絶賛公開中のデンマーク映画『光のほうへ』の公開記念トークショーを行いました。

アルコール依存症だった父親の存在、自身がアダルトチルドレンであることを
公表している女優の東ちづるさんと、臨床心理士の信田さよ子さんをゲストに迎え、
「負の社会遺産、そこから光をみつけて」というテーマでお話をお伺いしました。

◆「負の社会遺産、そこから光をみつけて」

・実施日時:6月10日(金)19:10の回上映終了後
・場所:シネスイッチ銀座
・登壇:東ちづる(女優)×信田さよ子
             (臨床心理士・原宿カウンセリングセンター所長)

※プロフィール 
● 東 ちづる
女優、パーソナリティ、情報番組のコメンテーターとして活躍。
「骨髄バンク」、「ドイツ国際平和村」などのボランティア、被災地の障がい者や患者を支援するチャリティー活動なども精力的に取り組んでいる。
アルコール依存症だった父親の存在、自身がアダルトチルドレンであることを公表し、
そのカウンセリング経験記「<私>はなぜカウンセリングを受けたのか」(マガジンハウス)
を出版するなど、その活動が注目されている。

● 信田 さよ子
95年に原宿カウンセリングセンターを開設。アルコールをはじめとする依存症の
カウンセリングに関わってきた経験から、家族の関係についての提言を行う。
著書に「アダルト・チルドレンという物語」(文春文庫)「依存症」(文春新書)
「愛情という名の支配」(新潮OH!文庫)などほか多数。

東ちづる(以下、東):
観ている最中、あがくような自分の過去を思い出すような、辛いシーンもありました。
私は登場人物の誰の立場でこの映画を観るのか、また他の方々はどう観るだろうと思いました。
観終わった後に、とても考えさせられ、色々と想像させられる映画でした。

信田さよ子(以下、信田):私は、まずこの映画がデンマークで賞をたくさん取っていることが、素晴らしいことだと思いますね。
日本映画でこのような内容だったら、観る人も限られてしまう。
確かに暗い映画ですが、私には違和感は全くなかったんです。
日々のカウンセリングで、このような家庭や問題を抱えた人にたくさん出会います。

登場人物たちの親はアルコール依存症ですが、そのような環境が、アダルトチルドレンを引き起こす要因であると考えられています。
東さんもお父様がアルコール依存症でいらして、ご自身もカウンセリングを受けられた経験がありますよね。

東:そうですね。はじめに、アダルトチルドレンって、みなさんお分かりになりますか?
家族として不全、親がアルコール依存症のような環境で育った子供が、子供らしく生きることが出来ず、そして大人になっても自分のアイデンティティを見つけられない事を言います。
そう言うと、私はすごく大変な家庭で育ったと誤解されがちですが、ごく普通の中流家庭だったんです。
この映画の母親のようにだらしないアルコール依存症ではなく、“お酒の好きなお父さん”という認識でした。

信田:自分の置かれている環境を、その時はなかなか気付けないんですよね。
大人になって初めて「ああ、自分は他と違うんだ」と気付くことがとても多い。
この主人公の兄弟たちもきっとそうだと思います。

東:この兄弟は幼い弟を死なせてしまったことをある種のトラウマとして抱え続けていますが、そもそもトラウマって何ですか?

信田:“凍結された記憶”という表現があります。
生命の危機を感じるような恐怖を体験すると、その記憶を処理する事が出来ずに、頭の中で凍結させてしまいます。
忘れてしまったり、多重人格のようになったり、記憶がフラッシュバックしたりします。
この言葉が日常化したのは阪神淡路大震災以降でしょうね。
今回の東日本大震災が、家族にどのような影響を与えるのかはまだ見えません。

東:そうですね。
この映画の兄弟たちは必死に生きようとしていますが、自分で自分を愛することができない、自分は生きていていいのか常に迷っていて自己肯定が出来ていない。
きっと今の日本の若者もそうですよね。謳歌しているように見えて、
何故自分は生きているんだろうか、愛とはなんだろうと、答えが出せないままに、気が付いたら、アルコールとかタバコとか恋愛などの依存症になっていますよね。

信田:そうですね。20、30代の方は日本の社会の暗部をとても怖くて直視できないのではないかと思います。
この映画の舞台デンマークは「世界一幸せな国」といわれるほど、社会的な制度は整っています。
でも物質的に恵まれてることと、その社会でこのような依存症が無くなるというのは全く無関係なことです。

東:制度が整っていても救われない人たちはいて、心が満たされない人はたくさんいますよね。
でも、この映画の中では、ふとしたきっかけで立ち直り前に進もうとする。
偶然が必然的と重なり、とても上手な脚本だと思いました。
日本でも共依存やアルコール依存症など多くあるので、映画の題材になると思うのですが、日本で作ると”絆”や”支え合い”とか、美しすぎるものになりそうですね。

信田: いまは特にそうでしょうね。
今回の東日本大震災のような、国難が起きた時に、”家族”というものは批判してはいけない対象になってしまいます。
このような時期に”家族”のリアルな部分をきちんと描いているこの映画が公開されたことは、私は非常に意義のあることだと思います。
私はこれは観なくてはいけない映画だと思います。

東:そうです。この様な事が実際にはあるわけですから。
私は全国の刑務所に行って、ロングインタビューしているのですが、ほとんどの方が家族のトラブルを抱えています。
虐待を受けたとか、親が依存症だったなど、本当に多いです。
犯罪者、加害者は家庭の中の被害者であることがほとんどです。
擁護するわけではないのですが、これが現実にあることなんです。

信田:映画の中の兄弟の母親も、少しの良心はあったとは思うのですが、母性や母の愛は、知識とやはり社会のシステムの中で、
きちんと育ていかないとダメだと思います。

繰り返しになりますが、今この時期に、一筋の光が見えるようなこの映画が公開されることに意味があると思います。
私たちは家族に幻想を持たない方がいいですが、希望はゼロではないのです。
非常にシビアな現実を見つめるために、とても良い映画だと思います。

東:家族は理解し合うのが当然だ。
家族は円満、団らんと私たちは思い込んでいますが、お互い親子で合っても、夫婦で合っても、わからないものだと思います。
不安定な団体ですが、それでも、わかり合おうとしている団体。それが家族だと思います。