本日9月1日(木)、映画『わが母の記』モントリオール世界映画祭審査員特別グランプリの受賞報告会見を京都にて開催。

現在、原田眞人監督と役所広司さんは、映画『わが母の記』と連動した企画のテレビドラマ「初秋」を撮影しており、その撮影現場から、届いたばかりのトロフィーを掲げての喜びの受賞会見となりました。さらに、ドラマの共演者である中越典子さんが花束を持ってお祝いのメッセージを届けてくださいました。

〇と き ; 2011年9月1日(木) 
〇ところ ; 大江能楽堂 〔京都市中京区押小路柳馬場橘町東入〕
〇出 席 ;   1)  受賞報告会見 
              (原田眞人監督、役所広司)     
          2)  スペシャルドラマから花束贈呈
             (原田眞人監督、役所広司、中越典子)  

以下、会見の内容です。

■受賞についてひとこと
原田眞人監督
こちらで撮影に入っていたところ、現地映画祭に参加していた息子の遊人(ゆうじん)からメールが入りまして「審査員特別賞ゲット」と書いてあるのですが、ピンとこなかったんです。賞を獲れたとしたら主演女優賞だったんじゃないかなと。そうしたら、電話が入ったんです。樹木(希林)さんからで「喜びなさいよ!大きい賞ですよ。(紹介されたのが)最後から二番目ですよ」と。一番気になっていたのが観客の反応だったのですが、素晴らしかったという話を聞いた時点で、涙が出てきました。
役所広司さん
じつははじめて僕が海外映画祭に参加したのも「KAMIKAZE TAXI」で原田監督とだったんです(95年公開/バレンシエンヌ映画祭(仏)で、審査員特別賞と監督賞を受賞)。今回も一緒に映画祭に参加したかったですね。日本映画を世界中の人たちが観てくれる光景を見て、また海外映画祭に参加したいなと思った、初めての経験でした。(受賞発表後に)希林さんと電話でお話したんです。クールな方なんですけれども、このときかなりテンションが高くて、希林さんの声から現地の興奮が伝わってくるような感じがしました。

■評価されたポイントはどこだったと思いますか?
原田眞人監督
審査委員長のビセンテ・アランダ(スペインの巨匠監督)が85歳だった、ということでしょうかね(笑)。井上靖作品は海外でも人気が高く、現地の会見でも原作についての質問があったとのことです。

役所広司さん
世界中どこの国に行っても、母親に対する思いというのは、きっと同じだろうと思います。言葉は通じなくても母親を思う気持ちと、母親と心が通じ合う喜びというのは、きっと世界的に共感していただけるところだと思っていました。

■トロフィーを初めて見たときの感想について
原田眞人監督
京都の町屋で、燦然と輝くトロフィーを見ました。胸打たれて、言葉がしばらく出ませんでした。その後、このトロフィーを持ち帰った息子からいろいろと現地の話を聞きました。トロフィーは飛行機に持ち込むと凶器とみなされるから(笑)、彼がホテルのタオルにくるんでスーツケースに入れて持ち帰ってきたんです。だから、ご苦労さまって(トロフィーを)撫でてあげました。

役所広司さん
早くスタッフ、キャストで、トロフィーを囲んで喜びを分かち合いたいです。

■大震災の前日にクランクアップをしたことについて
原田眞人監督
取り終えたその日(3月10日)は、気分が高揚していました。関わったスタッフ・キャストみんながハッピーな1日だったと思います。いつまでもこの時間がつづけばいいな、と思っていました。きっとたくさんの人がこの日で、時間が止まってくれたらよかったのにと思っていることだろうと思います。
私はクランクアップの翌日(3月11日)から都内のスタジオで編集作業に入ったのですが、その時に地震にあいました。それから日々テレビで流されるニュースを見ながら、涙を流していました。その想いが、この映画にもこもっていると思います。
この映画がどれだけ悲しみにあった人に癒しをもたらすことができるかはわかりませんが、未曽有の大災害から立ち上がる中で必要なのは、家族の絆だと思います。

役所広司さん
「わが母の記」は心のケアになるような映画だと思います。映画を作っている人間として、この映画を通して震災に合われた方にも元気を届けられたら。そして、これからもそんな想いを意識してつくっていきたいと思います。

■この映画を通して、何を伝えたいか。
原田眞人監督
井上靖先生とお母様の関係がすばらしいと思いました。憎んでいたけど、一方で愛を持っていた。その憎しみと愛の深さがこの作品を生み出した。
素晴らしい表現者・芸術家は、母親が作り出している。母親との関係がすべての創造の根源だと思います。母の力、母の魅力、その源に触れたかった、それが今回の映画です。
考えてみると僕自身も映画にひかれはじめたのは母親との関係からでした。
観客の皆さんもこの映画からご自身のご家族、母親、その子供たちとの関係を考えてもらえたらと思います。

役所広司さん
最近大人も楽しめる映画が少なくなっていると思います。映画はビジネスですから、たくさんの人にきてもらって、ヒットして、ビジネスとして成功しなければならないのですが、やはりインスタントものですぐおいしいものといったものではなくて、しっかり噛みしめてじんわり深いもの、50年後に観ても楽しめる映画も作り続けなくては、と思います。この映画は、監督が5年前から企画をされていて、ご自身の出身地・沼津を舞台にしているのでさらに思い入れも深いと思います。こんな作品をつくっていかなくてはならないと思います。

■最後に原田眞人監督からご挨拶
引き続き海外の映画祭からの招待の話もあり、これから観客の声をじかにきける機会がたくさんあると思います。公開時には日本の観客の声もたくさんききたい、観客の声こそが私にとっての本当の“賞”だと思っています。