東京フィルメックス2009で上映された作品の中から、ベルリン国際映画祭やアカデミー賞で高い評価を得ながらも、日本で未公開だったペルー映画『悲しみのミルク』が、現在開催中の「KAWASAKIしんゆり映画祭2010」にて特別上映されました。
10月9日(土)当日は、あいにくの雨模様でしたが、多くの観客にご来場いただき、終映後に行われたトークショーでは、知られざる映画の背景にも迫ったりと、観客も熱心に耳を傾けていました。

*概要*

プログラム:『悲しみのミルク』特別上映&トークイベント 
日時:10月9日(土) 終映後、14:10〜トークイベント

場所:ワーナー・マイカル・シネマズ新百合ヶ丘 スクリーン8
(川崎市麻生区上麻生1-19-1 新百合ヶ丘サティ・ビブレ6F
http://www.warnermycal.com/)

ゲスト:市山尚三(東京フィルメックス プログラム・ディレクター)
聞き手:白鳥あかね(脚本家・スクリプター、第11回東京フィルメックス審査員)
※敬称略

*トークショーの模様*

白鳥(以下、白):クラウディア・リョサ監督(以下、監督)は、『悲しみのミルク』が2作目ということでしたが。
市山(以下、市):監督はペルー生れで、リマ大学で情報学を学び、マドリードの芸術大学に留学して映画を学んでいます。つい先日、ノーベル文学賞を受賞したマリオ・バルガス・リョサの姪にあたる人です。学生時代に書いた脚本をハバナ映画祭の脚本コンクールに応募したところ、それが受賞し、その脚本を映画化したのがデビュー作の『マデイヌサ』です。『マデイヌサ』はサンダンス映画祭などで高い評価を受けており、その評価が2作目の『悲しみのミルク』につながったのだと思います。『悲しみのミルク』の製作にあたっては、スペインから製作資金を得るとともに、ベルリン映画祭のワールド・シネマ・ファンド(第三世界の映画製作を助成する基金)の助成も得ています。
白:冒頭で主人公の母親が悲惨な体験を歌にするなど、劇中の歌が印象的でしたが、地域性などはあるのでしょうか。
市:実際にインディオにそのような風習があるのかどうか詳しいことはわからないのですが、監督のインタビューによると、悲惨な体験やつらい感情を歌にすることで、ある種心を紛らわすことができるという意図で主人公たちに歌を歌わせたようです。
本作の素晴らしい点は、画面に悲惨な歴史を直接的に表さないことにあると思います。見せないからこそ、じわじわと実感させられる。この映画を見た後、色々と調べた結果、ペルーで起こった悲惨な出来事を初めて知りました。日本では、1990年に日系のフジモリ氏が大統領に選ばれた、というような形でペルーの話題が入って来ましたが、その頃ペルーで実際に何が起こっているのか、という細部までは十分に報道されません。
白:世界のことを日本の人は知らなければならず、どうしても知ってもらいたくて本作を上映しました。
市:この映画には悲惨な出来事が描かれていますが、同時に様々なところで希望を感じさせます。主人公の叔父が結婚式場を経営しているという設定なので、映画には何度も結婚式のシーンが登場します。過去には悲惨な出来事があったが、それでも人は生き続け、結婚して未来につながってゆく……。悲惨な歴史を描くだけでなく、未来への希望も見せているところが素晴らしいと思います。
白:最近の中南米の映画事情は?
市:中南米からは、ここ最近多くの面白い映画が生み出されています。ブラジルやアルゼンチンの映画産業は興隆を見せており、またブラジルを除くほとんどの国々はスペイン語圏なので、スペインからの出資を得て多くの映画が作られています。ペルーについては、もともと年に数本の映画しか作られていなかったようですが、『悲しみのミルク』がベルリンで金熊賞をとり、アカデミー外国語映画賞にノミネートされたことが大きな反響を呼び、今年はこれまでよりも多くの映画が製作されたそうです。今年のカンヌ映画祭でも『十月』という題名の作品が上映されていました。

映画の内容について、中南米の映画産業について、また日本でのミニシアター系作品の公開状況について等々、多岐にわたってのトークショーは映画祭オープニングの日に相応しい内容であり、温かい拍手に包まれて終了しました。

なお、『悲しみのミルク』は、今後、川崎市アートセンターでの上映を皮切りに、全国コミュニティシネマ支援センターのネットワークでの上映も予定しています。

【『悲しみのミルク』紹介】

屋敷メイドとして働くファウスタは、悲しみを抱えて唄を歌う。女主人や、やさしい庭師と出逢い、少しずつ心を解いていくが…。彼女を通し、1980〜2000年にペルー農村地帯を襲った悲劇を、寡黙で美しい映像で描く。
2008年/ぺルー/94分/監督:クラウディア・リョサ 出演:マガリー・ソリエ、スシ・サンチェス
*2009年ベルリン映画祭金熊賞、第10回東京フィルメックス(2009)特別招待作品、アカデミー賞外国語映画賞ノミネート