7月4日から札幌・シアターキノで行われた「ゼロ年代映画祭」。最終日の17日は「ゼロ年代映画の想像力」と題したクロージング・シンポジウムが行われました。パネラーは『ウルトラミラクルラブストーリー』でメジャーデビューを果たした横浜聡子監督、2008年ゆうばりファンタでオフシアター・グランプリを受賞した井上都紀監督、ロスジェネ世代の論壇の旗手中島岳志・北海道大学大学院准教授、そして映画評論家の森直人さんが司会を務めました。

シンポジウムに先立ち、ゆうばり映画祭が製作支援し09年に上映された井上監督の『不惑のアダージョ』と横浜監督の『ちえみちゃんとこっくんぱっちょ』(06年第2回CO2オープンコンペ部門最優秀賞)が上映された後、まず森さんによるゼロ年代映画についてのミニレクチャー。

森さんは、この日初めて見たという『不惑のアダージョ』を「傑作です!」と絶賛した後、ゼロ年代(2000〜09年)を日本映画にとって「再生の10年」だったと解説。

森 :狭く閉じていた90年代の日本映画が、北野武監督作品に代表されるように逆輸入の形で評価されるようになり(『HANA-BI』の公開は98年)、ゼロ年代に入るとマンガや小説、ケータイ小説原作の作品を、テレビを使った広告手法を用いることによってポップな形でヒットさせる手法がメジャーフィールドでは一般的になっています。その皮切りが『ピンポン』(02年・曽利文彦監督)であり、その手法が後のメジャー配給作品などに受け継がれて現在に至っている。メジャーがメジャーとして機能している状況です。
一方インディーズでは、デジタルカメラの普及と高品質化により、質の高い作品が低コストで製作できるようになったことがこの10年では一番大きい。そういった環境で『SRサイタマノラッパー』や『不惑のアダージョ』のような〝勝ち組からは出てこない表現〟や〝今この現実から立ち上がる映画〟が生まれているんですね。
また、ゼロ年代を代表する人材として宮藤官九郎や松山ケンイチといった人たちがいます。メジャーの強度を持ちつつ、サブカルの感性をも備えた風通しの良い存在と言えるでしょう。
今ご覧になった2本を含めて、次の10年代への新しい胎動が始まっています。これからどうなるかが本当に楽しみです。

と締めくくり、パネラーが招き入れられました。以下、シンポジウムでの発言から興味深いものを紹介します。

横浜 :『不惑〜』は見ていくうちに〝これはスゴいんじゃないか〟と思い始めて、最後にこれは世に広めなければならない映画だと確信しました。

井上 :『ウルトラミラクル〜』『ジャーマン+雨』『〜こっくんぱっちょ』とさかのぼるように見たのですが、言葉では表現が見つからない衝撃です。体当たりでやっている自分のいたらなさ、未熟さを思い知らされました。

中島 :僕は映画や文芸に絶望して学問の世界を選んだのですが、両作品とも映画でしかなしえない表現で社会と対峙していることに非常に刺激を受けます。
森 :二人の共通点は?
横浜 :同じことをやってるな、と。シーンをつなぐ黒味とか、現実から非現実の飛び方とか。
森 :意味じゃなく「生理」で動く感じ。動物的、言語化する以前の感情というか
横浜 :そうですね。ただ、出来るだけ客観的な視点でいようと努力しています。
井上 :私は無意識です。本能的・動物的なところは一緒かなと思いますが地力(ぢぢから)が全く違います。バランス感覚と言うか…。
森 :〝女性〟ということではどうですか?
井上 :今までラッキーなことに年に1本くらいずつ撮れてきたのですが、このまま子どもを生まずにいく可能性だってあることに気付いて愕然としたりして…。『不惑〜』は好きなことをやって良いと言われたので、インディーズでしか出来ないこと、更年期とかタブーにされてきたことをやろうと思って作りました。
横浜 :私は〝性〟だとか〝オンナであることとか〟には照れがあって作品の中には余り反映していません。『ちえみちゃん〜』を作った時期は、自分は自分のままでいいじゃん、みたいな気分でした。『〝自分さがし〟がイヤ』みたいな。だから、主人公ののりこも主体性がないし、周りや人が流れていくのを引き受ける展開になっています。
森 :リアルですよね。90年代のリアルは岡崎京子の『リバース・エッジ』でした。〝終わりなき日常〟〝日常が戦場〟といった中で死体を見ることによって生を実感するとか。
中島 :鶴見済の『完全自殺マニュアル』もそうでした。こんなに簡単に死ぬ方法が沢山選択できるということで逆に生が実感できる。
森 :その後『リリイ・シュシュのすべて』でも現実とコミットできない少年・少女が描かれた後、宮藤官九郎が現れて『木更津キャッツアイ』が状況を解放するんですね。」
中島 「『タイガー&ドラゴン』でも中間共同体や社会的包摂、コミュニティや仲間みたいなものが描かれますが、お二人の作品はその先を行っていますね。
森 :コミュニケーションが苦手というのも特徴ですね。今は就職の面接で受け答えが出来ない、それだけで社会的弱者ということになってしまう。
中島 :そういった現象を含む表現に対して、学問の立場にいる者が刺激され、嫉妬し、評論をするというのが学問とアートの正しい関係です。一時期、宮台真司らが言っていることをなぞったような映画や文学が出てきたときに、アートより学問の方が先を行っているぞと思って僕は学問を選びましたが、ここ数年は意識的に映画を見ることを再び始めました。

このほか、「食べる」ということへの両監督のこだわりや、「東京」と作品や個人の関係性、さらには何故それぞれが今の職業をしているか、そこから何故か「やっぱりタモリはすごい!」という結論まで話は続きました。

今回参加した4人は全て30歳代。この日に交わされた刺激的な会話を目の当たりにして、それぞれがそれぞれの立場で次の10年代を引っ張っていく存在であることが確信でき、また今後の活躍を応援したくなる80分でもありました。

 なお、この日の模様は『ウルトラミラクルラブストーリー』公式サイト内の横浜聡子監督のブログ「どんだんずカーニバル」や森直人さんのブログ「脱力日記ハイパー」、シアターキノ代表中島洋さんのブログ「洋の映画館日記」でも紹介されています。

(文責:ゆうばり映画祭/澤田直矢)