
岩井さんは、あまり演技をつけないといいますよね。

・岩井
あんまり、おかしな事になってない限りは、そのままにしますが、今回そのシーンがわかっていなかったので、説明をしました。
でも、そういう時の、海外の俳優さんの引き出しは素晴らしいですよね。
今回のキャスティングは、キャスティングディレクターに、自分の好みとNGゾーンを説明して、そしたら、今ハリウッドでは珍しい綺麗な人を集めてくれました。

・湯山
自然な感じの俳優さんが多かったですね。

・岩井
ちょっと前まで、往年のヒッチコックの映画に出てきたような女優がいなくなってきて、最近また可愛い人が出てきて良かったです。
この4,5年、DVDとかテレビとか観て、自分で女優さんをコレクションしていました。いざという時に使おうと思っていました。
その中で、クリスティン・クルックは自分の中の2位でした。

・湯山
ジーン・セバーグの有名な話で、ジーン・セバーグのカメラマジックがありますよね。普段は普通の人だけれど、カメラを通すと綺麗な人がいると言いますが、今回の女優さんは、みなさんそういうタイプの方でしたか?

・岩井
今回の女優さんは、ケイシャ・キャッスル=ヒューズも、クリスティン・クルックも、実物も綺麗ですが、映像に乗っかって初めて、ものになる感じです。みんなスクリーン映えする方でした。
実際も綺麗ですけど…。
自分自身が、スクリーンを通して観ることが前提になっている部分もありますが、この子は大丈夫とか、大丈夫じゃないとかありますからね。
大丈夫じゃないとか言っちゃいけないんですが、築地の(魚の)仕分けぐらい、残酷なものがあります。

・湯山
今回の主人公のサイモンも岩井監督に似ていますが(笑)。

・岩井
それよく言われるんですよ、『Love Letter』の柏原(崇)とか
『リリイ・シュシュのすべて』の市原(隼人)とか。
でも、実際に写真を見ると全然似ていないので(笑)。

以上