芥川賞候補に5度選ばれながら賞に恵まれず、1990年に41歳の若さで自ら命を絶った小説家・佐藤泰志の遺作の連作短編小説「海炭市叙景」の文庫化&映画化を記念して、没後20年の命日にあたる10月10日(日)、佐藤文学と映画の魅力に迫るトークイベントが西荻窪スタジオマーレにて開催されました。

第一部では、佐藤泰志氏の友人であり、詩人・映画評論家の福間健二氏による佐藤文学に関する講演が行われ、佐藤文学が生まれた時代背景、学生時代の様子など、友人だからこそ知るエピソードの数々により、佐藤泰志という小説家のひとりの人間としての姿が浮き上がってきました。

「佐藤泰志は早い時点から文学で注目を集めたいと思っていた、早熟なタイプの寄稿少年だった。20歳くらいには小説家以外に道はないと思っていた。地元(北海道)では、佐藤は中央で活躍する小説家になると、みんなが期待していた。しかし、当時の文学界は、地方に美味しい素材(有望な小説家)があっても、要らない皮の部分を取り除くのにかなりの時間がかかった。そういった環境のなか、佐藤も ずっと厳しい問題を抱えていた。」と、佐藤泰志が葛藤していた実情を説明。

映画化された遺作「海炭市叙景」については、「『海炭市叙景』は精神的にかなり大変な時期に書いた作品。登場人物のだれもが、佐藤泰志自身と言えるほど、彼の経験に基づいて書かれたものだ。映画は、ストーリーを熊切監督の濃いめの味付けで仕上げていて、監督の個性がでている作品になったと思う。」と、映画の 感想を述べました。

第二部では、映画『海炭市叙景』監督の熊切和嘉氏、同映画プロデューサーの越川道夫氏、書評家の岡崎武志氏の3名による映画製作に関するトークショーが行われました。予告や抜粋された場面映像を見ながら、次々明かされる製作の裏話に観客は興味津々の様子で聞き入っていました。

熊切監督の各出演者の印象については、「谷村美月さんは役になりきって、ただそこに居てくれた。天才だなと思ったのは、役として自然に動いているので、自分の演技を覚えていないほどなんですよね。」と絶賛。
加瀬亮さん初主演映画『アンテナ』以来のタッグとなる加瀬さんについては、「もっとも信頼している俳優。一番複雑な役だった。ぜひ彼にやってほしかった。」と何度もラブコールを送ったことを明らかにした。

最後は、お客さんから熊切監督への質問タイム。小説18編の中から、どうやって映画にする5編を選んだのかという質問に、「5編の選び方にはすごく悩みました。最終的には自分の好みとバランスを重視して決めました。路面電車の話は、全体をつなげるエピソードになるかなという思いがありました。原作でいろいろ な職業の人たちが描かれているので、なかなか映画で描かれない職業(プラネタリウム、ガス屋など)を取り上げたかった。」と、脚本時の苦悩を交えて答えました。

プロデューサーの越川氏は、「とても珍しい映画になったと思う。地方発映画というのは最近増えているが、自治体主導でも企業主導でもなく、純粋に市民が主導となって作られた映画はなかなかない。また、外国の映画にはよくあるが、職業俳優とこれだけ多くの非職業俳優が共演している作品は日本にはないと思う。“ 海炭市”は函館であり、その他のどの都市にも当てはまる、その町のあり方がもっている普遍性がある。また、原作は1980年代の話だが、そこに描かれている問題は、現代社会でも何も変わらず、むしろ加速していると言える。映画では、函館とその他の都市、原作当時と今、そういった二重写しが成り立っている」と、映画の魅力について語った。

最後に岡崎氏は、「佐藤泰志さんも、この映画化がきっかけになって、文庫本も出版され、本当の喜んでいると思う。」と締めくくった。

【プロフィール】
●福間健二氏
詩人、映画評論家、映画監督、首都大学教授。東京都立大学在学中に、自主映画『青春伝説序論』を監督。また、詩・小説も書くようになり、柴田翔らによって評価される。以降、イギリス現代詩の研究を行いながら、詩人、映画評論家として活動。また、映画脚本、映画監督も手がけている。佐藤泰志の友人であり、クレイン社刊「佐藤泰志作品集」の解説を担当。
●熊切和嘉氏
映画『海炭市叙景』監督。1974年、北海道帯広生まれ。大阪芸術大学の卒業制作『鬼畜大宴会』(97)が「第20回ぴあフィルムフェスティバル」にて準グランプリを受賞し、大ヒット。ベルリン国際映画祭パノラマ部門正式招待、タオルミナ国際映画祭グランプリ。その後、『空の穴』(01)ではベルリン国際映画祭ヤングフォーラム部門正式招待。『ノン子36歳(家事手伝い)』(08)が2008年「映画芸術」ベストワンに輝く。
●岡崎武志氏
書評家、フリーライター。古本や古本屋に関する著作が多い。『ダ・ヴィンチ』書評欄などに連載を持つ。主な著書に、『古本極楽ガイド』(ちくま文庫、2003)、『気まぐれ古書店紀行 1998→2005』(工作舎、2006)など。
●越川道夫氏 映画『海炭市叙景』プロデューサー。スローラーナー代表。

佐藤泰志 (さとう・やすし)
1949年-1990年。函館市生まれ。函館西高在学中、有島青少年文芸賞を2年連続受賞。國學院大学入学のため上京。卒業後、いくつもの職に就きながら小説を書き続ける。1977年に発表した「移動動物園」が新潮新人賞候補作となり、文壇デビュー。その後、閉塞した日常の中で生きる人々を描いた青春小説や群像物語が評価され、芥川賞候補に5回、三島由紀夫賞候補に1回名前が挙がるが、いずれも受賞できず、1990年に自ら命を絶つ。享年41歳。没後、2007年10月初の作品集「佐藤泰志作品集」が出版社クレインから刊行され、2010年10月6日、小学館より初の文庫本が発売となった。

映画『海炭市叙景』 

この冬、小さな町に生きる人々を優しく抱きしめるような傑作の誕生

村上春樹らと並び評されながら不遇だった小説家・佐藤泰志の幻の小説の映画化。海炭市とそこで人生に苦い想いを抱えて生きる人々の姿を優しく包み込むように描き出した熊切和嘉監督の傑作。
出演は、谷村美月、竹原ピストル、加瀬亮、山中崇、三浦誠己、南果歩、小林薫など、日本映画を支えるキャストが集結。その他の、メインキャストを含め数多くの登場人物をオーディションで選ばれた地元・函館の方々が演じている。

11月27日北海道先行上映、12月上旬渋谷ユーロスペース、他全国順次