海外のApple Storeで開催されている「Meet the Filmmaker」は、これまでメリル・ストリープ、トム・ハンクス、ジェームズ・キャメロン監督など世界的に著名な俳優や監督が登場し、その模様がPodcastでも配信されています。また、今回はこのプログラムの日本での開催の第1回目となりました。

【トークショー概要】
【日時】9月1日(土)18:00〜19:00
【会場】アップルストア銀座3F
(東京都中央区銀座3-5-12サヱグサビル本館)
【登壇者】岩井俊二 ■聞き手 相田冬二(フリーライター)

●相田冬二(以下相田)

新作『ヴァンパイア』は、全てが一体化している。それならではの作品になっていると思います。撮影も手掛け、脚本も手掛け、編集、音楽も手掛け、トータルでコーディネートされています。
ただ、岩井監督の映画は、元々そうだったと思います。
岩井さんが他の監督と何が違うかと言えば、今でこそ映像というのが身近なものであって、自分で編集ができたり、自分で撮影ができたり、自分で音楽を作ったりということが、コンピューターの発達によって、自然なことになりましたが、岩井監督は20世紀からずっとそういう事に取り組んできた監督です。
撮影も音楽もご自身でトータルでできるようになったと言うのは、機材の進歩も大きいとは思いますが、今回の作品で、技術と達成というところで、監督ご自身どういう風に感じていますか?

●岩井俊二監督(以下岩井)

僕1人ではできなかったと思いますが、Appleのイベントだから言う訳じゃないけれど、Appleのおかげだと言ってもいいですね。
僕がAppleに出会ったのは『Love Letter』の時でした。音楽やグラフィックをやっている友人は、みんなAppleを使っていたので、自分でも買ってみて、ワープロとして使うはずでしたが、その中に入っているソフトに接触し、例えば、Photoshopでストーリーボードが描けるじゃないかとか、できることが広がっていきました。編集や音楽制作をMacの中でできてしまう。Macは持ち運べるスタジオという感じです。

●相田

技術の進歩により、プロとアマが大差のない機材で作品を制作できる時代になり、センスと才能がいかにパーソナルであるかという事が、白日の下に晒される状況だと思います。岩井監督はむしろ、そういう戦い方をずっとしてきたという感じですか?

●岩井

そうですね。映画をどうとらえるかって事があると思うんです。
例えば、製作費が100億円かかっているハリウッド映画でも、低予算で作られている作品でも、同じ2時間のドラマであることが強みで、100億円で映画は撮れないと思っている人でも、100億円を凌駕しようとする1000万円くらいの映画は、作ろうと思えば作れちゃいますからね。それが映画の面白いところで、そこに誰彼なく次々とトライして欲しいです。
そして、それを面白がるお客さんが、もっと増えて欲しいと思います。
今の映画界の問題点は、映画を作る側と受け取る側が、“本当に良いコミュニケーションがとれているのか?”ということだと思います。

●相田

映画は1人で作れるものではないので、イメージの共有が大変だと思いますが、逆に『ヴァンパイア』の場合は、全編英語で海外での撮影で、ほとんど海外の俳優さんを起用していますが、実際に本作を観ると、これまで以上にセンシティブだと感じました。言葉が通じない俳優が、岩井監督の物語を体言し表現しているのに、なぜこんなに迫ってくるものがあるのだろうかと感じました。
海外の人が、岩井監督に美的感覚や意識とか、考え方とか表現のありかたみたいなものを、共有するのにそんなに苦労はありませんでしたか?

●岩井

なかったですね。日本での方が、ありますね。
僕の中では、自覚している美意識的な目に見えないものがあるんですが、それをビジュアライズしなければならないのですが、そこに関してスタッフとシェアするのはほぼ無理です。そこは、自分の世界です。
撮影現場は、道路工事のように進んでいくものであって、ぎりぎり俳優さんとかアートディレクターとかは、やや共有することはありますけど。話しても、ピンとはきていない感じです。あんまり映画の話しもお互いしませんね。
アメリカの場合はその逆で、専門の学校を出ている人が多いということもありますが、イメージの共有や世界観の共有といったデリケートな部分を、日本人と違って、口に出して言うのが好きなんでしょうね。

日本人の場合は奥ゆかしさがあるので、現場で撮ってる映画の話しをしないです。向こう(海外)の場合はその逆で、常に今撮っている映画の話をして、みんなが映画を共有している感じです。監督としては、非常にやりやすいです。
例えれば高校の先生が、(生徒の)みんながちゃんと話しを聞いてくれる教室にいるという感じです(笑)。これは非常にポジティブでやりやすかったです。

●相田

タイトルの通り、内容はヴァンパイアで吸血鬼の話しです。
ネットで今、自殺願望のある人たちが実際に繋がっている世の中で、自殺したがっている人たちの血を頂くという吸血鬼の話しですが、このテーマは現代的だと感じました。
実はこの作品が作られたのは2年前です。作品は3.11の前に作られていますが、3.11の翌年に意識とか認識がいろんな形で落ち着いてから観ると、非常に有意義な作品だと思います。また、寓話性のあるフォーマットの中に、予見性がありますが、岩井監督は、どんなビジョンをもとに制作されましたか?

●岩井

未来予想みたいなところは、本作ではそんなに意識していなかったです。
とは言え、この時代を生きていて、今、この世の中がどこに向かっているかというのは、職業柄どうしても考えざるを得ないので、そうしていると人より早く気が付く事があると思います。
人より早く絶望する事があったり、人より早く希望を見い出す事があるのではないかと思います。
この作品における自殺の問題は、『スワロウテイル』の時にやった外国人移民の問題と同じで、社会問題としてではなく、むしろ出来事。
人間の中には、自ら命を絶つ人がいる、ということがある。それを問題だと考え出すと、あるベクトルを持ってしまいます。ベクトルを持つとあまり見えなくなることがあります。自ら命を絶つ人にも人生はある。自殺はよくないことだから、死因を他の事に替えて無かった事にされたり、自殺したせいで、その人を不幸に捉えてしまうことが昔からだめでした。

●相田

あらかじめ完結されているようなところがありますよね?

●岩井

人間誰しもどこかでは死ぬので、交通事故や病気、時には自ら命を絶つ事もありますが、ただその事がその人の人生の全てではないので、どう生きてきたかが大事で、どう生きていたかはその人が命を失う最後まであることで、その最後の1分1秒に近いところにスポットを当てている映画です。
そのために、ある意味で案内役となる主人公が必要でした。

●相田

時間を如何に選択するかという事が描かれていると感じました。

●岩井

自分の中では、ライフワーク的テーマとして、生と死があるのだと思います。
長年作りたかった、宿願です。12歳の時に読んだ「銀河鉄道の夜」のオマージュとして『打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか? 』を撮ったのですが、学生時代に太宰治の「人間失格」を読んで、そのオマージュを1回は撮ってみたいと思っていたので、これがまさにそのど真ん中でした。

異端の男を主人公として、女遍歴をしていくのが「人間失格」なんですが…。
ヴァンパイアというシチュエーションを使ってそれを描くというか、異端の肖像を描くのを一度ならずともやりたかったので。

●相田

岩井監督は、描きたいことを描く為には、こういう語り方をすれば良いということを、表現するために選択している。
その通りにやるのではなく、女の子だったら伝わりやすいし、危ないことに見えない。でも、ちゃんと本質は伝えていくというのがあるのではないでしょうか?

●岩井

『花とアリス』は、実際に描いているのは、大人の三角関係の話です。
実際は生々しい三角関係の愛憎劇で、でも子どもがやっているので可愛らしく無邪気であどけなくみえてしまう。それを大人でやらないのは、他にも多くの、ある種の王道の陳腐な世界があるからです。

そういう誰もがやり尽くした世界があると思いますが、そのシチュエーションをちょっとずらすと新しく見えたりすると思います。

この『ヴァンパイア』という映画もそうですが、ヴァンパイアものって星の数ほどありますが、その中で新しい所があるのかといった時に、まだ誰も作っていないものを見いだせたので、ヴァンパイアという題材になったのだと思います。

世に陳腐といわれるステレオタイプなものだったり、みんなが飽きてしまったものだったり、元々面白いものがあったらからみんなが真似をしたんです。そのオリジンが何であるか、それをどうアレンジすると新しくなるのかというのが、昔からのテーマです。

以上