5月21日(土)、大阪・九条のミニシアター シネ・ヌーヴォXにて『未来の記録』(10)の関西公開初日の舞台挨拶が行われ、岸建太朗監督と主演の上村聡が登壇した。

『未来の記録』は、俳優として多数の舞台や井口昇監督、西村喜廣監督の映画で活躍する岸建太朗の初の長編作品。

フリースクールを始めるために、古い家に引っ越してきた男と女(上村聡、あんじ)。前の住人が残したノートの“記録”。触発されるように暴走を始める家の“記憶”。元教師である男が消し去っていた痛恨の記憶が噴出し、死者と生者が一体となって交わり始める。
未来から過去に向けた祈りの行く先は...?

繊細かつ鮮烈な映像美。ドキュメンタリーと見紛うばかりの軋むような俳優たちの演技。

『未来の記憶』は、SKIP シティ国際Dシネマ映画祭2010で国内長編部門ノミネート。TAMA CINEMA FORUM 新人監督部門では「TAMA NEW WAVE」グランプリを受賞した。

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■■■人と同じことをやっても仕方ない■■■
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『未来の記録』は、親しい友人を2人亡くして悩んでいた岸監督が、「死んだ友人に会いたい」という思いと、作品の原型となったワークショップ『WORLD』から始まった映画で、3年半かけて完成したという。

岸:当然、映画とはジャンルを問わずフィクションであって、極論を言えばみな作り事なわけですが…そういった枠に全く収まらない、大胆な嘘がつきたかったんです。ちょっと理屈を超えた映画のビジョンが僕の中にあって。その実現には、おそらく既存の方法やメソッドは全く通用しないはずだろうと思っていました。そこで想像したのが、映画がまだ発見されていない時代、例えばリュミエール兄弟のよう人たちが“映画にどんな夢を見ていたのか“ということだったんです。つまり、100年前と現在を並列に並べた時、”変わりようがないこと”は、一体何なのかという。映画って、複数の人間が集まって作らるものですよね。それだけは、100年前も今も“変わりようがない“はずで。僕は、そういった思いの丈を込めた手紙を書いて、参加者全員に渡すところから始めたんです。映画を根っこから始めたいんだけど、どうですか?みたいな感じで。

なぜ完成までに3年半かかったのか。通常の自主映画なら効率を上げるために避けるであろう独特な制作方法を主演の上村聡が紹介する。

上村:その手紙に書かれていたのが、まず“完成の期日を決めない”ということでした。あとは“予め約束された役回りも決めない”。だから誰が出演するかも分からないという。そうやって“当然”を一つ一つ疑って進めるものだから、随分回り道をしたと思います。朝まで散々話し合って、最後に10分だけ撮影する、みたいなこともありましたし。ただ、そんなやり方を続けて来て、こうして形になったことが不思議な感じがしますし、こうやって多くの方に観ていただく機会を与えられたことを光栄に思います。

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■■■安易に答えを決めずに探っていく■■■
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普段は俳優として活躍し、そのキャリアは10年以上になる岸監督。しかし、やればやる程「演技って何?」と問われてもよく分からないという。

岸:分かったつもりにはなりたくないという意識は強くなる一方ですね。“初心に帰る”って言うのは簡単ですけど、本気でやってみると結構大変です(笑)。
通常、役作りって俳優に求められるものじゃないですか。リハーサルとかをする場合もあるけれど、「それは俳優の仕事」っていうイメージがある。でも僕は「演じる」ということを、「分からないもの」として捉えて、役が作られていく課程を俳優と一緒に体感したかったんです。演技というのは、何も俳優に求めるものじゃない、映画という場所を作る僕自身にこそ求められるんだ、という意識があったので。そうやって俳優と向かい合うことを徹底していくと、思いもよらないことが起るんです。
あるシーンで上村くんが真っ白になったことがあって(笑)。ほんとに白粉を塗ったみたく、全身が真っ白になったんです。ああ、これはやばい。人間にとって、絶対に触れてはいけないスイッチを押してしまったんではないかと。僕は怖くて止めることもできなくて、テープの限界、80分回し続けました。

上村:僕は意外と冷静で、岸監督も全然カットかけないし、泣いたりしてうるさいし(笑)。長く撮影したって”どうせ使われないんじゃないの?”っていう気持ちもあったりして。そんな感じで撮影したシーンは結構多いですね。ただ、お互いに“自分からは辞めない”って言う意識があったと思います。2人ともしつこい性各なので、意地の張り合いみたくなるんです。で、気がついたら80分経ってて、テープが終わるという(笑)。

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■■■破り捨てたページをみんなで新たに埋めていく■■■
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俳優たちのリアルな演技を引き出したのは、ドキュメンタリー撮影の如く粘り続けた岸監督やスタッフの姿勢と言えるだろう。

岸:例えば7Pの脚本があったとすると、現場でその7P目、つまり結末のシーンだけを破り捨てるんです。結末を知りうるのは、6P目までを演じた瞬間の“俳優それぞれの実感”なんじゃなかろうかと思ったんですよ。だから、そうやって始めたシーンはリテイク無し、一度しか撮りませんでした。現実に起ったことがやり直せないのと同じように、そういう一回性を、その場にいる全員で体感しようとしたというか。俳優の実感が、空白の7Pにシーンを書き込んで行くというか。

上村:台本がない部分は、“次のシーンはどうなるんだろう”って、何時間も喋り倒した後撮影に入るんですけど、中々答えが出なくて(笑)というのは、いまいち岸監督の言ってることが分からない(笑)。もちろん、分からないものはやってもなーって気持ちもあるから、納得行くまで話そうとするんですが。

岸:“そうだ、マグマだ!マグマなんだよ!”って(笑)でも上村くん、40分全く動かなかったこともあったよね。だんだん、スタッフの視線がキツくなって行くんです。お前ら、もういいだろ?って(笑)

上村:“上村くん、心のマントルが動くんだよ!、マグマが吹き出すんだ!!”なんて言われても(笑)。僕も何も起きてないのに動くのは嫌だったんで。みんなの視線を感じながらもずっとそのまま待っていたんですが。

岸:そうやって、何かかが起きるのを待って待って待って、例えば40分待ち続けて。そうすることでしか訪れない瞬間が確かにあるんです。俳優を含めたこの世界と、粘り強く向かい合おうとすること。ただそれだけを求めたし、そのことを信じていたんだと思います。

『未来の記録』
監督:岸建太朗
出演:上村 聡 あんじ ほか
新宿武蔵野館(5月27日まで)、大阪 シネ・ヌーヴォX(6月3日まで)、京都みなみ会館(6月11日より)、横浜ジャック&ベティ(6月18日より)、名古屋シネマテーク(7月予定)など順次公開中

(Report:デューイ松田)